第4話 出口での驚愕と混乱

カキが『第一の洞窟』の正規の出口――自動扉を抜けて外に出た瞬間、彼を迎えたのは、静寂と、その直後の爆発的なざわめきだった。


ダンジョン運営の係員である若い女性、アスカは、手に持っていたクリップボードを床に落とした。本来、『第一の洞窟』の平均攻略時間は40分。どんな熟練者でも最短20分を切るのがやっととされる。にもかかわらず、入場から退場までにかかった時間は、電光掲示板に表示されたままだった。


《カキ:00:00:42》


「よ、よんじゅう……に、びょう?」アスカの声は上ずっていた。


カキの目の前には、正規ルートで出口に到達するのを待っていた、三人のベテラン冒険者グループがいた。彼らは皆、目を丸くして、カキを、そして電光掲示板を交互に見ている。


グループのリーダー格、顎鬚を蓄えた男が、激しい剣幕でカキに詰め寄った。


「おい、アンタ! 何があった!? 0分42秒だと? ふざけるな! ダンジョンには結界が張られていて、外部からの侵入や、ワープなんて絶対に不可能だぞ!」


カキは面倒くさそうに、初期支給品のナイフを腰に戻しながら答えた。


「いや、ワープなんてしてないですよ。正規の移動です」


「正規だと!? じゃあ、どう説明するんだ! お前は最初の通路にあるはずの『グレイ・スライム』を一匹も倒してないだろうが! 俺たちがさっき入ったばかりなんだ、魔物の数は減ってないはずだ!」


カキの脳内には、未来のコメントが流れ込んでいた。混乱する現場の状況と、コメント欄の熱狂的な解説が、奇妙なコントラストを生む。


<RTA配信コメント(脳内表示)>


-RTA_Fanatic-: うわ、これ正規組がキレてるシーンか。何度見ても面白い。


-座標ずらし-: スライム倒してないって勘違いしてるの笑う。一応、フレーム攻撃で倒してるんだよな。判定が早すぎて気づかれてないだけで。


-係員マジ天使-: アスカさん、この頃はまだ混乱してて可愛いな。


カキは未来の情報を元に、落ち着き払って尋ねた。


「係員さん、魔物の討伐証明の『ドロップアイテム』は、自動でアカウントに送られる仕様ですよね?」


ハッと我に返ったアスカが、震える指でクリップボードを操作し、カキの冒険者アカウントを照会した。


「え……と、待って。討伐記録……グレイ・スライム4体、コボルト1体、そして、最奥の『ケイブ・ワーム』の討伐を確認……」


その報告に、周囲の冒険者たちは凍り付いた。『第一の洞窟』の最奥に潜むボス、『ケイブ・ワーム』の討伐記録までが、たった42秒で計上されている。


「ありえない……! そんな馬鹿なことが……!」


カキは、彼らの常識が崩壊していく様を冷めた目で見つめた。これが、彼が起こしたかった『バグ技』による世界の書き換えの第一歩だった。


「これで報告は以上ですか? 報告書に『異常なし、正規攻略』と書いておいてくださいね」


カキはそう言い残し、ざわめく群衆から離れていった。

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