学舎で学んだこと
サファイア
第1話
「説明は以上です。来週の木曜日までにクラス内で5人班を決めてください。男女が2:3か3:2になるように注意して。くれぐれもケンカ等はなき様に。」
社会科見学を1ヶ月後に控え、最初にして最大の難関が訪れた。それはそう、班決めである。
別に友達がいないわけではない。いないわけではないのだ。だが、ペアにせよ班にせよクラス内で決まってあぶれるのはこの俺である。不可解。
次の時間は昼食なので、色々考えつつも重い腰を上げる。
「ねぇねぇ山下ーぁ、」
語尾にハートマークでもついてそうな甘ったるい声が、俺の背中へ突き刺さった。
「今日りさ牛乳当番なんだけどぉ、ちょっと用事あるから山下やっといてーぇ」
こちらの意思も確認せずに仕事を押し付けたのは、ぶりっ子日本代表岩舘である。当然だが俺はこいつが嫌いだ。
中学生活始まって早々にこう言った連中に目をつけられ、ここ4ヶ月ほどパシられ続けてきた。もちろん岩舘に、用事などは全くないだろう。
用事って男漁りかよ、と吐き捨てそうになるのを堪え、渋々給食室まで向かう。
悪態を垂れながら牛乳瓶の入ったカゴに手を伸した、その時だった。
う゛っ⁉︎
いつにも増して重い牛乳カゴに度肝を抜かれ、一度机に戻そうともがく。
ツルリ ガタガタッ
「あ゛ー、やってしもたぁ。」
自らの身を犠牲にして大惨事は防いだものの、牛乳瓶1本が犠牲に、そのほかの牛乳も白い雨を浴び、廊下いっぱいに転がっている。
ついでに俺の腰もやられた。
「今日牛乳抜きかよぉ…」
ただし、世の中そう悪いことばかりでもない様で。
「山下君、どうしたの?これ。」
澤野結衣。クラス内でめっちゃモテてる性格のいいお嬢様。めちゃくちゃいい家の出だが奢ることもなく、男女・学年問わず高い人気を誇る。
「先刻事故った。岩舘に押し付けられて。」
「じゃあ手伝ってあげるから雑巾もらってきて。」
白く染まった腰を上げ1年教員室(1教)へと向った。
コンコンコン
「失礼しまーす。1年4組の山下です。給食室前で牛乳事故発生したので雑巾もらいにきました。」
「ちょっと待ってね。被害は?」
「牛乳1本のみっス。」
「次回から気をつけてね。はいこれ。」
「ありがとうございます。」
秦野先生から雑巾と箒、塵取りを受け取ると、澤野の待つ給食室へと急ぐ。
「もらってきたぞ。」
「遅いじゃない。」
一応急いだつもりではある。
澤野がテキパキと片付けを進める横で、手持ち無沙汰になった俺は世間話を振ってみた。
「澤野って進路決めてるの?」
「今のところはなんとも言い難いけど、推薦か何かでいいとこ行ければとは思ってる。」
やっぱ澤野はちゃんとしてんなぁ。岩舘とかいう奴とは違って。
大方片付け終えて、ランチルームまで運び込み、全員に配る。俺の分はない。
本当は岩舘の牛乳がなくなるべきだが、そんなことを言い出すと彼女の本性を知らない『りさ様親衛隊』とかいうちょっとヤバい奴らにボコされるので言わない。
牛乳を配りにまわっていると、会話が耳に入ってくる。
“班決めたー?”
“やっぱ班いつものメンバーでいいよな”
“一緒に班入ろうぜ!”
なんとなくグループが出来始めている様にも思えなくもない。うん、気のせいだな。
俺も誰か誘うかぁと思ったところでふと気づく。
「…澤野誘えばよかったじゃん」
そのつぶやきは誰かに聞かれるでもなく、喧騒の中に紛れていった。
昼休みに入ったランチルームの隅で、初夏の陽気に似合わぬため息が響いた。
言うまでもなく出どころは
「俺と組んでくれる人居ないかなー(チラッ)どっかに優しい人居ないかなー(チラッチラッ)」
「なんで俺の方をチラチラ見てくるんだよ。」
「だっでえ゛え゛え゛え゛〜〜〜」
俺が声をかけたのは、男子では唯一の友達と言っていい
「なにがあったか言ってみろ。俺ができることならするから。」
キタッ。これがあるから話しかけたと言っても過言ではない。
「言ったな?約束するな?」
「だからそう言ってる。」
「じゃあ社会科見学の班一緒に組んでくれ。」
「ん゛ぐっ」
唐突に、佐渡の目が泳いだ。そして咽せた。
別に俺のせいではない。多分。
「おいおい、飯を急いで食い過ぎたんじゃねーのか?」
背中を叩いてやる。
またもや唐突に佐渡が悶絶した。
「痛い!痛いって!」
これも別に俺のせいではない。多分。
「まさかもう決めてしまったなんて言わないよな?親友?」
「ベベべッベベッ別っ、別にまだ決めてな、いですけど?」
「ぶっちゃけると?」
「全然決めてないですね。はい。」
うむ、これでこそ我が親友である。背中を叩こうとしたが、そそくさと距離を取られた。
「で?誰か誘う人決めてんだろ?」
再び目が泳ぐ。
ははーん、この感じは恋愛絡みだな、と自分のセンサーが反応した。
「だれかなーぁ?ぶりっ子日本代表岩舘か?クラス一の秀才橘か?クラスの太陽澤野かぁ?」
「別にそういうんじゃねぇ」
「ほんとかー?」
「どうせ分不相応だから言わない」
「それ8割白状してるって…。お前なら言うほど分不相応でもないと思うけどな」
佐渡は合気道で全国上位に行っている、何気にすごいやつだ。我がクラスでは1番澤野にふさわしいとまで思える。
「つーかお前が言うな。俺らの立場がなくなる。」
「褒めても何も出ねーぞ」
満更ではないんだな。
「誘うアテはあるのか」
「あると思うか」
聞き返されたので率直に返す。
「いいや全く。」
「んだとごらぁ!やんのか⁉︎」
「誰がお前とやるかぁ!」
結局その日の昼休みは、佐渡と取っ組み合って終わった。
誰も誘えぬまま、翌日。
「はい、昨日も言いましたが、今日は早速席替えをします。」
歓声が上がる中で、困惑するものが1人。そう、
「お前さては昨日話聞いてなかったな。」
声をかけてきたのは佐渡。
「昨日班決めの話の後言ってたぞ」
完全に想定外である。
「一人ずつ番号順にくじ引いてけー」
自分が引いたくじは4番。黒板に張り出された座席表と照らし合わせる。えーと、廊下から2行目の最前列…
この席が、自分の中学校生活を変える大きいきっかけになるのだが、この時の俺はまだ知る由もなかった。
学舎で学んだこと サファイア @sapphire_sena
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