第24話「新月の咆哮」
新月の夜。
空には、星だけが瞬いていた。
「来る……」
リリアが、震える声で言った。
「森の奥から……すごい数の魔物が、動き始めました」
「数は」
「分かりません……多すぎて……でも、百体以上は確実です」
悠真は、森の方向を睨みつけた。
暗闇の中、何も見えない。だが、リリアの感知能力が、確かに危機を告げていた。
「全員、配置につけ」
悠真の号令で、福祉ギルドのメンバーが動き始めた。
バルドは、車椅子に乗り込んだ。
弓を構え、矢筒を確認する。
「いつでも行けるぞ」
レオンは、義手に剣を装着した。
片腕でも、この装備なら戦える。
「俺も、準備完了だ」
オルグは、杖を握りしめた。
戦闘要員としては限界があるが、指揮の補佐ならできる。
「若い頃を思い出すな。血が騒ぐ」
ハンスは、罠の最終確認を行った。
「三十箇所の罠、全て作動可能だ」
マルタとミーナは、治療の準備を整えた。
ポーションと包帯を並べ、負傷者を待ち構える。
「いつでも、治療できます」
ガロンは、大きな金槌を握っていた。
「鍛冶師だが、これくらいの武器は振るえる。任せろ」
全員が、配置についた。
「リリア、状況を報告しろ」
「はい……魔物が、こっちに向かってきています。速度は……ゆっくりですが、確実に近づいてます」
「結界までの距離は」
「あと……五百歩くらい」
五百メートル。
数分で、到達する距離だ。
「だが、おかしいな……」
悠真は、眉をひそめた。
「何がおかしい」
バルドが、尋ねた。
「魔物の動きが、遅すぎる。スタンピードなら、もっと速く突進してくるはずだ」
「確かに……」
「リリア。魔物の様子は、どうだ」
「えっと……なんか、迷ってるみたいな感じです。こっちに来たり、別の方向に行ったり……」
悠真の目が、鋭くなった。
「魔道具の効果が、不安定なのか……」
その時だった。
遠くから、悲鳴が聞こえた。
「なんだ……」
「村の方向からです!」
リリアが、叫んだ。
「魔物の一部が、村に向かってます! 二十体くらい……いえ、もっと……!」
悠真の顔が、蒼白になった。
「くそっ……魔道具が暴走したのか……!」
ゴルドの計画は、福祉ギルドを狙ったものだったはずだ。
だが、魔道具の制御が効かず、魔物が四方八方に散らばっている。
その結果、村も襲撃を受けることになった。
「悠真、どうする」
バルドが、焦りを滲ませた声で尋ねた。
「村を助けるか、ここを守るか。どっちかを選ばなきゃならねえ」
悠真は、数秒間、沈黙した。
頭の中で、様々な計算が渦巻く。
村を見捨てれば、リリアの祖母も、妹も死ぬ。
かといって、全員で村に向かえば、拠点が壊滅する。
「……両方だ」
「何だと」
「部隊を二つに分ける。俺とバルドとレオンで村を救援する。残りは、ここを守れ」
「三人で二十体以上の魔物を相手にするってのか」
「やるしかない。リリア、お前は索敵を続けろ。こっちに来る魔物の動きを、オルグに伝えるんだ」
「で、でも……」
「お前がいなければ、拠点は守れない。頼む」
リリアは、唇を噛みしめた。
そして、頷いた。
「……分かりました。気をつけて」
「ああ。必ず戻る」
悠真は、バルドとレオンを見た。
「行くぞ。時間がない」
「了解」
「任せろ」
三人は、村に向かって走り出した。
---
村は、阿鼻叫喚の渦に飲み込まれていた。
「ぎゃあああ!」
「魔物だ! 魔物が来た!」
「逃げろ! 逃げろ!」
村人たちが、悲鳴を上げながら逃げ惑っている。
その間を、ゴブリンや魔狼が駆け回り、手当たり次第に襲いかかっていた。
「くそっ……ひどい有様だ……」
バルドが、歯を食いしばった。
「感傷に浸っている暇はない。行くぞ」
悠真は、村の中心部に向かって走った。
「バルド、お前は外周を回れ。逃げ遅れた村人を助けながら、魔物を射殺せ」
「了解」
「レオン、お前は俺と一緒に来い。中心部を制圧する」
「分かった」
バルドは、車椅子を走らせた。
村の外周を高速で移動しながら、魔物を次々と射抜いていく。
「一体、二体、三体……」
矢が、正確に魔物の急所を捉える。
かつてAランク冒険者と呼ばれた男の腕は、健在だった。
「助けてくれ!」
村人の一人が、ゴブリンに追いかけられていた。
「こっちだ!」
バルドは、車椅子を急旋回させた。
ゴブリンの背後に回り込み、至近距離から矢を放つ。
ゴブリンが、倒れた。
「あ、あんたは……」
村人は、バルドの顔を見て、目を見開いた。
「お前……あの、車椅子の……」
「説明は後だ。逃げろ。広場の方に行け」
「あ、ああ……」
村人は、よろめきながら逃げていった。
バルドは、再び車椅子を走らせた。
「次だ……」
---
村の中心部。
悠真とレオンは、魔物の群れと対峙していた。
「十体か……厄介だな」
「俺がやる」
レオンは、義手に装着した剣を構えた。
「お前は、村人を逃がせ。ここは、俺が食い止める」
「一人で十体は無理だ」
「無理じゃねえ」
レオンの目が、鋭く光った。
「俺は、また戦えるようになった。悠真さんのおかげで。だから、今度は俺が、誰かを守る番だ」
「……分かった。だが、無茶はするな」
「ああ」
悠真は、村人たちの方に走った。
「こっちだ! 広場に逃げろ!」
「た、助けてくれ……!」
村人たちを誘導しながら、悠真は周囲を見渡した。
その目が、一軒の家で止まった。
リリアの祖母の家だ。
「まさか……」
悠真は、家に向かって走った。
扉を蹴り破り、中に入る。
「誰かいるか!」
「こ、ここです……」
奥の部屋から、震える声が聞こえた。
悠真は、部屋に飛び込んだ。
そこには、リリアの祖母が、赤ん坊を抱いて蹲っていた。
「悠真さん……」
「無事か」
「は、はい……でも、外に魔物が……」
「大丈夫だ。俺が守る」
悠真は、二人を抱えるようにして、家の外に出た。
その瞬間、目の前に魔狼が現れた。
「くっ……」
悠真は、とっさにリリアの祖母と赤ん坊を庇った。
魔狼が、牙を剥いて跳びかかってくる。
終わりか。
そう思った瞬間。
矢が、魔狼の頭を貫いた。
「悠真!」
バルドの声が、響いた。
「ぼーっとしてんじゃねえ!」
「助かった……」
悠真は、リリアの祖母と赤ん坊を連れて、広場に向かった。
---
広場には、村人たちが集まっていた。
レオンが、血だらけになりながらも、魔物を食い止めている。
「レオン!」
「悠真さん……来たか……」
レオンは、息も絶え絶えだった。
義手の剣は、血に染まっている。
「十体、全部倒した……俺、やれたぞ……」
「よくやった。休め」
悠真は、レオンを広場の隅に運んだ。
「マルタがいれば、治療できるんだが……」
「大丈夫だ……これくらい、かすり傷だ……」
レオンは、無理に笑顔を作った。
その時、バルドが戻ってきた。
「外周は片付けた。だが、まだ魔物が来る。森の方から、新しい群れが……」
「くそっ……まだ終わりじゃないのか……」
悠真は、森の方向を見た。
暗闇の中から、新たな魔物の気配が迫ってくる。
「数は」
「分からねえ。だが、さっきより多い……」
「……」
悠真は、村人たちを見渡した。
老人、子供、女性。戦える者は、ほとんどいない。
「ここで守りきれるか……」
その時だった。
「悠真殿!」
聞き覚えのある声が、響いた。
振り返ると、自警団長のドルクが、数人の部下と共に駆けつけてきた。
「ドルク……」
「遅くなった。だが、まだ間に合うはずだ」
「お前、来てくれたのか」
「当然だ。お前たちとは、協力すると約束しただろう」
ドルクは、剣を抜いた。
「自警団、全員、戦闘準備! 村を守るぞ!」
「「おう!」」
十人ほどの自警団員が、武器を構えた。
「これで、少しは楽になるな」
バルドが、にやりと笑った。
「ああ。だが、まだ終わりじゃない」
悠真は、森の方向を睨みつけた。
「本当の戦いは、これからだ」
---
その頃。
福祉ギルドの拠点では、激しい戦闘が繰り広げられていた。
「左から五体! 右から三体!」
リリアが、索敵情報を叫ぶ。
「了解! ガロン、左を頼む!」
オルグが、指示を出した。
「任せろ!」
ガロンは、金槌を振り回した。
ゴブリンが、吹き飛ばされる。
「ハンス、罠の状況は!」
「半分以上、作動済みだ! でも、まだ来る!」
罠にかかって倒れる魔物。だが、その隙間を縫って、新たな魔物が押し寄せてくる。
「結界が……持たない……!」
古い結界が、悲鳴を上げていた。
魔物の圧力で、亀裂がどんどん広がっていく。
「リリア! 敵の数は!」
「分かりません……多すぎて……でも、減ってます……少しずつ……」
「持ちこたえろ! 悠真たちが戻ってくるまで!」
オルグの檄が、響いた。
福祉ギルドは、必死に拠点を守り続けていた。
---
村の広場。
「第二波が来る!」
ドルクが、叫んだ。
森の方向から、新たな魔物の群れが押し寄せてきた。
ゴブリン、魔狼、そして──。
「あれは……」
悠真の顔が、蒼白になった。
群れの後方に、巨大な影があった。
体長は五メートルを超える。全身が黒い鱗に覆われ、口からは炎が漏れている。
「ワイバーン……」
Aランク相当の魔獣。
通常の魔物とは、格が違う存在だ。
「なんで、あんなのが……」
「魔道具の暴走だろう。森の奥に眠っていたやつが、目を覚ましたんだ」
バルドが、弓を構えた。
だが、その顔には、焦りが浮かんでいた。
「あいつを倒すには、俺の弓じゃ火力が足りねえ……」
「……」
悠真は、ワイバーンを見つめた。
このままでは、村は壊滅する。
拠点も、危ない。
「……やるしかない」
「悠真?」
「バルド。お前は、あのワイバーンを倒せるか」
「さっき言っただろう。俺の弓じゃ、火力が足りねえ」
「なら、火力を上げればいい」
悠真は、懐から小瓶を取り出した。
銀色に輝く液体。リリアが作った、最高品質のポーションだ。
「これを、矢に塗れ」
「ポーションを?」
「このポーションには、高濃度の魔力が含まれている。矢に塗れば、威力が何倍にも上がる」
バルドは、ポーションを受け取った。
「……本当に、効くのか」
「俺を信じろ」
バルドは、悠真の目を見つめた。
その目には、揺るぎない確信が宿っていた。
「……分かった。信じる」
バルドは、矢にポーションを塗った。
銀色の液体が、矢に染み込んでいく。
「準備はいいか」
「ああ」
「俺が、あいつの注意を引く。その隙に、急所を狙え」
「了解」
悠真は、ワイバーンに向かって走り出した。
「こっちだ、化け物!」
生活魔法で、風を起こす。
砂埃が、ワイバーンの顔面に吹きつけられた。
「グオオオ!」
ワイバーンが、悠真に向かって炎を吐いた。
悠真は、横に跳んで避けた。
炎が、地面を焦がす。
「今だ、バルド!」
「任せろ!」
バルドは、車椅子を走らせた。
ワイバーンの背後に回り込み、弓を構える。
狙いは、首の付け根。鱗が薄い、急所だ。
「当たれよ……!」
矢が、放たれた。
銀色に輝く矢が、空を切り裂く。
そして、ワイバーンの首に突き刺さった。
「グアアアアア!」
ワイバーンが、悲鳴を上げた。
矢が刺さった場所から、銀色の光が広がっていく。
ポーションの魔力が、ワイバーンの体内で暴発しているのだ。
「効いてる……!」
「もう一発だ!」
バルドは、二本目の矢を放った。
今度は、頭部に命中。
「グ……ガ……」
ワイバーンが、よろめいた。
そして、ゆっくりと倒れていった。
「やった……!」
「倒した……ワイバーンを倒した……!」
村人たちから、歓声が上がった。
だが、悠真の表情は晴れなかった。
「まだだ。まだ、終わりじゃない」
森の方向を見ると、さらに多くの魔物が押し寄せてきていた。
「くそっ……キリがねえ……」
バルドが、舌打ちした。
その時だった。
馬蹄の音が、響いた。
「何だ……」
振り返ると、街道の方から、騎馬の一団が駆けてくるのが見えた。
先頭には、見覚えのある女性がいた。
「セリナ……!」
セリナは、馬を止めた。
その後ろには、数十人の兵士が控えている。
「遅くなりました」
「お前、どうして……」
「領主様を説得しました。増援を出すように、と」
セリナは、冷静に言った。
「福祉ギルドは、領にとって必要な存在です。守る価値がある、と」
悠真は、言葉を失った。
「説明は後です。今は、魔物を倒すことに集中しましょう」
セリナは、兵士たちに命じた。
「全軍、攻撃開始! 魔物を殲滅せよ!」
「「おおお!」」
数十人の兵士が、魔物の群れに突撃していった。
「これで……勝てる……」
悠真は、安堵の息を吐いた。
「ああ。俺たちの勝ちだ」
バルドが、笑みを浮かべた。
戦いは、まだ続いていた。
だが、勝利は、もう目前だった。
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