第23話「決戦前夜」

新月まで、あと三日。


悠真は、拠点の防衛体制を整えていた。


「まず、結界の状態を確認する」


悠真は、小屋の周囲に刻まれた魔法陣を調べた。

古い結界。長年の風化で、所々に亀裂が入っている。


「やはり、弱っているな……」


「どのくらい持つ」


バルドが、横から尋ねた。


「分からない。通常の魔物なら、まだ防げる。だが、大量の魔物が一斉に押し寄せたら……」


「破られる可能性がある、か」


「ああ。だから、結界だけに頼るわけにはいかない」


悠真は、地図を広げた。


「防衛計画を説明する。全員、集まってくれ」


福祉ギルドのメンバーが、悠真の周りに集まった。


「まず、拠点の周囲に罠を設置する。落とし穴、トラップワイヤー、投石機構。これで、魔物の突進を遅らせる」


「俺が担当しよう」


ハンスが、手を挙げた。

足が不自由な元商人だが、手先は器用だった。


「商人時代に、盗賊除けの罠を作ったことがある。任せてくれ」


「頼む。材料は、必要なものを言ってくれ」


「次に、索敵だ」


悠真は、リリアを見た。


「リリア。お前の感知能力が、この戦いの鍵を握る。魔物の接近を、できるだけ早く察知してくれ」


「はい。頑張ります」


「お前の能力なら、三百メートル先の気配も感知できるはずだ。その範囲内に魔物が入ったら、即座に報告しろ」


「分かりました」


「次に、戦闘要員だ」


悠真は、バルド、レオン、オルグを見た。


「バルド。お前は、車椅子での機動射撃を担当しろ。拠点の周囲を移動しながら、魔物を射殺す」


「了解」


「レオン。お前の訓練は、まだ完了していない。だが、補助的な戦闘なら可能だろう」


「任せてくれ。片腕でも、やれることはある」


「オルグ。お前は、指揮を補佐してくれ。騎士としての経験を活かして、戦況を判断してほしい」


「承知した。若い頃を思い出すな」


老騎士は、不敵な笑みを浮かべた。


「最後に、非戦闘要員だ」


悠真は、マルタとミーナを見た。


「マルタ。お前は、負傷者の治療を担当してくれ。ポーションと包帯を準備しておいてくれ」


「分かりました。任せてください」


「ミーナ。お前は、マルタの補助だ。耳が聞こえなくても、目は見える。怪我人を見つけたら、マルタの所に連れてきてくれ」


ミーナは、手話で応じた。

了解、と。


「以上が、防衛計画だ。質問は」


沈黙が、数秒続いた。

やがて、レオンが口を開いた。


「悠真さん。正直に聞きたい」


「何だ」


「俺たちに、勝ち目はあるのか。百体以上の魔物が来るんだろう。俺たちは、八人しかいない」


悠真は、レオンの目を真っ直ぐに見つめた。


「正直に答える。普通なら、勝ち目はない」


「……」


「だが、俺たちは普通じゃない」


悠真の声に、力がこもった。


「リリアの索敵能力。バルドの機動射撃。ガロンの車椅子。ハンスの罠。オルグの指揮経験。マルタの治療技術。お前たちの能力を組み合わせれば、数の不利を覆せる」


「……」


「それに、俺たちには守るものがある。この拠点。仲間。そして、俺たちを信じてくれた人たち」


悠真は、全員を見渡した。


「俺は、お前たちを信じている。お前たちの能力を、お前たちの強さを。だから、俺たちは勝つ」


沈黙の後、バルドが口を開いた。


「お前の言う通りだ。俺たちは、普通じゃない。だから、普通じゃ勝てない戦いにも、勝てる」


「私も……信じます。悠真さんを。みんなを」


リリアが、拳を握りしめた。


一人、また一人と、頷いていく。


「よし。では、準備を始めよう。時間は、あと三日だ」


「「了解」」


福祉ギルドは、決戦に向けて動き始めた。


---


準備は、急ピッチで進められた。


ハンスは、拠点の周囲に罠を設置していった。

落とし穴を掘り、木の枝でカバーする。

トラップワイヤーを張り、触れると鳴子が鳴るようにする。

投石機構を設置し、紐を引くと岩が落ちるようにする。


「これで、ざっと三十箇所だ」


ハンスは、汗を拭いながら言った。


「魔物が突っ込んできても、これで足止めできる」


「助かる。いい仕事だ」


バルドは、射撃の最終調整を行っていた。

新しい車椅子の操作に慣れ、移動しながらの射撃精度を上げていく。


「どうだ、調子は」


「最高だ。この車椅子、前のやつより遥かに動きやすい。ガロンには感謝だな」


ガロンの工房では、追加の武器や防具が製作されていた。


「悠真、これを見てくれ」


ガロンが、金属の塊を持ってきた。


「何だ、これは」


「レオン用の義手だ。剣を固定できるようになっている」


義手には、剣を取り付けるための金具がついていた。

これを装着すれば、片腕でも剣を振るえる。


「すごいな……」


「急ごしらえだから、完璧じゃねえ。だが、ないよりはましだろう」


悠真は、ガロンの手を握った。


「ありがとう。お前がいてくれて、本当に助かる」


「礼はいらねえ。俺も、この戦いに参加するつもりだ」


「お前が?」


「ああ。鍛冶師だが、武器の扱いくらいは知ってる。戦力が足りないなら、俺も数に入れてくれ」


悠真は、頷いた。


「分かった。頼りにしている」


---


新月まで、あと一日。


夕方。

悠真は、リリアと二人で、拠点の外れに立っていた。


「リリア。森の様子は、どうだ」


リリアは、目を閉じて意識を集中させた。


「……魔物の気配が、さらに増えています。昨日より、ずっと多い」


「数は」


「分かりません……でも、百体は超えていると思います。もしかしたら、二百近く……」


悠真の表情が、険しくなった。


「二百か……」


「悠真さん、怖いです」


リリアの声が、震えていた。


「私、戦えません。武器も持てないし、目も見えない。みんなの足を引っ張るだけかもしれない」


「そんなことはない」


悠真は、リリアの肩に手を置いた。


「お前は、このチームの目だ。お前がいなければ、俺たちは魔物の接近に気づけない。お前の能力が、俺たちの命を守る」


「でも……」


「自分を信じろ。お前は、誰よりも遠くを見ることができる。それは、誰にも真似できない才能だ」


リリアは、悠真の言葉を噛み締めていた。

やがて、小さく頷いた。


「……分かりました。頑張ります」


「ああ。頼りにしている」


悠真は、リリアの頭を撫でた。


「戦いが終わったら、お前の祖母と妹を迎えに行こう」


「本当ですか」


「ああ。約束する。だから、生き残れ。俺たち全員で」


リリアの目に、涙が浮かんだ。


「はい……絶対に、生き残ります」


---


その夜。

福祉ギルドのメンバーは、最後の夕食を共にしていた。


「明日が、決戦か」


バルドが、杯を傾けた。


「まさか、この歳になって、また戦場に立つとはな」


「俺も、まさか片腕で戦うことになるとは思わなかった」


レオンが、新しい義手を見つめた。


「だが、悪くない気分だ。また、戦える。それだけで、十分だ」


「私は、もう戦う力はない」


マルタが、静かに言った。


「でも、皆さんを支えることはできます。怪我をしたら、私が治します。だから、安心して戦ってください」


「ありがとう、マルタさん」


オルグが、杖をついて立ち上がった。


「若い頃は、何度も戦場に立った。だが、こんなに心強い仲間と戦うのは、初めてだ」


老騎士の目には、若々しい光が宿っていた。


「明日、俺たちは勝つ。そして、福祉ギルドの名を、この領中に轟かせる」


「「おう!」」


全員が、杯を掲げた。


悠真は、その光景を見つめていた。

かつて「役立たず」と呼ばれた人々が、今、一つのチームとして団結している。


「これが、俺の目指したものだ」


悠真は、静かに呟いた。


「障害があっても、老いても、誰もが自分の価値を発揮できる組織。それが、福祉ギルドだ」


「悠真」


バルドが、悠真の隣に来た。


「お前のおかげだ。俺たちがここにいるのは」


「俺は、きっかけを作っただけだ。お前たちが、自分の力で立ち上がった」


「謙遜するな。お前は、俺たちに希望を与えてくれた。それは、何物にも代えがたい」


バルドは、悠真の肩を叩いた。


「明日、俺たちは勝つ。そして、お前の夢を、現実にする」


「ああ……そうだな」


悠真は、仲間たちを見渡した。


「明日、俺たちは勝つ」


夜が、更けていった。

決戦の朝が、近づいていた。


---


同じ夜。

村長ゴルドの屋敷。


「いよいよ明日だな」


ゴルドは、窓から夜空を見上げていた。

月は、ほとんど見えない。明日は、新月だ。


「準備は、全て整っている」


部下が、報告した。


「魔道具は、予定通りに起動する。新月の夜、子の刻に」


「よし……」


ゴルドの口元が、歪んだ笑みを浮かべた。


「明日で、全て終わる。福祉ギルドも、あの生意気な男も、全て」


「村長、一つ確認ですが……」


「何だ」


「本当に、村に被害が出ても構わないのですか。村人たちも、魔物に襲われる可能性が……」


「構わんと言っただろう」


ゴルドは、振り返りもせずに答えた。


「村人など、いくらでも替えがきく。だが、俺の面子は替えがきかん。福祉ギルドに恥をかかされた借りは、必ず返す」


「……了解しました」


部下は、それ以上何も言えなかった。


ゴルドは、再び夜空を見上げた。


「待っていろ、悠真。お前の幸運も、明日で終わりだ……」


彼の目には、狂気の光が宿っていた。


---


そして。

新月の夜が、訪れた。

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