コミック書評:『29時』(1000夜連続10夜目)

sue1000

『29時』

――何時でもない瞬間を描くオムニバス集


『29時』は、夜の先にだけ訪れる“もっとも深い時間”を描き出す珠玉のオムニバスコミックだ。午前5時ではなく、あくまで夜の延長線上にある「29時」という境界時刻に焦点を当てることで、日常と非日常のあわいを鮮やかに浮かび上がらせる。


本作は、全編を通して"とある画家”を語り手と描かれる。名前も年齢も明かされない彼は、深夜の先に訪れる静寂をキャンバスに閉じ込めるだけでなく、自らのモノローグを通して読者の感覚を揺さぶる。第1話「レコードとコーヒー」では、29時のカフェバーで流れる古いジャズと、静かに立ち上る蒸気に感情を重ね、音と香りのゆらぎを絵筆で表現。第3話「路地裏のUFO観測」では、人知れず空を見上げる二人の少女の不安と期待を、淡いグラデーションに託し、未知の存在を“そこに在るはずのない時間”の光景として表出させている。


各話で取り上げられる登場人物は、学生や夜勤の看護師、路上ミュージシャンなど多彩だが、共通しているのは「今日でも昨日でも明日でもない、いまこの瞬間」を追いかけ、そして取り残されている彼らの切実さだ。たとえば第5話「手紙」では、未開封の手紙をめぐり、送る側と受け取る側の小さな勇気や感情が一瞬の光として描かれる。画家の視点がそこにさりげなく混ざり込み、絵の中の手紙が読者の胸にもそっと届く仕掛けが巧みだ。


ビジュアル面では、墨絵のようなモノクロームを基調としつつ、要所に夜空の藍や街灯の黄を差し色として配すことで、29時の特異な色彩感覚を表現。コマ割りはあえて余白を多めに取り、登場人物が息をつくような“間”を読者に感じさせる。これは“時間そのものを操る”画家の意図が反映されたものだろう。


『29時』は一般的な時間感覚を一度リセットし、「いま」という瞬間の尊さをあらためて問いかける野心作である。物語と絵が互いに共鳴しあい、読後には不思議な余韻がしばらく心に残るだろう。


夜更かしの後のあの心地よい酩酊を味わいたい読者に、真夜中のアート体験を約束してくれる一冊である。










というマンガが存在するテイで書評を書いてみた。

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