愛おしい人
赤好きん
愛おしい人
まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった。
あの時、君に伝えていれば......
「大切な話があるの。」
そう告げられた時、嫌な予感がした。その予感は的中してしまった。
「結婚........?」
「そう。私達、近い内に結婚式を挙げるの。だから、参列して欲しくって。ほら、Aくんは私達二人共仲良くしてくれたじゃない。だから、Aくんには直接伝えたくて......」
となりでコクコクと頷く彼に、直感的に勝てないと思った。勝負する訳では無いが、君はそっちを選んだのか、と悟った。カラカラの喉から絞り出したのは、少し上ずった、うわべだけの祝福だけだった。
家に帰ると、どっと疲れが吹き出してきた。しばらく呆然としていると、ピコン、と電子音がした。
『大丈夫?』
という言葉の後に可愛らしいうさぎのスタンプが送られてきた。
『大丈夫だよ。ごめん、驚いちゃって。おめでとう。
彼氏《アイツ》の愚痴ならたまに聞いてやるよ(笑)』
笑えない状況にも関わらず、こういう時に限って軽口が叩けるのはほんとにいい性格してると我ながら思う。それからは、あっという間だった。いや、あっという間に感じていただけなのかもしれない。一ヶ月後、彼らの結婚式が行われた。綺麗におめかしした君は、今まで見たことがないくらい美しかった。
「あ、来てくれたの。」
おめかししても、誰に対しても屈託無く笑うきみは変わらなかった。
「いや、親友同士の結婚式に来ないわけ無いだろ。」
そう返すと、君は照れくさそうに笑った。
「あ、来てくれたんだ。体調悪そうだったから心配してたんだぞ。」
この言葉を聞いた時に、罪悪感で押しつぶされそうになった。
「いや、お前ら俺を悪魔かなんかと勘違いしてんの?流石に来るって。(笑)」
ヘラヘラしていると、スタッフが二人に声をかけた。
二人は微笑み合いながら、どこかへ歩いていった。
あの時、軽口を叩かず、しっかりと想いを伝えていれば。
いや、それより俺が君に紹介していなければ.........
考え始めたらもうきりが無い。冷え切った指先で、君たちへの祝福の手紙を読む。ごめん、本当はこんなこと思ってない。高校の友達と、君たちへの祝福の歌を歌う。
「愛を込めーてーはーなたばをー大袈裟だーけーどーうけとーってー」何人か音を外して、会場が笑いに包まれる。
そっと俺の思いを乗せて歌うと、二人はまた微笑み合う。
二次会の途中、「ごめん、俺職場から呼び出されたわ。
A、悪いけど酒のんでないならあいつ、家まで送ってくんね?」
「え、良いのかよ。」
「うん。お前のこと、信用してるし。アイツも酔ったからって変なことするやつじゃないし、頼む。」
信用してる。そう言われた途端、胸が痛む。
「解ったよ。信用されてるって聞いたら断れねーよ。」一瞬でも、期待してしまった自分を振り切るかのようにそう答えた。己の欲深さ、浅ましさを痛感しつつ、責任を持って送ることを決めた。
「大丈夫?歩ける?」
「大丈夫だよ。そこまで飲んでないし。でも、眠いから寝ちゃうかも」
呂律が回っていることから、ちゃんとセーブしてたことが伺える。
「寝てもいいよ。着いたら叩き起こすけど。」
「えー。優しく起こしてよー。」
車に乗り込みながら、軽口を言い合う。この時間が永遠になればいいのに。
「音楽流すけど、良い?」
「いーよー。」
しばらく走っていると、隣から微かな寝息が聞こえてきた。隣を見ると、安心しきって徐々に俯いている君がいた。
『○○道路で渋滞〜.........』渋滞情報さえ、まともに聞こえない。減速していく車内で、そっと
「.........このまま帰したくないよ。」
「.....んう、ふぁぁぁ〜。まだ着いてない?」
「渋滞してて、まだかかりそう。ごめん。」
君はふっと笑って、
「Aは悪くないじゃん。...さっき、なんて言ったの?」
と、返す。その質問に、俺は答えられない。答えてはいけない。
「..........幸せに、幸せになって欲しい、って言ったんだよ。ほら、ずっと一緒だったから。」
慌てて取り繕ったが、心は相変わらず痛いままだ。
「うふふ。ありがとう。」
嬉しそうに笑う君に、本心は言えない。
『まもなく、目的地です。』
機械オペレーターが、無慈悲に伝える。
「あ、もうすぐ着くんだ。」
残り約360m。
たった少しのこの時間さえ、今は愛おしい。
帰したくない。時が止まればいいのに。
『目的地に、到着しました。』
「着いたー。ありがとね。送ってくれて。」
「........うん。」
「また話そーね。今度はあの人も一緒に。」あの人も一緒、この言葉で、もう戻れないのだと改めて理解した。一言、好きだった。が言えれば、一言、君が欲しいと言えれば。君は、君達は、
2時間後《強盗に殺されなくて済んだのに
愛おしい人 赤好きん @symmetry
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