道三の娘α

山小ノ隹

山の館にてナンカ頭数推し量る_i

母・小見の方からは、

「もう野山を走り回るような歳ではありませんよ」

と、たしなめられていた。


けれど父・道三は、

「七日に一度ほどなら、修験の心も育つだろう」

と笑って許してくれた。


そうして濃姫は、一年を通して七日に一度を目処に

稲葉山へと通うようになった。


彼女にとって、昼と夜がほとんど同じ長さになる秋の日々は、

ひときわ特別な時期である。


――そんな、天文のある年の秋。


六度目の登りを終えた夕刻、

少女・濃姫は山上の館の縁に腰を下ろし、

腰袋から一本の麻紐をそっと取り出した。


紐には六つの結び目。

結び目と結び目のあいだには、渡来銭が

――「なし」の区間、

――一枚だけ揺れる区間、

――二枚以上が触れあって微かに音を立てる区間、

といくつかの様子があった。


濃姫はそこに七つ目の結び目を作る。

新しい結び目は、前の六つより手垢も少なく、どこか清らかだ。

だが隣とのあいだには、渡来銭は通されていない。


そっと結び目を締めながら、濃姫は紐を指でなぞっていく。


一つ目と二つ目のあいだには渡来銭はない。

その日は秋分の日で、「なし」であった。


二つ目と三つ目のあいだには五枚。七日後は五頭。

三つ目と四つ目のあいだには一枚。十四日後は一頭。

四つ目と五つ目のあいだには二枚。二十一日後は二頭。

五つ目と六つ目のあいだには三枚。二十八日後は三頭。

そして六つ目と七つ目のあいだには、また「なし」。本日、三十五日後のことである。


秋分から六度目の登りまでを示す、七日おきの観察記録。

この紐は、今年の浅葱色の蝶たちが

山上の館のそばを通り抜けて南へ向かった“道しるべ”でもあった。


風が吹き、渡来銭の挟まれた区間だけが小さく揺れた。

五、 一、 二、 三――。

四度続けて浅葱色の蝶が訪れたことが、銭の音の違いとなって残っている。

両端の「なし」が、今年の山の静かな始まりと終わりを告げていた。


そのとき、背後から足音が近づいた。


「……濃、何をしておる?」


振り返ると、父・道三が立っていた。

山の風に揺れる髭の奥の鋭い目が、

娘の手元を見た途端にふっと緩む。


「この秋に山の上へ来た浅葱色の蝶をまとめていたの。

 七日おきに見た数を、忘れないように紐に通したの。

 今年は四回の機会に恵まれたわ」


濃姫は誇らしげに、渡来銭の通った紐を掲げた。


道三は紐を手に取り、

ひとつだけ汚れの少ない結び目に気づくと、

上下の順を確かめながらゆっくりとなぞった。


「うまく覚えたものよ……ふむ、五、ひとつ、二、三。

 四度続けて“音の出たところ”があったか。


 さて、今年はどれほど通ったか……勘だが、百を超えておるかもしれぬな」


濃姫は目を瞬かせた。


「どうして、そう思うの?」


「勘よ。だが――勘にも筋というものがある。

 おぬしの紐を使って、確かめてみるか」


道三は渡来銭の重さとばらつきの話を始めた。

幼いころ、父から教わったという

“世のものごとは真ん中に寄る”という、不思議な理を。

つづく

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道三の娘α 山小ノ隹 @nuneno

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