子供のための夫選び

春風秋雄

この看護師、どこかで見たことがあるような

みぞおちのあたりに痛みがあり、しばらくは我慢して仕事をしていたのだが、とうとう我慢できなくなり、病院へ行って検査を受けたら胆石だった。すぐに手術となった。

入院なんて、中学生のときに盲腸で入院して以来だ。

入院は4日程度だと言われた。意外に早く退院できるのだと驚いた。それでも4日間も会社を休むと仕事に支障がでる。部下に言って移動式のポケットWi-Fiと俺のノートパソコンを持ってきてもらい、他の入院患者さんに迷惑にならないよう、個室にしてもらった。Wi-Fiとノートパソコンさえあれば、仕事の指示はできる。さすがに手術当日は無理だったが、翌日からノートパソコンを広げて仕事をしていたら、看護師が検温にきた。

「小木曽さん、検温ですよ」

昨日と違う看護師が元気よく入ってきた。

体温計を受け取り腋に挟む。チラッと看護師の顔を見ると、どこかで見たことのあるような顔だった。俺がそう思っていた矢先に体温計が鳴った。俺は体温計を看護師に渡す。

「熱は大丈夫ですね。小木曽さんは胆石だったんですね。大丈夫ですよ。すぐに退院できますから」

その看護師がそう言って俺の顔を見て笑いかけた。

「あれ?ひょっとして千菜美ちゃん?」

「はい。池田千菜美です。お久しぶりですね」

「そうか、千菜美ちゃんは看護師になってたんだよな。まさか千菜美ちゃんがいる病院に、入院するとは思ってもみなかった」

「私は昨日、小木曽さんが病院に来られたときから気づいていましたよ。昨日は早番だったので、手術が始まるまえに帰ってしまいましたけど」

「そうなんだ。でも、苗字が池田のままって、中野と結婚しなかったのか?」

「そのことは、話せば長くなるので、今度機会があればゆっくりお話します」

「あ、そうか。今は仕事中だものね」

「じゃあ、また来ます」

看護師の池田千菜美ちゃんは、そう言って病室を出て行った。


俺の名前は小木曽友宏。34歳の独身だ。ホームページの作成やWEBを使ったマーケティング戦略のコンサルタントを行っているIT企業を経営している。社員は6名ほどの小さな会社なので、社長の俺自身が営業も制作も行っている。

独立して自分の会社を立ち上げるまでは、大手の情報システムの会社で働いていた。その時の同期入社は男性5人と女性2人だったが、男性5人は非常に仲が良かった。その中に中野隆弘もいた。入社間もない頃は、まだ学生気分が抜けていなく、金曜日になると誰かが合コンを企画して、様々な女性グループと合コンをしていた。真剣に彼女を作ろうとしている奴もいたが、俺も中野も週末を女性陣と楽しく過ごしたいというノリで参加していた。あるとき、看護学校の女学生との合コンが企画された。俺たちは入社2年目の24歳。女性陣は看護学校2年の20歳のときだった。その時に参加していたのが池田千菜美ちゃんだった。その頃には同期の5人のうち、すでに彼女ができたということで合コンには参加しなくなった奴もいたので、3対3の合コンとなった。女性陣は非常に明るく、楽しい人たちで、俺たちはすぐに意気投合した。個々につきあうのではなく、6人でのグループ交際のような形で、よく飲みに行くようになった。半年くらい経ったとき、千菜美ちゃんは中野のことが好きなんだろうなというそぶりを見せ始めた。中野もまんざらではなさそうだった。俺は千菜美ちゃんに惹かれていたので、ちょっと残念だったが、二人を応援したいという気持ちが勝って、何かにつけ二人を隣に座らせたり、ペアーで行動するときは二人が一緒になるように仕向けた。どちらが告白したのか知らないが、そのうち二人は付き合うようになり、グループ内での公認のカップルになった。

千菜美ちゃんが俺に相談があると言ってきたのは、千菜美ちゃんたちが3年生の、もうすぐ卒業という時だった。

「相談って何?中野のこと?」

休みの日の昼間にファミリーレストランでドリンクバーだけを頼んで、お互いにドリンクを持って席に座るなり、俺は聞いた。しかし、千菜美ちゃんはすぐには切り出そうとしなかった。俺はかなり深刻な相談かもしれないと思い、千菜美ちゃんが口を開くまで待つことにした。やっと千菜美ちゃんが口を開いたのは、コーヒーカップのコーヒーが半分くらいになった頃だった。

「私、妊娠したんです」

その言葉は、俺の頭をフリーズさせて、すぐには俺の脳には溶け込んでこなかった。

「妊娠?」

一呼吸開けて、俺が無意識に聞き返すと、千菜美ちゃんは深く頷いた。

俺は言いようのないショックを覚えた。二人のことを応援しようと思い、あれこれアシストしてきてはいたが、やはり千菜美ちゃんのことが好きだという思いが、俺の心の奥底に隠れていたようだ。

一度口を開くと千菜美ちゃんは堰を切ったように話し出した。

「自分で検査薬で調べて、陽性だったから病院へ行ったんです。妊娠4週と言われました。隆弘さんに話したら、堕ろせの一点張りでした。今は子供を育てる余裕なんかないって言うんです」

俺たちはもうすぐ入社して丸3年になる。仕事には慣れてきたところだが、結婚はまだ早いと言えばそうとも言える。しかし、パートナーが妊娠しているのだから、そんなことを言っている場合ではないだろう。

「私は産みたいのです。せっかく授かった命を、簡単になかったことにはしたくないのです」

「産むということは、千菜美ちゃんは看護師の夢は諦めるということ?」

「看護師になることは子供の頃からの夢でした。でも、今でなくてもいいです。子供を保育園に預けることができるようになったら、その時にもう一度看護師になることを考えます」

「看護学校を卒業して、一度現場を経験している人であれば、いくらでも雇ってくれる病院はあると思うけど、学校を卒業しただけで、現場経験もなく、しかも卒業してからブランクがある人を雇ってくれるものなのかな?」

俺がそう言うと、千菜美ちゃんは黙り込んだ。

「それでも、自分の看護師という夢よりも、ひとつの命を大切にするというのならわかるけど」

「絶対、ひとつの命の方が大切です」

俺はもう一度中野と話し合うべきだとアドバイスした。すると、千菜美ちゃんは小木曽さんも同席してくださいと言ってきた。自分一人では、中野に言い負かされてしまいそうだということだった。

後日、俺は二人の話し合いに付き合った。二人の押し問答があった末に、中野は「必ず千菜美と結婚する。ただ、今は仕事が大切な時期で、収入もそれほどない。だから、今回だけは諦めてくれ」と言って、千菜美ちゃんは渋々諦めた。

その後二人は何事もなかったように仲良く付き合っていたようだ。それから2年ほどして俺は会社を退職し、起業したので、その後は二人とは連絡をとっていなかった。


結局入院中は千菜美ちゃんとゆっくり話す機会がなかった。その代わり、千菜美ちゃんと連絡先を交換し、こんどゆっくり会おうということになった。

千菜美ちゃんから連絡が来たのは退院して10日ほど経った頃だった。千菜美ちゃんは翌日が休みだと言うので、ゆっくり食事でもしながら話そうと言うことになった。

会社でよく利用している半個室のある居酒屋へ連れて行った。

軽くビールで乾杯したあと、千菜美ちゃんがおもむろに話し出した。

「隆弘さんとは、もう4年くらい前に別れたの」

「そうだったのか。俺はてっきり結婚しているものだと思っていた」

「実は、あれからまた妊娠したの。今度は妊娠したことを告げずに隆弘さんに結婚の話をしたの」

「どうして妊娠したことを告げなかったんだ?」

「それまでも、マンネリというか、隆弘さんは惰性で私と付き合っているんじゃないかと思えてきてて、本心が聞きたかったの。結婚しようと言ってくれたら、実は、と妊娠のことを言うつもりだった」

「それで中野は何と言ったんだ?」

「結婚はするつもりだけど、まだそんな時期ではないと、以前と同じ返答だった。じゃあ、いつになったら結婚するの?と聞いたら、それはわからない。5年後かもしれないし、10年後になるかもしれないし、家庭を持てる自信がついたら、その時に結婚しようというから、それまで待ってほしいと言われた」

「それが4年前ということは、千菜美ちゃんは25歳のときか?5年後で30歳、10年後になれば35歳になっているじゃないか」

「私もそう言った。そんな年になったら子供も作れないというと、俺は子供を欲しいとは思わないと言うの」

確かに子供が好きでない男は結構いる。でも大概は自分の子供ができれば可愛く思え、好きになるものだ。

「それを聞いて、妊娠したことを告げるのはやめようと思った。この人には黙って産もう。そのためには別れるしかないと思って、私から別れを切り出したの。そしたら、隆弘さんは千菜美が別れたいのなら、それで構わないと、あっけなく終わった」

俺は中野に対して、無性に怒りがわいてきた。

「それで子供を産んだのか?」

「うん。最初の妊娠の時に小木曽さんにアドバイスされたとおりだった。看護学校を卒業して現場を経験せずに子供を産んでいたら、大変だったと思うけど、その時はすでに病院で働いていて、結婚していなくても、ちゃんと産休も育児休業もできて、子供を保育園に預けられるようになったら、何もなかったように職場に復帰できた」

「じゃあ、今はお子さんはどうしているの?」

「今は実家からお母さんが来て、一緒に暮しているから、私がいない間の息子の面倒をみてもらっている」

「お母さんがいなくて、実家の方は大丈夫なのか?」

「兄夫婦が同居しているから、父の食事などはお義姉が面倒みてくれているから大丈夫なの」

「そうか。4年前に妊娠したということは、今息子さんは3歳?」

「うん。勇敢の勇と太いと書いて勇太(ゆうた)というの」

「中野の隆弘からは字をとらなかったのか?」

「考えなかった。もうあの人のことは忘れようと思っていたから」

「勇太君には父親のことは話さないつもりか?」

「あの子がどうしても知りたいというなら話すけど、何も聞かなければ話さないつもり」

そうか。それなら中野は、この世に勇太という自分の息子がいることを知らずに、人生を終える可能性もあるのかもしれないなと思った。


その日を機会に、千菜美ちゃんは度々俺を食事や飲みに誘ってきた。その都度、勇太君は大丈夫かと聞くのだが、お母さんがいるから大丈夫と返答するので、俺はスケジュールが許す限り付き合った。

「小木曽さんは、どうして結婚なさらないのですか?」

「そういう相手がいないからだよ。会社を作ってからは、会社を軌道に乗せるために、シャカリキになって働いていたからね。そういう相手を作る暇も心の余裕もなかった」

「じゃあ、これからはそういう相手を探す余裕ができたんじゃないですか?」

「どうだろうね」

「小木曽さんに彼女ができるまで、たまにはこうして私に付き合ってくださいよ。看護師という仕事、意外にストレスが溜まるんです。たまには息抜きしないと、精神的にやられてしまいますから」

「今まではそういう相手はいなかったのか?」

「勇太の子育てでそれどころではなかったです。やっと少しは余裕がでてきたところです」

「じゃあ、良いタイミングで俺に会ったわけだ」

「そういうことですね。私なんかと遊んでも小木曽さんはつまらないでしょうけど、我慢してつきあってください」

「つまらないことないよ。いまだから言うけど、千菜美ちゃんが中野のことを好きになっていなかったら、俺が告白しようと思っていた」

俺の言葉に千菜美ちゃんは驚いたようだ。

「ひょっとして、私のことが好きだったのですか?」

「うん。千菜美ちゃんのことが好きだった」

「それなのに、私はあんなことを小木曽さんに相談していたのですか。本当にごめんなさい」

「そんなことはいいよ。好きな人が幸せになる手伝いが出来ればと思っただけだから」

千菜美ちゃんは不思議な生き物を見るように俺を見た。


千菜美ちゃんとは、月に2回くらいのペースで会っていた。早い時間に会えるときは、勇太君を連れてくればいいというと、何回か勇太君を連れてきた。とても可愛い子だった。中野によく似ているなと思った。

最初の頃は、千菜美ちゃんがトイレに立つと、残された勇太君は不安そうにしていたが、慣れてくると、千菜美ちゃんがいなくても俺と話をするようになった。しだいに勇太君が俺に懐いてきたので、勇太君のことが可愛くなってきた。


勇太君が5歳になり、保育園の年長さんになった。梅雨が明け、夏が近づいて来た頃、千菜美ちゃんが食事しようと誘ってきた。勇太君も来るのかと聞くと、勇太君は来ないというので、シティーホテルの和食レストランを予約した。

「勇太君はお祖母さんとお留守番ですか?」

「勇太はお泊り保育で、今日はいないの。だから、お母さんも実家に帰っている」

「じゃあ、今日はゆっくり飲めるんだ」

「朝まで付き合えるよ」

「だったら、ここを出てから行きつけのバーへ行こうか」

千菜美ちゃんは嬉しそうに頷いた。

会計をすまし、エレベーターに乗る。

「これからバーへ行くのですよね?」

「バーは嫌ですか?」

「それより、小木曽さんの部屋へ行きたい」

俺が「え?」と思って千菜美ちゃんを見ると、千菜美ちゃんがいきなりキスをしてきた。俺は驚いたが、思わず千菜美ちゃんを抱きしめた。エレベーターが1階について止まったので、俺たちは離れた。

二人は無言のまま、ホテルの前で待っているタクシーに乗った。


俺と千菜美の付き合いは順調だと思っていた。勇太君も可愛いし、勇太君さえ認めてくれるなら、俺は千菜美と結婚したいと思っていた。千菜美にも、そのことは伝えていた。しかし、千菜美はあまり前向きではなかった。一番懸念していることは勇太君が中野の子供だということだった。俺が全然知らない男の子供であれば、素直にその申し出を受けたかもしれないが、日に日に中野に似てくる勇太君を見て、俺が嫌な気持ちになる日が来るのではないかと心配しているのだ。ましてや、二人が結婚して二人の子供ができたなら、勇太君がないがしろにされるのではないかと危惧しているようだった。俺は、絶対にそんなことはないと言うのだが、今はそうでも先のことはわからない、もしそんなことになれば勇太が可哀そうだからと言って、今のままの関係でいいと言う。再来年の春になれば、勇太君は小学生になる。俺は勇太君のためにも片親ではなく、両親がいる形で小学校へ通って欲しいと思っていると千菜美に俺の気持ちを伝えるが、いつも平行線をたどるだけだった。

俺があまりにも焦りすぎたのか、しばらく千菜美は会ってくれなかった。仕事が忙しいからというのが理由だったが、会うたびに俺がグイグイ言うものだから、距離を置いたのかもしれないと反省したが、俺には焦る理由があった。俺の思い違いかもしれないが、千菜美はいまだに中野のことが好きなのではないかと疑っていた。千菜美は中野のことが嫌いになって別れたわけではない。勇太君を産むためにやむなく別れたのだ。そして先月、前の会社の同僚から珍しく連絡があった。中野が池田千菜美さんの消息を探しているそうだが、小木曽は知らないかと聞いてきたのだ。俺は咄嗟に知らないと答えたが、中野が本気で探しているのであれば、千菜美の消息をつかむのは時間の問題だろう。だから、その前に千菜美に結婚の承諾をもらい、出来たら籍も入れてしまいたかったのだ。


千菜美から久しぶりに会いたいと連絡がきた。このまま自然消滅するかもしれないと覚悟していた俺はホッとした。最近は会うのは俺の部屋が多い。その日も外ではなく俺の部屋に来るというので、待っていた。

部屋にあがり、座るなり千菜美は切り出した。

「この前、隆弘さんから連絡をもらった」

俺は頭から冷水を浴びせられた気持ちだった。

「それで、中野は何と言っていたのですか?」

「私に連絡を取ろうとしたけど、携帯の番号を変えていたので、そこら中に聞きまわったそうです。そして、私の看護学校時代の友達に連絡がとれて、私の連絡先を聞きだしたようですが、その時に子供がいることを聞いたようです。その友達にはこの何年か連絡を取っていませんでしたから、まさか小木曽さんとこういう関係になっているなんて想像もしてなかったのでしょう。その子は自分の子なのだろと聞くので、誰の子でもない、私の子供だと答えたのですが、産まれた時期を知っているようで、自分の子供だと確信しているようでした。隆弘さんは、仕事も順調に進んで、それなりの年収にもなったし、やっと結婚を考えるようになって、結婚するなら千菜美しか考えられないと思って連絡したと言っていました。子供がいるならなおさら、もう一度やり直したいと言ってきました」

俺が恐れていたことが現実になろうとしている。

「それで、あなたは、どうするつもりなのですか?」

俺は震える声で千菜美にきいた。

「あまりにも急なことで、頭が真っ白になって、それで小木曽さんに相談しようと思ってきたのです」

「俺に相談することではないですよ。その場で中野の申し出を断らず、ここに来たということは、すでにあなたの中で答えは出ているのではないですか?あなたは俺との結婚について、勇太君のことを心配していました。中野は実の父親ですから、その心配はなくなります。勇太君の幸せのためには、実の親と暮らすのが一番良いことだということは、誰が考えても明白です」

俺がそう言うと、千菜美は俺の目をジッと見つめたまま何も言わない。しばらくそうしたあと、ふっと目線を外し、息を吐くように言った。

「わかりました。自分でよく考えてみます」

千菜美はそう言うと、帰り支度をして部屋を出て行った。


千菜美とはこれで終わったかもしれないと俺は思った。この年になって失恋するとは、自分でも情けないけど泣けてきた。でも、千菜美にとっても勇太君にとってもそれが一番良いのではないかと、自分を納得させようとした。

半月ほどして、インターフォンが鳴った。モニターを見ると千菜美だった。連絡もせずに来るのは珍しい。俺はすぐに解錠のボタンを押した。しばらくするとドアチャイムが鳴り、ドアを開けると、いきなり千菜美が抱きついてきた。

「おい、どうしたんだ?」

俺がそう聞いても千菜美は何も言わず、持っていたバッグを床に落とし、来ていたコートを脱ぎながら俺を寝室へ連れて行く。

「おいおい、一体どうしたんだ」

「どうして私に決めさせるのよ!」

「え?何がだ?」

「あなたは、いつも自分の気持ちを言わずに相手の幸せばかり考えて、お人よしにしても度が過ぎるわよ」

千菜美はそう言いながらも、どんどん俺を押してベッドに押し倒した。

「何があったんだ?」

「いいから、今すぐ私を抱いて!」

千菜美はそう言いながら、俺の服を脱がせにかかった。


今までにない、千菜美の猛烈な攻撃に、俺は精も根も尽き、汗だくになってベッドに大の字になっていた。

「何があったのか説明してくれよ」

俺が息も絶え絶えにそう聞くと、千菜美がおもむろに話し出した。

「私は、勇太が生まれてからずっと、勇太を最優先で生きてきた。先々のことを考えても、勇太に父親がいた方が良いというのは思っていた。でもそれで勇太が辛い気持ちになる可能性のある選択だけは避けようと考えていた。隆弘さんからよりを戻して結婚したいと言われたとき、勇太のためにはそれが一番良いのではないかと思った。それは私が誰と結婚したいかではなく、誰が勇太の父親に相応しいかという選択だった。勇太を交えて3人で、2回食事をしたの。父親だと名乗るのは、勇太が懐いてからにしようと言っていたので、勇太は父親だと知らないまま接していたのだけど、あんな子だから、初めて会う隆弘さんに普通に接してくれた。隆弘さんはそれで気をよくしたみたいだった。3回目に会ったときは隆弘さんと二人きりで会ったの」

千菜美はそこで一呼吸置いた。

「ここからは、怒らずに聞いてくれる?」

「いいよ。何を聞かされても怒らないから」

「食事のあとに、ホテルに誘われたの。この人とよりを戻す以上は、それも大切なことだなと思って、部屋に一緒に入ったの」

俺の心臓は嫉妬でドキドキと脈打ってきた。

「でも、無理だった。服も脱げなかった。私は、もうこの人と、そんなことは出来ないって悟ったの」

「どうして?」

「私は、小木曽友宏という男じゃなきゃ、こんなことは出来ないし、したくないって、その時はっきりわかったの。それで逃げるようにホテルを出て、その足でここに来たの」

「それ、今日の話だったのか」

「そう。勇太の父親になるということは、私の旦那さんになるということだから、当然その人と私は夫婦として生活しなければいけない。でも、私は小木曽友宏以外の男には抱かれたくないから、必然的に勇太の父親候補は、小木曽友宏しかいなくなったということ」

「よかった。本当によかった。俺は千菜美を失ったのではないかと、ずっと落ち込んでいたんだ。俺、子供は作らなくてもいい。勇太君がいれば、それでいい。それなら千菜美も安心だろ?」

「もう遅いかもしれない」

「遅いって、何が?」

「さっきので、出来たかもしれない。今日はそういう日だから」

「そうなのか?」

「でも、そうなら、勇太は喜ぶかもしれない。弟か妹が欲しいって言っていたから」

「じゃあ、勇太君のためには子供を作った方が良いのか?」

「そういうこと。だから、念には念をいれましょう」

千菜美は再び挑んできた。

俺はもう動けないと言いたかったが、体とは裏腹に、心は千菜美を求めていた。





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