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 出来上がった蕎麦を持ってリビングへ行くと、風呂から上がった命がいた。


「命ちゃん、私お風呂入って寝ちゃうから、お片付けお願いね」

「わかった、お蕎麦ありがとう」


 万実が部屋を後にした。秋人と命はこたつに入り、蕎麦をすすり始めた。今すぐにでも命を問い詰めたかったが、誰にも話を聞かれたくなかったので万実が寝るまで待つことにした。


 蕎麦を食べ終わり、二人でだらだらとしていると、風呂から上がって寝る支度を整えた万実が顔を出した。


「じゃあ、私はもう寝ちゃうね。おやすみなさい」

「おやすみ、また明日」

「おやすみなさい」


 万実の姿が見えなくなると、命が言った。


「ずっと何か言いたそうですね、秋人さん」

「なんで俺の話をお祖母さんにしたんだ?」


 秋人の声にはうっすらと怒りが滲んでいた。


「病気のことは伝えておかないと、何かあったときに困るかなと思いまして」

「はぐらかす気か? そっちじゃない、わかってんだろ」

「そんなに凄まないでください、ちゃんと表向きの説明をしましたよ」


 たしかに秋人さんの希望で作品を作ろうとしていると万実は言った。だが、問題はそこではない。


「なんで言うんだよ。伝える必要があったか?」

「祖母には秋人さんに会うのは最初で最後になることを知っておいてもらう必要があると思ったんです。また来年も会えると思わせたまま帰る気だったんですか? すでに安楽死の日も決まっているのに?」


 秋人は言葉に詰まった。他人の気持ちを考えていなかったことに気づかされ、恥ずかしさで顔がかっと熱くなるのを感じた。


「それは、そうだけど。なんで俺に共有しなかった?」

「……何となく言いづらくて避けてました。すみません」


 こたつの中で命の足をげしげし蹴った。


「いつもどうでもいいことまで話して聞かせる癖に急に何だよ」


 命は一緒に食事中や寝る前の時間に、今日あったことをぺらぺらと何でも秋人に話した。それ以外の時でも命に何を尋ねても大抵は平然と答えるし、過去の恋人との間にあったことを事細かに聞かせてくれたこともあった。これは後になって聞かなければよかったと思ったこと第一位だ。


「馬鹿なことをしました。二人とも傷ついてほしくなくて、どうしていいかわからなくなったんです」


 命を蹴っていた足が止まる。この人は、あまり人と喧嘩をしたことがないのかもしれないと思う。


「反省してんなら別にいい。変な気を回すな、馬鹿」

「でも気を遣わないとすぐ拗ねるじゃないですか、秋人さん」


 もう一回蹴っておこうと思ったとき、古めかしい壁掛け時計が深夜零時を知らせた。年が明けたのだ。


「あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」

「……あけましておめでとうございます、こちらこそよろしく」


 命が食器を持って立ち上がった。


「年も越しましたし、そろそろ片付けて寝ましょうか」


 蕎麦を食べたどんぶりを洗い、二人で寝室へ向かった。床に布団が二つ敷かれていた。明るい時間帯に見た時は何も感じなかったが、夜に見ると急に気恥ずかしくなる。同じベッドで眠ることもあるのに、恥ずかしさを感じる自分が恥ずかしい。


「秋人さん? 電気消しますよ?」


 命は戸口のところで突っ立っている秋人に首を傾げていた。秋人は何でもないふりをして戸口から遠い方の布団にもぐりこんだ。命も明かりを消して、隣の布団に入った。


 知らない布団の香り、肌触り。不快ではないが、落ち着かない。


 寝返りを打つと、隣の布団にいる命が背中に声を掛けてきた。


「今日、一緒に来てくださってありがとうございました。無理言ってすみませんでした」

「……別に、意外と楽しかった」


 本心だった。子どものころにクラスメイトが話していた祖父母の家に泊まるという体験が、初めてできた。遠い場所に自分を迎え入れてくれる家があることが、こんなにも温かい気持ちにしてくれるのを知ることができた。


「良いお祖母さんだな。びっくりするぐらい元気だし、優しいし、ご飯も美味かった」

「そうですね。でもたぶん、自分が元気で楽しく生きてることを話すのは、僕を安心させたいんだと思います。ほら、心配なんてしなくていいんだからね、って」


 似たような話を万実から聞いたなと頭の片隅で思うが、口には出さない。


 命があくびをしたのが聞こえた。


「眠いなら寝ろよ。俺もさっき薬飲んだからそのうち眠れる、気にするな」

「お気遣いありがとうございます」


 すぐに命は寝息を立て始めた。秋人は寝息の音に耳をそばだてて、瞼を閉じた。自分の部屋にいるような感覚になって、体の緊張がほぐれた。睡眠薬が効き始めて、そのまま眠った。


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