朔の星夜に、夜の血を

風雷 刹那

朔の星夜に、夜の血を



「…はぁ」



すっかり暗くなってしまった何度も通ってきた道をとぼとぼと歩きながら、ため息をつく



「どうして僕が亜人状況アンケートを集計しなきゃいけないんだ…いくら集計用のPCが壊れているからって、僕のやる仕事じゃなかったでしょ!」



“亜人”…それは30年ほど前に起きた、“幻想現界”により世界に現れた特殊な人のことを指している

幻想ファンタジーでしかなかったという、亜人や魔法、魔物という存在が世界に現れ、その存在を正式に認められたのが“幻想現界”という出来事だ

30年も昔のことだから、その内容については詳しくは知らない


そんな亜人は30年でほとんど当たり前の存在となったのだが…差別や周りと違うことが理由で発生する精神の不安定化などが理由で、学校や職場で亜人は亜人状況アンケートというものを受ける必要がある


そんなアンケートが今日学校で行われ…全く亜人ではない僕が自分のクラスのアンケートをまとめて持って行った結果…

集計用PCが壊れ、その上教師たちはとても忙しいという理由で僕が集計を人力でやらされることになったのだ



「あー…」



酷使したことで若干痛みを感じる腕から力を抜き、ぶらんとさせ、思いっきり猫背でゾンビのようにとてとてと歩く

高校と家に近いことが今日はとてもうれしく感じられる気がした



「…ん?」



ふと、違和感を感じて、右側に伸びる道の途中にある小さな公園を見た

じーっと見ていると感じた違和感は公園の前の街灯が今にも切れてしまいそうな勢いで、パチパチと点滅し、たまに完全に消えてはつき直すということを繰り返していた



「なんか気になるなぁ…」



空で煌めく星がそこに行けと言っているかのように感じ、右へと体の方向を変え、足を踏み出した

たまにこんなふうに星が導いてくれる時があるのだが、悪いことになったことはなく、自分も気になっているから導かれるとどうしてもそちらに行ってしまう


自分の他に誰もいない街を進んでゆく

このくらいの時間なら他に人がいてもおかしくはないと思うんだけどなと心の中で思いつつも公園とたどり着いた



「…ん、人?」



公園の真ん中に若干人影が見えた気がした

パチパチと音をたて、ついたり消えたりを繰り返す、公園の前の街灯では判別ができない

明かりも持たずにこんな時間に公園に人がいるのはおかしいのではないかと思い、公園へと足を踏み出す

当然、星の導きなのだから問題ないと確信してだ

星の導きがなければこんな怪しい状況で踏み込むことなんてない


ザッザッと音を立てて、公園の中を進んでゆくと



「うわっ!?」



僕という人に反応したようで、パチっと突然明かりが灯った

それに驚いて声をあげたのと同時に、とあるものを見てもう一度声をあげたくなった


砂利の地面の上にしゃがみこんだ人が突然目の前に現れたら、当然ではあると思う



「あ、あの大丈夫で……って、陽隠くもりさん?」


「…ぁ。宮ヶ原みやがはら…くん…?」



突然人がいたからびっくりしたのだが、よく見てみるとその人は同じクラスで吸血鬼の亜人である陽隠くもり 朔奈さくなであることがわかった



「こんなところでどうしたの?」


「ぇ…ぁ……その…」



なぜしゃがみ込んでいるのかと問いかけると、彼女は若干気まずそうにし、下を向いた

その時に気づいたのだが、明らかにいつもの彼女と違い動きが弱々しく、声にも力が入っていない


なぜか目の合わない彼女を見て、いつかどこかで聞いた話を思い出し…勢いよくしゃがみ、彼女の目を覗き込んだ



「…ッ!?」



それに彼女は驚いたように顔を背けたが、すでに遅い…確認はできた



「……なるほど…吸血衝動を抑え込んだら動けなくなっちゃったとかそんな感じ?」


「…ぅ…そ、そうです」



彼女の瞳は真っ赤だった

いつかどこかで聞いた話だが、それは吸血鬼が吸血衝動飲まれてしまっている状態を指しているらしい

だが、政府からの血液の配給があると聞いているのだが…



「血液パックとかは……?」


「…ぁ、あたし…あれ、きらいで……」



まぁ持っていないだろうとは思っていた

持っていたらこんなところでしゃがみ込んでいないだろう……それにしても…嫌い、ね



「家族に今の状況を伝えたりはしないの?」


「スマホ、学校に忘れてきちゃって」


「…あー」



なるほど…つまり、このままでは陽隠くもりさんは吸血衝動に抗えなくなって人を襲ってしまい、捕まってしまう…と



「自分の血で、どうにかできないかなって…腕を噛んでみたけど……力が入らなくて…」


「………僕の血、飲む?」


「だからもう、あたしのことは放って………え?」



クラスメイトを積極的に見捨てようとは思わないし、陽隠くもりさんが捕まったなんて話を聞きたくない

だからと、血を飲むか聞いた瞬間…吸血衝動を抑え込んでいる彼女の真っ赤な瞳が大きく揺れた



「…いい、の?」



その瞬間…さっきまでのなんとか落ち着いたような雰囲気が獲物を前にした肉食獣のような雰囲気に変わった

…すこし、早ったかもしれない



「あたし、吸血初めてだし、衝動中だから……痛いかもしれないけど…いいの?」



キラキラと光を反射する長い金髪が彼女の動きに合わせて揺れる

その美しい顔を崩し、牙を見せ、爛々と妖しく紅色に目を輝かせる彼女に若干怖気付くが…彼女から目を離すことができない

…あぁ、僕は彼女に魅了されてしまったのかもしれない



「うん…」



返事は、「はい」か「うん」か「いいよ」しか浮かんでこなかった

返事を唱えた瞬間…



「がっ…」



飛びかかってきた彼女に、勢いよく地面へと押し倒される

なかなかの勢いで頭を地面にぶつけたものだからくらりとした

肩に腕が置かれている


ギラギラと紅い瞳が妖しく輝いている

もはや、会話すらもできないほどに血を求める彼女が僕の制服に力を込め、ぶちぶちとボタンを飛ばす


……衝動ってこんな感じになるんだ怖いな

というか、陽隠くもりさんそんなに力強かったんだ…


なんて、どうでもいいことを考えて、現実逃避をするものの…



「うひゅっ!?」



首に生ぬるい湿った何かが触れ、びくりと体が震え、変な声が出て、縮こまってしまう

ピチャリという音が聞こえ、それがおそらく彼女の舌であり、首を舐められたのだということがわかった


これは…そこから血を吸うという意思表示でいいのだろうか…そう考えていると


一度離れた彼女の顔が再びゆっくりと近づいてくる

それは白く輝く牙が自分の首に突き刺さるというわけであり…恐怖がじわじわと滲み出す



「あ、ぎっ!!?」



僕の首に顔を埋めた彼女の牙が皮膚を貫いた

鋭い痛みが走り、呻くような声が出る

その痛みに体を動かしもがこうとするも、僕を押さえ込む彼女が体を動かすことなくそれを止めた



「んく…んく…」


「ぐ…ぅ……」



思った以上に痛いし、思った以上に血を飲まれている気がする

吸血鬼がどれだけ飲めば問題なくなるのかとか、そう言ったことに全く詳しくないため、今どれくらいなのか問題ないのかとかが何もわからない



「んく…んく…」



徐々に痛みが消えてくるとともに…やってきたのは快感だった

なる…ほど…これはまずい

とはいえ、やってきたのは快感…だけではなく…なんていうか、そう……血が足らなくて頭が回らなくなる感じというか………



「んく…んく…」



……貧血じゃないか!

やらかしたかもしれない…あとどれだけ飲んだら彼女は満足するのだろうか

いや、もしかして飲み終わりのタイミングが掴めてないとか?



「んく…んく…」


陽隠くもりさん…陽隠さん!」



彼女の背中を軽く叩く、どうにかしてこれで伝わってくれたり…



「んく…んく…」



ですよね…

ど、どうすれば…



「んく…ん。ぷはぁ」


「んぐっ…」



悩み出したところで僕の首に顔を埋めていた彼女が牙を抜いた

めちゃくちゃ痛いし、首に二つの大穴が空いているような気がする



「…ん」


「ひぇっ!?」



ピチャりと音がして、先ほど感じた気持ち悪い感覚が再び首を襲った

彼女が首の傷口を舐めたのだ



陽隠くもりさん…?」


「ん…はぁ……宮ヶ原くん、ありがとぉ…」



真っ赤になっていた彼女の目が翠色に変わっていた

…が、重要なのはそこではない

なぜか、彼女は頬を紅潮させ、艶やかな気配を見に纏ってこちらを見ている

…………とても嫌な予感がする



陽隠くもりさん…」


「やだ」


「や、やだ?」



どういうことなんだ…全くもってわからない

というか、なんか幼くない?

さっき会話してた時はもっと大人っぽい話し方だったような



「あたし…夜兎やとってよぶ…から、朔奈さくなってよんで」


「ぇ…」



夜兎…確かにそれは僕の名前である

だが、あまりにも突然がすぎる

それとも吸血鬼の吸血はこんな感じになるのが基本なのだろうか

何もわからん……主に貧血で頭が回らないせいで!



「やと…いっしょに帰ろ?」


「え? ぁ…えーと」


「やなの…?」



あの、その…そんなうるうるさせて上目遣いしないでください

貧血で頭回ってないからダイレクトに刺さってしまいます…



「い、いやでは……」


「じゃあ、かえろ」


「…あの、陽隠くもりさんの家って」


「…むぅ、あたし…さくな」



これは、名前呼びを強要されているのか…?

まぁいいや…



「じゃ、じゃあ、朔奈の家ってどっち?」


「こっち」


「ぇ…」



あれちょっと待って、陽隠くもりさん?

その、なんで…僕を抱き上げて歩き出したんですか?

確かに今全然力入らないけどさ…僕の家こっちじゃないんだよね

それにそんなに大事そうに抱えられるとその…恥ずかしい、というか…

……いやさっきもわかったけど、力すごいな…流石は亜人ってことなのかな

って違う! このままだと、彼女の家まで連れてかれてしまう!



「あ、あの朔奈? 僕はあっちなんだけど…」


「ん? そうなの…」



あ、だめだ

これ確信犯だわ



そうして、抱えられて移動すること約2分…家に到着した

陽隠くもり…朔奈の(あまりにも朔奈と訂正されるため朔奈呼びが固定されてしまった)



「ん、しょ」


「わ」



一瞬ふわりと浮遊感が体を襲い…両腕で彼女に抱えられていた状態から片腕で抱えられている状態へと変化した

うっそでしょ…片腕で僕を持ち上げられるの?


そうしてガサゴソと鞄を漁った彼女が鍵を開け、家の扉を開けた



「さくちゃんおかえりなさい。今日は遅かったわ……ね?」



おそらく朔奈の母親か姉と思われる女性が困惑している

当然僕だって困惑しているので誰かどうにかしてほしい



「ただいま、ママ」


「ま……お、おかえり…も、もしかしてさくちゃんその子のこと襲っちゃったりした…?」


「んー? 血、もらった」


「いややっぱりなんかおかしい! …さくちゃん、もしかして酔ってる?」



酔ってる……そう言われると確かに朔奈の状態は酔いに近いかもしれない



「そ、そのー」



とても話し始めづらかったが…僕が説明しないと何も進まない気がしたので声を出す



「お、起きてたのねあなた」


「やと」


「朔奈…さん下ろして?」


「やだ」


「……らしいのでこのまま話すんですけど」


「えぇ…」



朔奈の母親に引かれている気がするが、朔奈が降ろしてくれないのだからしょうがないと諦めて話し始める



「学校の帰りに、朔奈…さんが公園でしゃがみ込んでいまして」


「うん」


「どうやら吸血衝動と戦ってたらしいんですよ」


「……そう」


「なので僕の血を飲んでもらったらこんなことに…」


「あ、危ないことをするわね君!」


「あやっぱりですか?」


「なんでそんなに軽いのよ!?」


「やと、軽い」


「あとこの朔奈…さん、の状態については何もわからないです」


「そう……さくちゃん、一旦その子下ろそうか」


「や」


「や、かぁ……」



どうやら母親でもこの荷物状態は解除できないらしい

どうするべきか…いやまぁ多分降りてもまだ力入んないんだけどさ



「朔奈、さん…やっぱり下ろしてほしいなあって…」


「…む、しょうがない」



一体何がしょうがないというのだろうか

とはいえ、下ろしてくれるらしいので、下ろしてもらう

お、力入る

靴を脱いで…と

ん?



「やと」



肩から腕が回され、抱きつかれる

……なるほど?

いや、どういうこと?



「その、君と娘の関係とか聞いても?」


「宮ヶ原「やと」…夜兎です。クラスメイトです」


「え、それだけなの?」


「はい…」


「実は彼氏だったから血を飲ませたとかじゃなく?」


「朔奈…さんが学校にスマホを忘れたらしく…」


「…えっと、つまり……あなたがさくちゃんを救ってくれたのよね」


「そ、そうとも…いえますね?」



救ったとか肯定するの恥ずかしいな

正直そんなにすごいことしてないと思うんだけど



「ただのクラスメイトのさくちゃんに血を飲ませるなんて相当ね。吸血衝動中に吸血させるとか普通に死んでもおかしくなかったのよ?」


「………」


「……も、もしかして知らないで吸血させたのかしら?」


「…吸血されてる時に、若干死なないか心配にはなりましたけど…」


「あと、その首の吸血痕…消えないわよ」


「えっ!?」



そ、そうなの!?

吸血痕が消えないって話、初めて聞いたんだけど!

いや確かに吸血痕がある人とか見たことあるけど……



「わざわざ2回もマーキ「ママ、行く」…ど、どうしたのさくちゃん急に」


「ご飯、やとの分も」


「えっ」

「えっ?」



朔奈が言ったことに朔奈の母親と同時に驚いてしまう

…え、僕今日帰してもらえない感じですか?



「あの、朔奈…僕はかえ「だめ」……はい」


「あ、あらあらまぁまぁ」



あの…朔奈のお母さん…すっごい冷や汗かきながらテンプレの『あらあらまぁまぁ』って言うのやめてください

そのまま冷や汗をかきながら朔奈の母親は右の扉を開けて入っていった

…とりあえずポケットからスマホを取り出して、母親に『今日、友達の家に泊まることになった』とメッセージを送る

確認したら『今日遅くない?』『何かあったの?』『大丈夫?』などのいくつかメッセージが来ていた

ごめん母さん、アンケート集計の時から何も言ってなかったね…



「やと、あたしみて」


「?」


「ご飯たべよ」


「??」



今度はさっきまでと前後ろが違う状態で抱き上げられた

僕のことを猫か何かだと思ってるのかなこの人

そして先ほど朔奈の母親が入っていった扉を開ける

すると、朔奈の母親がテーブルの上に皿を並べていた



「夜ご飯は生姜焼きよ」


「やった」


「…僕も食べていいんですか?」


「さくちゃんにお願いされちゃったし…さくちゃんもこんなに大事そうにしてるからね」



…もしかして僕は物扱いなのだろうか



「でも、さくちゃんの分を減らして、やと君の分にしたからね」


「…む」



流石にこれは自業自得だなと思った





朔奈に離してもらい、美味しい食事をいただいたあと…



「さくちゃん、パパのところからやと君が着れそうな服探してきて」


「…やとも行く」


「ダメです、やと君は私と話す必要があるのであなたが服を探してきなさい」


「……むぅぅ」



ものすごく不満そうな顔で朔奈はリビングを出ていった



「ふぅ、これで話ができそうね」


「あの、話って…」


「まず、あの子が今も酔ってるような状態であることから話しましょうか」


「はい」


「さくちゃんのは初めて見たけど、あれは魔力酔いね。普通は魔力量が大幅に増えた際に起こるもので、吸血鬼だと基本ありえないけど亜人の血を飲んだ時に起こる…と聞いたことがあるわ、10分程度とか。それがここまで長いとなるとやと君の血には相当量の魔力があるのだと思うわ。すごいわね…亜人じゃないのに」


「そう…なんですか?」


「それから首の吸血痕だけど「ママ」…は、早かったわね」


「…やと、いっしょにおふ「やと君、お風呂に入っていいわよ。私がバカ娘を止めておくから」…むぅ」


「…そ、そうですか。では、お言葉に甘えて……」



逃げるように先ほど教えてもらったお風呂場へと進み、脱衣所で服を脱ぐ

そうして、体を洗い、頭を洗い…風呂へ浸かっていると



「やと君。着替え、ここに置いておくわね」


「あ、ありがとうございます」



自分の家とは違うお風呂にドキドキしたり、朔奈の母親(先ほど美月という名前と教えてもらった)が脱衣所に入ってきたことにドキドキしたり、忙しかったが風呂を出たのちに…


髪などを乾かし終えた後に、美月さんと会話をしていたら後ろからガシッと掴まれた

おそらく、朔奈だろう

一体何が目的



「やと、いっしょにねよ」


「ちょっ!?」

「さくちゃん!?」



驚き、反抗したものの結局、彼女の力相手に抵抗は意味がなく…ベッドへと連れ込まれた

なんだろうこの急展開は…


学校一の美少女とも言われる朔奈に抱きつかれた状態で眠れる気はしなかったが…やはり吸血による疲労が大きかったのか気づいたら眠っていた











「え…え?」



困惑するような声が聞こえ、目が覚める

眠い目を擦りながら、ゆっくりと上体を起こす



「み、宮ヶ原くん……なんで?」


「……あぁよかった…戻ったんだ」



それだけ言うとまだ疲れが取れていなかったのか、抗えきれない眠気に襲われ、再び眠りに落ちた



「ちょっ、ちょっ! 宮ヶ原く……え、吸血痕……あたしの…だ。ぁ…ぁぁぁぁぁぁぁあ! 思い出し…た」



若干騒がしかった気がするが…多分気のせいだと思う







◇朔奈


寝てしまった宮ヶ原くん…いや、やとを起こさないように静かに扉を開け、部屋の外に出たのちに静かに扉を閉める

その後、ドタバタと大急ぎで階段を降りて、リビングに飛び込んだ



「お、おおおお母さん! あ、あたしやっちゃった!」


「うん。そうね…さくちゃんはやらかしてるわね…それも相当」


「ど、どどどどどどどどうしよう。やとは文句言ってないけど…」


「あら? 覚えてるのね。なら動画を見せなくても問題なさそうだわ」


「動画?」


「これよ」



お母さんがスマホを取り出して、しばらく操作すると画面をタップしてこっちに見せてきた

すでに、ソファーに座ったやと…と……ソファーの背もたれの後ろからやとに抱きつくあたしの姿が映っている



『やと、やと』


『なに朔奈』


『えへ』


『どういうこと!?』


『あした、あそぼ?』


『い、いいけど…なにして遊ぶの?』


『あたし、やとだっこする』


『!??!?!!?』



………う



「うぁぁぁあぁぁあ!」



や、やとと話したことそんなになかったのに…

どうしてあたしはあんなことを…



「やと君の血があなたを酔わせたんでしょうけど…彼の話を聞く限り2回のマーキングに関しては、酔ってない状態でやってるわよ」


「うっ…」


「それも衝動中ね。本能的に彼のことを気に入ってたんじゃないかしら」


「そう、なのかな…あたし、よくわかんないけど…」


「じゃあ、お母さんもやと君の血を少しもらっていいかしら?」


「…ッ! ダメッ!!」


「…ほら、それが答えよ」


「………」



無意識だったけど、完全にやとに対しての独占欲が溢れ出してた


吸血鬼にとって吸血はとても大事な行為であり、その行為に伴う行動にも大きな意味がある


吸血前に吸血位置を舐める行為は…『あなたと共にいたい』という意味のマーキング、この行為が行われると魔力が吸血痕に宿り、吸血痕がしばらくの間、残る


そして、1度目のマーキングをした上で吸血後に吸血位置を舐める行為は…『あなたしか見えない』という意味のマーキングで…これをすると吸血した吸血鬼と吸血痕が魔力的に結びつき、魔力が永続的に供給され、吸血痕が消えなくなる


う、うぅ…恥ずかしい…

2回もマーキングをすると他の吸血鬼にはそれがバレバレになる


普通、吸血衝動中の吸血鬼はマーキングなんてしない

吸血衝動中に求めるのはひたすらに人の血液である



「や、やとになんて言えば…」


「それだけじゃないわよ。一回吸血をしたら、血液パックなんて飲めたものじゃなくなるわ」


「…え゛」


「それに、マーキングしてるから吸血欲は全てやと君に向くわね。今までよりも抑えが効きにくくなって、割とすぐに吸血欲が貯まるようになるから気をつけなさい」


「ひぃ…」


「あとあなたの場合、やと君の魔力が多すぎる血で魔力酔いすると思うわ」


「…うっ」


「魔力酔いは、突然増えた魔力に体が対応しようとして発生するらしいのだけど…しばらくすると馴染んで酔わないって聞いたことがある…気がするわ。とはいえ、これは普通の魔力酔いの話、あなたは吸血鬼…吸血で一時的に魔力が増えるのよ。馴染むのは時間がかかるらしいわ」


「…前よりも吸血欲が溜まりやすくなって、抑えが効かなくなって、血液パックも飲めたものじゃなくなって、やとの血を飲んだら酔う…って、どうしたらいいの!?」


「やと君の血を飲むのよ」


「…ん、ぐぅ…でも、酔ったあたし恥ずかしい…!」


「可愛いじゃない。さくちゃんが小学生の時を思い出したわよ」



それが嫌なんだよお母さん!!

恥ずかしいって言ってるでしょ!



「まぁよかったじゃない。今日が土曜日で…場合によっては2人して遅刻か欠席になっていたところだったわよ」


「う、ぅぅう…」



チラリと時計を見ると、10時14分

今日が学校だったなら完全に遅刻だった…だろ…いや



「お母さんが起こしてくれるでしょ!」


「いやぁ、私…吸血鬼だから朝に弱いのよぉ」


「う、嘘つき! いつも起こしてくれるじゃん!」


「そろそろ甘やかすのもやめた方がいいかしら…」



そ、それは困る…あたし、吸血鬼だし思春期だからものすごく朝弱いんだもの



「…ごめんなさい。いつもあたしを起こしてくれてありがとうございますお母様」


「じゃあ、やと君を起こしてきてくれるかしら」


「わかったよ…」


「いい? くれぐれもやと君を襲わないようにね」


「襲いません!!」



もう全く、お母さんったらあたしが襲うわけないで……いや、やとに許可された時に襲ったね?

やとが貧血になるくらい血を吸ったね…

自分の部屋を目指して、階段を登ってゆく



「やと、起きてるかな…」



どちらかというと寝ていて欲しい

今日起きた時、混乱する前に見たあの寝顔がもう一度見たい

そんな思いを込めて、自分の部屋の扉を開き…中を覗き込む

あたしのベッドの上を見ると、やとはまだ寝ていた


やとが寝返り打った時…チラリと吸血痕が見えた…っっ…お母さんが言ってたのってもしかしてこれ?



「や、やと…くん。起きて、お母さんが朝ごはんを用意して…ます、から」


「ん〜」


「う…やと…くん! 起きてください!」



無防備なやとを見てると血を吸いたくなる……

それとは別に…酔っていた時のように、本人に対してやとと呼ぶのが恥ずかしくて…どうしてもくんがついてしまう

声をかけても起きないのならもう触るしかない…よね



「やと…くん。起きてください!」


「ん…な、に…」



ゆらゆらと左右に揺すりながら、やとに声をかける

軽く反応があったため、同じことを続けていると…



「んん……あれ? さく、な?」


「っ…やと、くん。やっと起きましたね、朝ご飯食べましょう?」


「…ふぁぁぁ。うん…わかったよ」



起きはしたけど、まだ寝ぼけていそう

やとも朝弱いのかな

いやもう10時だけど…



「やと、くん…体は大丈夫?」


「んー…ちょっと昨日ぶつけた頭が痛い…けど、ほとんど大丈夫かな」


「そう、なんだ」



ん? 昨日ぶつけた頭?

あ゛っ…昨日、あたし…やとを押し倒して………吸け……あたし、やとに抱きついてる!!?

吸血中にこれでもかってくらい、やとに密着してる!


いや待って、魔力酔い中もそうじゃん!

うー、恥ずかしいっ!



「朔奈? どうしたの?」


「い、いやその…昨日やと、くん…にやったことが…恥ずかしくて…」


「吸血のこと…?」


「それも、だけど…抱きついたりとか、抱っこしたりとか…」


「あ、そうか…昨日あまりにもされすぎて、忘れてたよ」


「…うっ」



やとを連れて、部屋を出て、階段を降りながら、彼は意識してないだろうけど言葉で若干刺された気がした



「洗面所借りるね」


「あ、はい。じゃああたしは先にリビングに…」


「さくちゃんも顔洗ってないでしょ! 洗ってきなさい」


「…はーい」



バレてた…

諦めて、やとの後ろを追うように洗面所に向かう



「あ、そうだ…朔奈、この吸血痕消えないって聞いたんだけど…」


「あっ…ご、ごめんなさい」



怒ってるのかな?

あれ、消えないって聞いた…?

もしかして、やとって吸血痕のこと知らない?



「いや別に攻めてないんだけど」


「ほんと? これからも、やとに血をもらっていいの?」


「…え?」



聞いた瞬間、やとの顔が歪んだ気がした

…もしかして、吸血いやなのかな

そうなんだったらあたしもう生きていけない気がする…



「…もしかして、吸血されるのいや、なの?」


「…別に、いやってわけじゃないんだけど。痛いのと…朔奈が酔っちゃうのが…その……」


「そ、その…お母さんが…何度も飲んでたら酔いにも慣れるかもって、それに飲み過ぎなければ酔わないかもって言ってた…よ?」


「……朔奈が、いいなら…良いんだけど、さ」



そんなことを話しながら、洗面所を出て、リビングへと向かう

…そんな話してたら、吸血したくなっちゃった

ご飯のあと少しだけ吸血させてもらおうかな…

やとは優しいからさせてくれると思うけど



「ふっふっふ…今日の朝ご飯はサンドイッチ


「…でした?」


「これはお母さんが遅く起きたことを責める時に使う手法なんです…」


「つまり…?」


「なので、今日のあなたたちの朝ご飯は、具なしサンドイッチになりました!」


「あー!! 最悪だ! それただパンを2枚重ねただけだよお母さん!!」


陽隠くもり家ってユニークだね」


「変とかおかしいって言っていいんだよ? やと…くん」


「朔奈も呼びにくいなら、やとくんって言っていいんだよ?」



ニコニコと笑顔を浮かべるやとと話を始めたら、ニヤニヤとこっちを見てきだしたお母さんに牙を見せて威嚇する

その後、お母さんが出してきた具なしサンドイッチ(withハムやチーズなどの具セット、つまり結局ただのサンドイッチ)を食べて、歯を磨きながら…



「やと、くん。このあと、血を吸わせてもらってもいいかな?」


「え、う、うん。いいけど」



と、このように了承を得られたので、吸血させてもらおうと思います

えへへ…やとの血、やとの血〜


先にリビングに戻ったやとのところに行く途中、廊下でお母さんに



「…さくちゃん、あなた今ものすごく残念よ」



とかなんとか言われたけど、気にしない

やとの血が1番なんだから…そんなことはどうでもい……

あうあうぁぅ…どうでもいいわけないよ!

こんな状態で、やとの前に出れるわけない…

しっかり、しっかりしないと

ふぅーはぁーふぅー


よし、落ち着いた

リビングの扉のドアノブに手をかけ、ガチャリと開く

ソファーにやとが座って待ってるのが見えた



「やと、くん」


「朔奈。遅かったねどうしたの?」


「ちょ、ちょっと心を落ち着かせてたの」



不思議そうなやとを見て、確かに吸血する側が心を落ち着かせるのって普通に考えるとおかしいよね

なんて思いながら、近づいてやとの隣に腰掛ける



「なるべく少ない方がいいと思うよ…?」


「うん。頑張ります」



頑張るとしか言えないよ…

チラリと鏡を見ると、綺麗な翠にいたらしい瞳は若干赤く染まっていた

お、思ったよりも吸血欲が溜まっちゃってる…


やとが着ているお父さんの服のボタンを上から三つほど外し、吸血痕の周りを広めに露出する 



「はい、いいよ朔奈」


「ゴクリ」


「あの…喉を鳴らすのやめて」



やとの方に体を倒し、彼の体と密着するようになる

滑り落ちないように、しっかりとやとに抱きついて…首元に顔を近づける

赤い二つの穴のような吸血痕をしっかりと視界に入れる



「ん…」


「ひぅっ…」



やとの首、吸血痕の上に舌を這わせる

驚いたような、やとの反応に小さく微笑む

顔の角度を変え、吸血痕にしっかりと牙を合わせ…やとの首に牙を突き刺した



「ぁ…ぐっ」



痛そうな声が聞こえ、そちらに一瞬意識が向くも…牙を通じて送り込まれるやとの血に即座に意識が移る

あ……おいしぃ…



「んく…」



いつかお母さんが買ってきた魔法果をふんだんに使ったフルーツタルトのような…もっと、もっと飲みたい

…だめ、飲み過ぎたら酔っちゃう

やとと過ごす時間が減っちゃうよ



「…ん」


「ぐぅ…」



もっと飲みたいという気持ちを抑え込んで、やとの首から牙を抜く

つうと流れた血を舌で舐め取る



「っ…」


「ふぅ…やと、くん。褒めて、頑張って少しで我慢したの」



少し思考がふわりとするが、まだあたしのままだ

幼いあたしにはなってない

でも、やとに触れたいから…力を抜いて抱きつき、吸血痕のある方の肩にあたしの頭を乗せる



「あーその。よくがんばりました」


「うん。あたし頑張って少しで止めたよやと」



背中に手が回され、抱きしめられる

あ、待って…抱きしめられると…酔いが抑え込めな…

ふふ、やとありがと〜



「頑張ったね朔奈…あとはできるなら痛みをなくしてほしいかな」


「うん、頑張る…ねえ、やと」


「ん? なに、朔奈」


「あたし、やとのことすきだよ〜」


「ッ! ……そ、そうなんだ!」



あったかい……おやすみ…





◇夜兎



ど、どう反応すればいいんだ一体

自分の体に密着する熱源を抱えながら…考える


深く関わったのが昨日の夜からのクラスメイトに突然告白された場合、どのように反応すればいいですか?

なお、そのクラスメイトは酔っている状態で、そんなことを言ったものとする



「…どうしよう」


「やと君」


「うわぁっ!?」



突然現れた美月さんに驚いて声をあげてしまうが、朔奈は起きる気配がない



「告白されちゃったわね〜」



このニヤニヤとした顔は絶対最初から全部見ていたに違いない…

『吸血はリビングでしなさいね』とこの人が言った時から疑っていたがやっぱりだった



「そう…ですね」


「あら? 嬉しくないのかしら? こんなに美人な子から告白されて」


「いえ、その…嬉しくないわけでは…」


「そうよねぇ、困ってはいるものの嬉しそうにしているもの」


「うっ…」



今度はニコニコとした美月さんに思っていることを指摘されてしまい、声が漏れる

確かに困ってるけど、それ以上に嬉しいと思っているのは事実だ



「そんな両想いなあなたたちには申し訳ないのだけど、まだ付き合わないで欲しいのよ」


「いや、そんなに展開早くないですよ!?」


「ふふ、まぁそうね。さくちゃんはまだ無意識下でやと君を気に入っているってだけだもの」


「いやいいんですかそんなこと僕に言って」


「だってその子は、どの道…あなたを好きになるのよ?」


「…え?」


「昨日はさくちゃんに邪魔されて話せなかったけど、やと君…あなたは2回もマーキングされているの」


「はぁ…そのマーキングって一体」


「今日もされていたでしょう? 吸血前、吸血後に首を舐められたでしょう?」


「…まさかそれがマーキングなんですか?」


「えぇ、そうよ。吸血前のマーキングは『あなたと共にいたい』という意味があり、吸血痕をしばらくの間消えなくするわ」


「ん゛っ…」



そんなの告白じゃんかもう!

学校に意味を知ってる人がいるかもしれないって考えると吸血痕をしっかり隠さなきゃいけなくなったよ!

って、あれ?



「しばらくの間…ですか? でも僕の吸血痕って」


「一生消えないわね」


「えっと…」


「…話は最後まで聞くべきよ? さっき言ったじゃ無い、吸血後のマーキングって」


「……え、もしかして告白みたいな意味以上の何かが…?」


「ふふ」



待って!

美月さんせめて否定して!

そこで笑われるともうそういうことで確定なんだよ!



「吸血後のマーキングの意味は『あなたしか見えない』。この2回目のマーキングをすると吸血痕が一生消えなくなるわ」


「うぁぁぁぁ…」



ゴロゴロ床を転がりたいぃ!

でも朔奈が抱きついてきてるから無理…



「実は、やと君あなたはもう告白どころか…プロポーズまでされていたのよ」


「待ってください。プロポーズ!?」


「吸血鬼にとっては何も間違ってないわ。普通、両者の承諾がある状態でしか、2回目のマーキングなんてしないもの」


「………」


「だけどね、やと君。この子は無意識であなたを好いているけれど、無意識でしか無いのよ…それをこの子に意識させたいの。だから…この子が酔っていない時に告白してくるまで付き合わないで欲しいの」



…あー

うー…美月さんの話はわかるんだけど

なんでそんな回りくどいようなことをするのかが気になる



「どうしてこんなめんどくさいことを言うのかと思っているわね」


「………」



なんでバレたんだろう

わかりやすいのかな僕



「多分この子、好意を意識して仕舞えばすぐ告白するような子だと思うのよ」


「は、はぁ」


「なんだけども、今付き合ってしまったら好意を意識してるのかしてないのか、わからないじゃない? おそらくこの子はこう思うわ。『あたしの吸血鬼の本能がやとを好きになっただけなのかも』って」


「なるほど」


「そんなわけがないのよ! 酔っている時の様子を見てもわかる通り、そんなわけがないのにそう考えちゃう子なのよ」


「だから、無意識でなく、意識的に僕に恋をさせようと?」


「ええ」


「…昨日出会ったばっかりの僕をそこまで信用していいんですか?」


「…酔ったさくちゃんへの反応を見てればわかるわよ。やと君は善意だけで行動してるって」


「あ、あはは…」



確かに学校一の美少女って言われてる朔奈を相手にいつも通りにしてるのって信用に値するかもしれない



「やと君の制服は直しておいたから、さくちゃんが寝ている間に家に帰った方がいいわよ…起きたらあなたを家に帰さないって言い出す…か、ついていこうとするだろうから」


「え、でも…」


「よいしょっと…これでいいでしょ?」



抱きついてきていた朔奈を美月が抱き上げ、ソファーに寝かせた

そういえばこの人も吸血鬼なんだったな…



「はい、帰らせてもらいます」


「また来なさいね。というか、また連れ込まれるかもしれないわね…あと、その吸血痕はなるべく家族にも隠した方がいいわよ。亜人じゃなくとも、実力のある純人ならマーキングがバレるから」


「えっと、はい。頑張って隠します…とはいえ、これ魔力で繋がってますよね? バレません?」


「隠せばバレないし、やと君の膨大な魔力に紛れて目視しなきゃわからないわ」


「わかりました。あの…また今度」


「次会うときは付き合ってて欲しいものね…」


「聞こえてますよ…」


「聞こえるように言ったのよ」



リビングを出て、靴を履き、玄関を開く

公園からここにくるまでの道のりは頭に入っているからこのまま家に帰ることはできる

さて…どうやったら魔法使いだという父親と母親から吸血痕を隠せるかな


そんなことを考えながら…家に帰った




ちなみに母親にはバレなかったのだが、父親にはバレた

事情を説明したら、意識を逸らさせる魔法を教えてくれた

その際に、『魔力も才能も父さん以上にあって、純吸血鬼に愛されたお前に父さんは恐怖してるよ』と言われた

そうは言いつつも、父さんは笑っていたからおそらく冗談なんだと思う



そして、何事もなく日曜を終え…月曜日がやってきた




朝、登校する際に朔奈に待ち伏せされており、一緒に登校した

いろんな生徒に見られていたから、付き合っているのかを聞かれたけど、否定しておいた

朔奈がうっすらと悲しげな表情をしていたが、付き合っていないのは本当だし、ここで肯定なんてしたら大変なことになるのは間違いない



そんなこんなで、1ヶ月半ほど経った




朔奈がとにかく僕に絡んでくるので…今までより圧倒的に関わることが増えた

朔奈がスマホを取り戻したことで、メッセージアプリも繋いだため、メッセージでもよくやり取りをすることになり、彼女がこのクラスで1番僕に絡んでくる人になった

男の友達よりも絡む回数が多いって相当だよ朔奈


そこまで行くと流石に彼女の無意識下の想いも周りにバレたみたいで、朔奈ではなく僕が揶揄われている

まぁなんでかっていうと、朔奈はあんまり面白い反応をしてくれないからだろう


だってあの人まだそれ意識してないからね…


結果、僕の周りに人が増えた

どのグループにも参加せず、普通に全員と仲良くしていた僕だったけど…そんな僕がグループの主みたいになってた

朔奈はとても不満そうだった



「なぁ、夜兎…お前いつ、陽隠くもりさんと付き合うんだよ」


「僕からは言えないかな…」


「すでに付き合ってたりするのか?」


「僕からは言えないってば、まぁ付き合ってないけど」


「どう言うことなんだよ」


「人の事情に踏み入る気?」


「…い、いや」


「はぁ、最初からそうしておいた方がいいよ」



別に全て話してもいいけど…そうしたらダメな気がして誰にも話していない

…何か変だ



「星?」


「どうした? 夜兎」


「…呼んでる」


「夜兎?」



近くから聞こえる声も何もかも全てが遠ざかったかのように薄れ、強く惹かれるようにして僕は教室を飛び出した

今は昼休みだ

こんな時間に、星が導いてくるのは初めてだし…ここまで強い導きを感じたことはない

何か、何かがあるのだと確信して、呼ばれた場所まで走ってゆく


薄れた五感の知覚の中に、はっきりと映る存在が一つ

それは…



朔奈だった







◇朔奈



やとに血を飲ませてもらってから1ヶ月と少し


どこか寂しく感じていた高校生活が、やとと過ごすことでどんどんと楽しくなっていった

やとの周りにみんなが集まっているのは少し嫌だったけど…概ね楽しく生活することができていた



陽隠くもりさん、これ」


「…手紙?」


「受け取った? じゃあ」


「なんだろう」


「…どーせ告白でしょ」



あたしも友達の言う通りだと思いながら、その手紙を読み始める

いつも通り、時間と場所の書いてある呼び出しの手紙だった

だけど、それを書いた人の名前は書かれていなかった

少し嫌な予感がしたけど…書かれていた通りにお昼休み、五階の廊下端に行くことにした



「この辺かな? なんか珍しい場所だったけど…」



2階にある一年生の教室からここは地味に遠くて、少し疲れた

昼間の間は少し体がだるくなって、力が弱くなっちゃうのがちょっと辛い

昼間も、やとをだっこして、連れまわしたいんだけどなぁ

って、違う…あたし。酔ってないのになんでこんなことを……


足音だ…呼んだ人かな?

……



「本当にいるな。上手くいったっつーコトか」



心臓がバクバクと大きな音を立て始める

床から視線を上げることができない


逃げたい…逃げたい!

今すぐにここから逃げ出したい!



「ハッ、もちろん要件はわかってるよな?」



ガタガタと震える体を抑え、ゆっくりと顔を上げ…相手を視界にとらえる

狼の耳を頭に生やし、鋭い目をした牙を見せている男がいた

狼獣人……いや、人狼だ…



「吸血鬼は亜人が嫌いだっつーのはユーメイだがよ。そこまで拒否しなくてもイイんじゃねえか? 陽隠くもり 朔奈」


「ッ…!!」


「チッ……ンだよ、無視かよ」



相手が人狼だから昼間のあたしじゃ、逃げられない



「オレ考えたんだわ。吸血鬼は亜人が嫌いなんだろ、だったらよォ…ゴーインに捕まえて縛りつけちまえばイイじゃねえかってよ…ダハハ! テンサイだよなァ!」


「ふぅ…ふぅ…」



ど、どうしよう、後ろの窓は……五階だから昼間は出れない



「なんとか言えヤァ…オイ!」


「ッ!!」


「まぁいい、テメェはオレのモノになるか、オレをアイするか…それしか道はネェんだ」



やだ…いやだ…

お母さん、お父さん、誰か助けて…


人狼がゆっくりとこっちに近づいてくる

やめてこっちに来ないで…

あと少し、近づいてきたら…隙をついて逃げる


あと一歩……今!



「あ? ハッ、その程度、考えてネェとでも思ってんのか?」



とにかく距離を取らないと…!

少しでも、少しでも!



「“土よグラッディエ”」



何かに躓いて…体が浮いた

そんな、こんなところで躓くなんて

いや…これは魔法…!



「残念だったなァ、吸血鬼ィ…」


「ヤダッ…やめて、来ないで!」


「ヨーヤク声を聞かせてくれたジャネーか」



倒れたあたしに人狼は大股で堂々と近づいてくる

ここは五階…他に誰もいない



ふと頭に走馬灯のように…思い出が現れる


お母さんから聞いた話だ…


吸血鬼が…亜人を嫌う…いや正確には恐れているのには理由がある



遥か昔、実は“幻想現界”という言葉が現れるずっとずっと前から…吸血鬼も亜人も存在していたという

長い間、吸血鬼は亜人を管理し、支配していたらしい

だが、それは突然の亜人達の叛逆により崩れ去った



「さァて、どーすっかなァ!」



叛逆の結果、吸血鬼と亜人の関係は反転…いや、それどころか最悪となった

虐げられ、迫害され、隷属させられ、意味もなく処刑される

そんな日々が続き、吸血鬼はその身に亜人への恐怖を染み込まさせられ…その恐怖が本能にまで染み付いているという話だ

それを打ち破ったのは…たった1人の吸血鬼だったらしい



「コイよ、陽隠くもり。オマエはオレのモンだ」


「…朔奈に触れるな!」



恐怖で限界まで追い詰められたあたしの前に現れて、あたしを助けてくれた彼は…



「やと…? どうして、ここに?」


「星に導かれたんだ」

『——星に導かれたんだ』



吸血鬼を救った英雄と全く同じことを言った










◇夜兎



「んだテメェ、ジャマだ失せろ」


「邪魔なのはお前だよ。薄汚い野犬が」



自然と相手に対する罵倒が口から流れ出てくる

相手が亜人であるのに、自分の口から蛇口を閉め忘れたかのように罵倒が飛び出し、驚いた


「オレは人狼ダァ!! ワオォォォォオオオオォォォォン!!」


「ぐっ……」



人狼の遠吠えは、仲間を呼ぶものではない。周りを威圧し、自身を鼓舞して狼獣人のような姿から半人半狼の状態へと姿を変えるための行為である

その音圧の強さに耳を抑え、軽くしゃがみんだ

だが、ここは階段がすぐそこにある



ゆえに、この遠吠えは校舎内の全てに響き渡ったに違いない

と、なれば確実に助けが来る

それまで時間を稼ぐ…それだけだ



「シネェ!!」


「っだぁ!」



迫り来る拳に横から拳を全力で当て、狙いをずらす

ただの人である僕が、人狼の殺す気の攻撃なんて受けたら普通に死ぬ

だからと言って、避けてはいけない


避ければ、朔奈に近づいて行ってしまう



「ガァァ!!」


「“風よウィディア”ァァ!!」



膨大な魔力量に任せ、自分の拳に風を纏わせ、迫る蹴りを弾き返す

やる気がなかったから、まだ放出するタイプの魔法は教わってないんだよ!

渦巻く暴風に足を弾かれた人狼がバランスを崩し、地面に崩れ落ちる寸前



「ワオォォォオォオォォォォォォォオ!!」



咆哮が強く、強く響き渡る

魔力を伴った強い音が衝撃波を生み、僕の体を弾き飛ばす



「がっ…」


「やと…!!」



吹き飛ばされた僕に、朔奈が近づいてくる

本当に…助けを待つだけでいいのか?

助けが必ず来れると言えるのか?


そんな疑問が頭をよぎった

ならば考えろ、この状況の打開策はなんだ?


相手は人狼…身体能力は満月の夜の吸血鬼にも勝ると言われている

その反面、魔法が苦手で基礎の魔法しか扱えない

暴力的な気質があり、獲物を痛めつけることを楽しむ者もいる

狙った獲物を追い込んでいくのが得意


朔奈を逃して残る?

いや、僕を無視して朔奈を捕まえにいくだろう


魔法で強化して対応?

魔法には嫌な思い出があるからと、練習してこなかったからダメだ


朔奈に魔法を使ってもらう?

昼間は魔力消費が増えて、まともに使えたものじゃないって聞いた



一体、どうしたら…



「やと逃げて、あたしは、あたしは…やとが苦しむのは見たくない!」


「朔奈…それは、僕もだよ」



チラリと人狼の様子を見る

暴風に地面へと叩きつけられながらも咆哮した影響か、口の端から血を流しながら…怒りのこもった瞳でこちらを見ている

それでいてこちらを警戒したかのように、観察を続けている


時間はある…?

おそらくなんらかの攻撃に関わる動きを見せた瞬間に攻撃を仕掛けてくるだろう


ならば……



「…朔奈、僕の血を飲んで」



朔奈の耳元でそう伝える



「なんで…?」


「前に…できるかもしれないって話したことあったよね」


「……うん。わかった」



この1ヶ月以上の間、何もしてこなかったわけじゃない

毎日のように血を求める朔奈に血を飲ませてきたんだ

だから、どうにかできる自信がある



「ウゥゥゥゥウゥゥ」



後ろから僕を抱きしめるような体勢の朔奈が顔を僕の首の吸血痕がある方に寄せる

吸血痕に朔奈の牙が触れる



「…ん」



鋭い痛みが走り、牙が首に突き刺さったことを実感する



「んく…んく…」



人狼はいまだに警戒を続けている

おそらく、この状況で突然吸血を始めたことに困惑して攻撃を仕掛けていいのかを悩んでいるのだろう

だから…



「んく…んく…ん…今なら、亜人も何も怖くない」


「…ならよかったよ。僕が時間を作ろうか?」


「必要ないよ。あたしが全て決める」



僕を置いて、朔奈が立ち上がる



「ンダァ? オレのモンつー自覚ができたのカァ?」


「黙れ…あたしのやとを傷つけたあなたは…」



僕を守るように前に出た朔奈を見て、人狼は警戒をとき警戒をとき、彼女へと近づこうとし



「先祖の罪をも償い、凍て死になさい!」



その宣言が廊下に響き渡った直後、全ての音が消える

周りを見れば、朔奈を中心として、僕の周り以外、全てのものが凍りついていた



「“裏切り者に捧ぐ歌ラキューエル・コルメス”」



後述詠唱魔法…魔法名の詠唱を魔法効果後に行う特殊な魔法のこと、大抵が馬鹿げた効果を持つ

…朔奈、そこまでやれとは言ってないよ

そう、完全に氷像と化した人狼と校舎(五階のみ)を見て、思った

さっきの宣言通り、本当に死んでたりしない?



「やと…ありがとう、あたしを助けにきてくれて」


「それは、うん。どういたしましてなんだけどさ…これ大丈夫なの?」


「知らない。というか、コイツは死んでてもいい…人狼は吸血鬼に接触禁止って決まっているのに接触してきた…つまりどうなってもいいんだよ」


「そ、そうなんだ」


「それより、やと…さっき『星に導かれた』って言ったよね」


「うん」



何か引っかかるところあるかな

普通の人はこんなことないみたいだけど、僕からしたら当たり前の出来事なんだよね



「…それほんと?」


「嘘つく必要ある?」


「…ないね」


「それより人を呼んでこないと…昼休み終わっちゃう」


「別に呼ばなくても良くない? 人狼なんていなくても誰も気にしないし」



か、過激だなぁ…

ふと後ろを見れば、階段からこっちを観察している人影が複数見えた

まぁそうだよね


滑らないように気をつけながらゆっくりと2人で階段に向かうと階段を登ってきている教師が見えた



陽隠くもりに、宮ヶ原みやがはら! 大丈夫だったか! 五階で人狼の咆哮と大魔法の気配がしたが……と……あー…大魔法は陽隠くもりか?」


「はい、あそこの人狼ゴミがあたしのやとを傷つけたので仕方なくやりました」


「昼間の吸血鬼が大魔法なんて前代未聞だが……純吸血鬼だからか…? いや、吸血したのか」


「あいつ、あたしを捕まえて、物のように扱いたかったらしいですよ。…それなら死んでても問題ないですよね?」


「チッ…クソが。たまたま遭遇した結果の事故じゃなくて、アレの故意かよ」



別の教師が朔奈の話を聞いて、腹立たしいと言った具合に舌打ちし、顔を歪ませる



「普通に大事件だな…人狼は自由に動けなくなるだろうな」


「2人は自分の教室に戻りなさい。これから、おそらく授業そっちのけで職員会議となる。1時間ほどしたら帰宅指示が出るだろうが、帰らずに2人は残ってくれ」


「「わかりました」」



教師達が野次馬に来た生徒を教室に戻させる

その流れに従って、僕らも自分の教室へと戻ってゆく

途中で…



「宮ヶ原くーん。まっさか、そこまで進んでたとはねぇー?」


「?」


「ほら、ここ」



突然、話しかけてきたクラスメイトの女子が自分の首の左側を指でさ……あっ…

僕のそこがどうしたのだろうと考え、理解した


そこには……吸血痕があった



「さ、朔奈? 助け…てって…いない!?」


「わたしが来たらいなくなっちゃった…多分、わたしが亜人だからだねー」


「そ、そうですか…」


「そうだ、ねぇねぇ吸血されるのってどんなかん「あたしのやとに近づきすぎ」…おうふ」



どんどんと距離を縮めてくる彼女にどう対応しようかと困っていたら、突然僕の体が引かれ、(おそらく)朔奈に抱きしめられた



「吸血鬼は亜人が嫌いなんじゃ…」


「違う、嫌いなんじゃない。怖いの。でも、あたしはやとがいれば問題ない」


「そ、そうなんだ…あの、その……えーと、お幸せに〜」



とても気まずそうにしながら彼女は離れていった



「ねぇやと、なんの話してたの?」


「吸血痕気づかれた」


「みきゅっ!?」


「ふふっ…何その声」


「あ、今やと笑った!? もっと笑って!」


「なんでよ」


「いつも全然笑ってくれないからだよ」



そんなに僕笑ってないかな…?

笑ってると思うんだけどな



その後、吸血痕を隠さずに教室に戻ったら、たくさんの心配の声と祝福(?)をもらって、色んな人に絡まれながら1時間ほど経ったところで、先ほど教師の言っていた通り、帰宅指示が出た


教師に言われた通り2人で残っていると数人の教師がやってきて事情聴取をされることになった

そこで知った話だが、あの人狼はこの高校の3年で亜人の気配を感じると自然と避ける吸血鬼に避けられないよう幾人もの純人を経由して、朔奈を呼び出したようだ

奇跡的に死んでいなかったらしいが、完全に凍りついたことで変質が起こったのか、人狼形態から狼獣人や人の姿になれなくなったと聞いた

これからの社会で暮らしていくには、辛いだろうが…朔奈を自分のものにし、僕を殺そうとしたのだ…同情はしないし、できない



その後の話だが、

彼は、吸血鬼への接触禁止の規則を破ったことで退学、それに僕を殺そうと人狼化や咆哮をしたことで、犯罪者扱いとなったが、成人前であり被害も僕の多少の打撲しかないため逮捕はされなかった

とはいえ、監視付きの生活になったらしい



説明と、質問への回答を30分ほど続け、ようやく解放された僕らは2人横並びになって歩いて帰っていた



「やと、こっちに行こう」


「ん? 朔奈の家に行くの?」


「んー…そうとも言えるし、そうとも言えない感じ」


「どういうことさ」


「いいから着いてきて」



最近の朔奈は、初めて僕の血を飲んで、酔ったときの彼女に近づいている気がする

無邪気で、独占欲が強い

美月さんに聞いてみたら、素の朔奈が出てくるようになったんだろうって言われた


美月さんは頼もしいが、たまによくわからないことを言うし、するので絶妙に信用できないところがある

だから、今回も信用していいのか微妙だと思う



「って、公園?」


「ここは、やととあたしが…真の意味で出会った場所だから舞台にふさわしいって思ったの」


「舞台…ふさわしい?」


「…ふふ、やとならきっと…あたしのやりたいこと、わかってくれるよね」



そういうと、彼女は僕を置いて、公園の真ん中へと走っていって…しゃがみ込んだ

朔奈の、やりたいこと…?


まさか…



「…ん、人?」



公園の真ん中を見て、そう呟き

ザッザッと音を立てながら朔奈のしゃがんでいる公園の真ん中へと近づいていく

朔奈の前に着くと共に



「うわっ!?」



どこにも驚けることがないが…突然朔奈が現れ、それに驚いたような反応をする



「あ、あの大丈夫で………って、陽隠くもりさん?」


「ぁ…。宮ヶ原…くん…?」



間違ってなかったみたい

たった1ヶ月程度前のことなのにとても懐かしく感じるやり取りだった



「こんなところでどうしたの?」


「ぇ…ぁ……その…」



気まずそうに下を向いた彼女を見て、勢いよくしゃがみ込み、その顔を覗き込む



「…ッ!?」



それに驚いたかのように朔奈が顔を背けるも、僕は彼女の綺麗な翠の瞳を見た

それで…このあとは



「……なるほど…吸血衝動を抑え込んだら動けなくなっちゃったとかそんな感じ?」


「…ぅ…そ、そうです」


「血液パックとかは……?」


「…ぁ、あたし…あれ、きらいで……」



確かに今の朔奈はもう飲めないって言ってたね

不味すぎて吐き気がしちゃうとか言ってたような



「家族に今の状況を伝えたりはしないの?」


「スマホ、学校に忘れてきちゃって」


「…あー」



もちろん今はしっかりとスマホを持っている



「自分の血で、どうにかできないかなって…腕を噛んでみたけど……力が入らなくて…」


「………僕の血、飲む?」


「だからもう、あたしのことは放って………え?」



この言葉が…ただのクラスメイトだったはずの朔奈との関係を全部変えたんだよね

でも今の朔奈は吸血衝動とか欠片も…



「…いい、の?」



先程まで翠色だった朔奈の瞳が真っ赤になっていた

ちょっと待って、朔奈?

…すこし、早ったかもしれない



「あたし、吸血初めてだし、衝動中だから……痛いかもしれないけど…いいの?」



でも、日光を反射して煌めく金の髪、すぐ真っ赤に染まる翠の目、その可愛らしくも美しい顔、甘えん坊で独占欲の強い性格、その全てで僕は彼女に魅了されているんだ



「うん…」



返事の瞬間彼女は飛びかかってきた

わかってたよ…そうなるって、だからボタンも外してあるし、地面に頭をぶつけないようにした


僕を押し倒した朔奈は舌舐めずりをすると、僕の首に顔を近づけ…吸血痕をピチャリと音を立てて舐める

彼女はそのまま吸血痕に牙を当てると、いつものように噛み付いた



「んく…んく…」



ただのクラスメイトだった朔奈と



「んく…んく…」



たった一度の吸血で



「んく…んく…」



こんな関係になるだなんて



「んく…んく…」


陽隠くもりさん…陽隠さん!」



過去の僕は思ってないだろう



「んく…んく…」



そしてこんなことをした朔奈はきっと…



「んく…ん。ぷはぁ」



首から牙を抜かれる



「…ん」



ペロリと吸血痕を朔奈の舌が撫でた



陽隠くもりさん…?」


「ん…ふふ、宮ヶ原くん…いや、宮ヶ原夜兎くん」



あぁ…



「あたしに…いつまでもその血を飲ませてくれますか?」



いつ、彼女がそれをしてくるのかとずっと気になっていた

それが今日だったのは驚いたけど……


答えはもう決まってる




僕は…あの日、朔奈に血をあげた日…彼女に魅了されたんだから…



「…もちろん!」


「ほ、ほんと!?」


「じゃあ僕からも…」



体を起こし、立ち上がると目を閉じ、この1ヶ月程度のことを思い出してゆく

そうして、彼女の手を掴み…その翠の目を見て口を開く



「僕は…この公園で朔奈と話して、血をあげて…朔奈の家に連れて行かれて…と驚くくらいに色々とあったあの日に…陽隠 朔奈に恋をした」


「…そう、だったんだ」


「ちなみに、その次の日に吸血した後、眠そうな朔奈に告白されたんだよね」



これを言うべきはここかなって思った



「へぇ…………え゛?」


「つまり、僕は朔奈の想いを知った状態でずーっと待ってたんだ」


「な、なんでそれ…言ってくれなかったの?」


「美月さんに言われたんだ。それで付き合っても朔奈は自分の想いを疑ってしまうって」


「…うん」


「だから、僕は君が、朔奈が僕に告白をしてくるまでずっと、想いを溜めておくことにしたんだ」


「…うん!」



きっと今、朔奈は恋をした…なんて遠回しな言葉じゃなくて、まっすぐな言葉を欲しがってる

だから、言おう



「だから……朔奈。僕は君のことが好きだよ。大好きだ。この世の何よりも君が大事だよ」


「うっ…ぐすっ。うん…」


「ほら、朔奈は? まだ回りくどい言葉しか僕は聞けてないけど…どうなの?」


「あた、あたしも…やとのことが好きっ!!」


「うん、知ってる!」


「ズルいっ!」



2人であははと笑いながら、汚れてしまった制服を叩いて砂利を落としあい、朔奈の家へと歩き出す

だって、このことを1番に報告すべきなのは美月さんなのだから








「ただいま〜」


「お邪魔しまーす」


「おかえりなさい2人とも、今日は大変だったみたいね」



どうやら学校から話を聞いていたみたいだ

ってことはうちの親も…

気になったので、ポケットからスマホを出す

母さんからのメッセージの通知が目に入った


『私、あなたが吸血鬼の女の子と仲良しだったこと知らなかったんだけど』


…仲良し(意味深)だこれ


『今度絶対に連れてきなさいよ』


《今日泊まりになるかも》


『その子の家に?』


《いや、どうだろ》


『明日休みになったわよね』


『明日連れてきなさい』


《はい》


負けた…

わざわざ誤魔化したのに普通にバレた



「やと君、お母さんはなんて?」



ニヤニヤと笑いながら美月さんが聞いてきた

この人絶対分かった上で聞いてきてる



「明日、朔奈を連れてこいって言われました…」


「やった! あたし、やとの家行ってみたかったの!」


「私も着いて行こうかしら」


「なんでお母さんも!?」


「家同士の付き合いになるだろうから…かしらね」



僕と朔奈が付き合ったのバレてそうだなこれ…

多分、朔奈の様子とか、テンションから気づいたんだろうな…

この人こわ…年季がちが



「やと君」


「は! はい! すみません!」



歳のこと考えるのやめよ

正直この人年齢不詳だけど



「ふふ、それで2人とも? 何か私に言うことがあるんじゃないかしら?」


「…言うこと? やと、何かある? 人狼を殺せなかったこと? やとの吸血痕がバレたこと?」



え、朔奈とぼけてる?

いや、これガチの顔だ

多分、付き合ったこと気づかれてないと思ってるから、言うと思ってないんだこれ

美月さんと目が合った

あ、朔奈相手だと話が進まないから話せと、はい



「僕たち、付き合いましたよ」


「そうよね!」


「え?」



なんで朔奈は混乱してるの?



「なんでそんなに軽いの!? 娘に恋人ができたんだよ!?」


「落ち着きなさいよ」


「………」


「うわぁ! 急に落ち着かないでちょうだい!」


「お母さんは要求が多いなぁ」


「やっぱ陽隠くもり家って、ユニークだね」



いつか言ったような言葉をふふと笑いながら、呟けば…2人はこっちを振り向いて



「「おかしいって言っていいんだよ!」」



なんてハモりながら言ってくるものだから、笑ってしまう

それと共に、隠していた怪我とその血が見つかってしまったため…



「あっ、やと君血が…じゅる」


「ちょっ、お母さん…やとはあたしのだから!」



陽隠家の玄関にそんな声が響き渡ることになった






『フンッ…純種一族が一つ、クモリともあろうものが…落ちぶれたもんだな』






どこからか発された呟くようなその言葉は誰にも届くことなく、夕焼けに染まる空へと溶け消えた

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朔の星夜に、夜の血を 風雷 刹那 @furai_setuna

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