第4話 鉄の民

 屋敷に戻ると使用人から祖父が書斎で待っていると聞いたので急ぎ向かった。


 外は日も暮れかけていて、帰りが遅いのを心配したのかもしれない。


 祖父の部屋の扉を叩くと、入れと声があった。


「なるほど、男装して出掛けたのか。その点は良い。話というのは、今日からルナフレアの屋敷へ行ってもらう。理由は今朝話した通りだ。部屋から出るなとは言ったが、まぁその形なら良かろう」


「叔母上はお戻りに?」


「あぁ先ほどな。アキュレオスも戻っておる。あ奴ら辞職して戻ってきおったのだぞ。辞めずとも良かろうに」


 そう言う祖父は何やら嬉しそうだった。


 祖父は両手に抱えた木箱やらが気になったらしく、眉を顰めた。


「何を抱えておるのだ。置いてくれば良かろうに」


「そうは思いましたが、お祖父様のものだと伺いましたので一応ご報告をと思い…」


「ワシの?」


「はい、今日は鍛冶場のレゴリスさんにお会いして、お祖父様の刀を頂いてきたんです」


「あぁ、あれを…、レゴリスが渡したのか? お前に?」


「はい。巻いた藁の筵を斬ったので、持って行けと」


「なるほど、お前がのぉ…」


 そういうと祖父は暫し考え込んだ。


「まぁ良いか、お前が使えば良い」


「ありがとうございます」


「で、剣など持ってどうするんじゃ?」


「はい、私を殺した者を捕まえに」


「はぁ?」


 祖父は机から勢い良く立ち上がって素頓狂な声をあげた。


「それはならん。危険すぎる」


「しかしそうは仰いますが、このまま身を隠して生きるのも余りに無駄に思えます。叔母上に伴って頂きますので、それなら安心ではありませんか?」


「まぁ、それなら構わん。ここに居られても面倒じゃからな。早速軍からは戻せだの居場所を報告せよだのと書状が来ておる。いっそ居らんほうが助かるわ」


 厄介払いができて丁度良いということか。


「分かった、外出を許す。ただ連絡だけは寄越せよ」


「分かりました。それでは叔母上の屋敷に行って参ります」


 叔母の屋敷は本邸宅の裏庭から少し離れた場所にある。


 以前は来客用となっていたが、時折戻る度にかなりの人数が付き従ってくるため、そちらを使うようにしたのだ。


 その者たちの中には、王都の学術院で研究所を丸ごと吹き飛ばした兇状持ちがいるので、本邸宅には置いておけないというのもある。


 尤もこの者は、ユリアという名で容姿も良い女だったのだが、危険薬剤や毒物に異常な好奇心を持ち、性状不安定な薬品で爆発を起こし、右の顔半分に火傷を負い、右の眼球と職を失って尚研究に取り組むような異常者なので、ルナフレア邸でも離れに追いやられている。


 デナリスは刀二振りと木箱を抱えて、叔母の屋敷に赴いた。


 既にパネッタはこちらにいるようで、私室の荷物もこちらにあった。


 早速叔母に会いに行くと、姿を見るなり飛び掛かるようにやってきて、抱きしめてくれた。


「よく生きてたね」


 実は死んでたとは、中身別人とは、言い出せなかった。


 相変わらず葡萄色のキトンを着ていた。


 叔母はキトンやホルターネックのドレスを好んで着た。


 薄着を好むのは、叔母が常に自身の周りを温めたり冷やしたり、魔法で調整しているからだ。


 常時魔法を維持しているなど、世界中探しても叔母くらいだろう。


「何を抱えておるのだ?」


 抱き心地が悪かったのだろう。


「刀です」


「ほぉ。そんなものよく残っておったな」


「知ってるんですか?」


「知っているさ。私の故郷には残っておるからな」


「そうなんですか?」


「ああ、それに合う服もあるぞ。姉に渡されたが一切着ておらん。よかったら使うか?」


「使います!」


 それを聞いて使用人に取りに行かせた。


「しかし妙なものを使いたがるな」


「叔父上の剣は重すぎて振れませんから」


「あれは刃の付いた鈍器みたいなものだからな。だが刀など持ってどうするんだ?」


「襲撃犯を探します」


「なるほど…。私もそうするつもりで帰ってきたのだ。屍人のまま朽ちていくなど許せん」


 デナリスは頷いた。


 ルナフレアはカウチを勧めた。


「ところで、男に化けてるようだな。名も考えたのだろう?」


「はい。今の名も立場も使えませんし、そのままでは探しにも行けませんから」


「確かにな。何かあてはあるのか?」


「ありません。ただ、長距離射撃で胸を貫通させる程の腕ですから、名も通ってるとは思うんです。少しずつ調べて行こうと思います」


 使用人が服を持って現れた。


 畳み方で分かる。


 これは和服だ。


「着てみるか?」


 デナリスは頷いた。


 ルナフレアが脱ぐようにいうので顔を赤くしながら脱いだ。


「何を照れておるんだ」


 恥ずかしいに決まっている。


「この服なら身体の線は隠せるだろう」


 叔母が着付けてくれた。


 袴は短く膝下丈ですぼんでおり、伊賀袴のようだ。


 そのためか、着丈は短めになっていた。


 袖は袂がなく筒袖だった。


 色は替えが何色かあったが、藍、赤、生成りの三色があった。


 厚みのある麻で、控えめな光沢があった。


 レゴリスから受け取った脇差に装具を付けて、大小を帯に差した。


「刀を差すなら帯がなくてはな」


「ありがとうございます」


「この服の由来は知ってるか?」


「知らないです」


「この衣装は鉄の精錬を世の中に広めたハラン族の衣装だよ。私の故郷とはずっと古い時代から縁があってね、ほとんど同化してるんだが。彼らが作ったんだよ、その刀もね。だからしっくりくるのさ」


「そうなんですね。今も着てる人はいるんですか?」


「殆ど見ることは無くなったが無くはない。南のトリシャ辺りではまだ着ている者も多いだろう。あの辺りは鉄の交易で大きくなった街だからな。昔はこの辺りで作られた鉄はトリシャから各地へ流れたんだよ。あの辺りの海洋民族とハラン族が混血してあそこの王族になったんだ。うちとは根っこのところで繋がっている」


 製鉄はエイリアス領の南辺りで始まったと言われている。


 ハラン族の物語で、砂鉄堀で山を崩し、炭のために森を拓いたため、ある時山の神が怒って彼らの街を土砂で埋めてしまった。

 哀れに思い月の神が山に木を植えてやると山の神は鎮まり、彼らは月と大地の神を祀ったという言伝えが残っている。


 実際に一千年程前になるが、この辺りで町が土砂災害で壊滅したという記録もある。


 ハラン族はその後居住地を分散して鉄の精錬を行うようになった。


 ルナフレアの故郷にその一部が移住していても不思議ではない。


「この辺りの者はハラン族の血を継いでいる者が多いんだよ。本人たちは知らないだろうが、これに似た衣服が僅かに残っているのはその名残りだよ」


 なるほど、確かにレゴリスも作務衣を身につけていた。


 よく考えてみると、自分の家族が住んでいる地域について、何も知らないのだということに気づいた。


 人生を取り戻したら調べてみようと思った。

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