第22話 ご褒美は都市伝説のあとで
金曜日の昼休みなんて、あってなかったようなものだ。
土曜日は、アイドル業で疲労困憊している(なのに辞めない)妹のショッピングに、荷物係として付き合わされ。日曜日は恒例の家族じゃんけんに一人負けし、隣町の激安スーパーまで、ちゃんこ鍋の具材を買いに行く羽目になった。
ぎーこぎーこと、チェーンの錆びた自転車を走らせて。
ゼウスもオーディンも天之御中主神も、どうやら僕に休息を取らせたくないらしい。
月曜日が待ち遠しいと思ったのは、夕方から相撲をやっている祝日を除けば、小学生以来だった。ヨアちゃまの『ご褒美』とやらを楽しみにしていたわけではない。女子のそういう意味深な発言に逐一心を乱していては、神も仏も、ほとほと僕に愛想を尽かすに違いない。であれば、泰然自若に振舞おう。
そう決めて指定された教室に赴いてみれば、頭上から落ちてきたブービートラップに意識を持ってかれ――黒板消し――バカめ、そんな見え見えの罠に引っかかるものか、と足元をお留守にした矢先、今度は床に置かれたルービックキューブにつまずき、すってんころりんと前のめりに転倒した。
いてて、とうつ伏せのまま顔を上げる。
まず目に入ったのは――頬杖をついて椅子に座る少女のシルエット。
その次に、大きく左右に開いた太もも。
最後に、ふむ……純白、純白。
なるほど……これがご褒美か。あるいは、神と仏の帳尻合わせか。
「あっちゃ~……マーくん、ダイジョブ?」
「いや、頭の中が真っ白だ」
「てうぉい、ギャルの聖域ガン見しながらゆうなー……」
僕の視線に気づいたヨアちゃまが、ジト目でスカートを押さえる。
「不可抗力だ。自分で罠を仕掛けておいてよく言うよ、ほんと」
「あたしじゃねーし。さっきガタマさんが――《あら失礼。先日のお礼も言いに来ない幼なじみにちょっとお灸を据えに来たの》って言って、ブビトラ仕掛けて帰ってったの」
「おそろしく自然なモノマネ。僕じゃなきゃ聞き逃しちゃうね」
「マーくん、なにしでかしたん?」
「ボタンの掛け違えってやつかな……ははっ」
帰りに菓子折りでも買って、謝りに行こう。ご立腹の朝顔が立て替えてくれることを祈りつつ、よっこらせと立ち上がる。
「怪すぃ。ガタマさんと付き合ってるとか?」
「それはない」
「でも、なんか『恋人』のトーンっぽかったんよね」
「ただの幼なじみだよ……」
「ほぉん」
「それで、ご褒美ってのは?」
懐疑的な視線を躱すように、僕は机ひとつ挟んでヨアちゃまの向かいに座り、報酬の中身について尋ねた。どこまでも名探偵気分なギャルは「あ、ちっと待ってね」とだけ返事して、ごそごそ。ふむ。そうきたか。UFOを抱えた猫のぬいぐるみや虹色の星でデコられた鞄から、何かが出てくることは容易に想像できた。
「じゃじゃじゃじゃーん☆」
「なんだよ。ベートーヴェンの運命じゃないか」
「ちっげぇし、ギャルの手作り弁当だしぃ」
「ふぅむ。にしては、目がちかちかするけど」
蓋だけヒョウ柄。まっピンクな容器。お弁当箱には、見えない。
「マーくんマーくん。あたしさ、こう見えてけっこーモテんだけど?」
「どこからどう見てもモテそうな気がするけど、それがどうかしたのか?」
「いやさー、なんつーの……こっちは、昨日今日だけでも二十人くらいからお昼誘われてて、それ全部断ってマーくんのためだけにお弁当作ってきたわけじゃん?」
「ああ。僕の頑張りを評価してくれたんだろ?」
「したした、もう超した。でもでも、もちっと優越感に浸ってほしいっつうか。バイブス上げてくんねーと、あたしの立場がないっつうか」
あぁなんか腹立ってきた、とヨアちゃまはぼやき、
「やっぱ、第一声がチカチカは、ないわ……目潰し差したろかぁ」
「ははっ。僕の目薬を疑ってやるなよ。母さんが選んでくれた一番安いやつなんだぞ。おい、やめろ。平和を象徴するピースサインで、目玉を突こうとするな」
ヨアちゃまのチョキをパーでいなしながら、僕は少し真面目に切り出す。
「いただく前に話しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」
「んみ? なになに、どした?」
「明日からは、もう大丈夫」
僕はヨアちゃまを安心させるつもりで、穏やかな声を選んだ。
「井龍と、お昼ご飯を食べることになったんだ。あと、中村」
「そっか。そかそか」
「うん」
「にひひ。マーくんも、ついに昼ぼっち卒業ですな。感慨深いよ、あたしゃ」
「今日までお世話になりました」
「んーっと、今日が四月二十七日でしょ。えー、電卓、電卓」
心の底から感謝を伝えた、その直後だった。
世話焼きなギャルの態度が露骨に変わったのは……。池袋だとか歌舞伎町のバーで気分よく飲んでいたサラリーマンが、お会計を前にして青ざめる――そんな面妖な空気を漂わせながら、スマホの電卓を叩き始めるヨアちゃま。これはあれか。ポリスメンのぼったくり対策強化で、昨今は都市伝説になりつつある請求ムーブか。
「始業式から面倒見てあげて、お弁当も作ってあげたでしょ。あっ、さっき勝負パンツも見られちったから、ざっと見積もって。へーむへむへむ、あと一年はあたしに感謝してもらわんと、わりにあわんねぇ、これは」
「ぼったくりだ、ぼっくり! ギャルの勝負下着が純白であってたまるか!」
「ちちち。ドラボの最初の願い思い出してみ」
「な……! あれが原点にして頂点だというのか」
「つうかマーくん、ギャルとお昼過ごすレート知らんの?」
「知ってるよ……プライスレスなんだろ?」
「そそそ。だからマーくんはあと一年、あたしの助手をしなきゃいけんわけ」
「……、いやだといったら?」
なんというか、デジャブだ。
嫌なわけがないのに、つい予防線を張ってしまう。
僕は必要ないのではないか、ヨアちゃまはひとりでも都市伝説(フォーク・ロア)活動を続けるのではないか。多分だけど、その境界線のどちらに自分が立っているのかを確かめたかったんだと思う。
「言ったっしょ、マーくんがいねーとつまんないって。あたしの『ロア活』愛が弱まったって意味じゃなくてね、むしろ、楽しさが倍増したんよ。だし、その線を一歩でも後退すっと熱が冷めちゃう。等身大の愛を疑ったんはガチで初めて。だって、あたしには霊感がないから。すんごいウィジャ盤持ってても、ドキドキワクワクしない」
(それ、すごくわかる)
これ以上の問答は必要なかった。
「なら、その、今回は独断で動いたけど……次からは二人で」
「そりゃそうっしょ。てか、あたしだけ告ったみたいで、なんか恥ず……」
ヨアちゃまは照れたように、白髪の毛先を指でくりくりといじる。
きちんと整えられたボブカットがどこかわた雲のように柔らかく見え、その切れ間からうっすらと虹色のインナーカラーが覗いている。少し、戸惑った。春休みから今日に至るまで、こんな仕草は一度たりともなかったから。
「マーくんはないわけ? そういうの」
「ないと言ったら嘘になってしまうかな」
たくさんある。けれど、すべては語らない。それは野暮な気がしたから。
「僕もヨアちゃまと同じだ。霊感を持って生まれても、慣れればそれは日常で。ドキドキもワクワクもしない。むしろ不気味がられたり、嘲笑の対象になったり、とか……そういう時期もあった。でも、だからといって、人と違う自分を愛さなかったわけでもない。楽しかったかどうかは別として」
「いまは?」
愚問すぎて、つい笑みがこぼれた。
「楽しいよ。すごく。猫に小判が、
「うしし。マーくんが招き猫とかウケる」
「茶化すなよ」
「てか、さらっと、
「諧謔だろ?」
僕は得意げに口の端を釣り上げた。
「まに。でもお洒落イズムはあたしのがレベちかなぁ。なんつったって、ギャルだし」
「ほう」
「あたしにウィジャ盤とかけまして、マーくんに霊感とときます」
「その心は?」
「どっちも、意味はないけど愛はある、的な? 愛の意味に飢えてるともいえっかな。あたしが勝手にそう思ってるだけだけど。いひひ」
………………あぁ、その通りだよ。ついこないだまでは、この目が誰かの役に立つとは思えなかった。必要な時に、必要なものだけを見る為の道具と思っていた。
僕が映すものは、だいたい意味ありげで無意味だ。でも、僕の目を通して、ヨアちゃまが笑ってくれたら、なぜか『価値』のあるようなものに思えてくる。
「うへぇ。固まってるってことは不発かー……わかりづらかった?」
「そうでもない。相思相愛を否定したら、
平静を装って、僕は言う。
「バカウケ。やっぱマーくんしか勝たんわ。てか、まだ四月じゃん?」
「もうじき五月だよ」
「ゆうて知り合ってまだ一ヶ月しか経ってなくね? たぶんあと半年もしたら、マーくんはあたしにメロメロになってっかな。三月に会ったときより、ちょびーっとだけ男らしくなってし、その調子でガンバガンバ♡」
「はてさて、まずは僕の胃袋を掴めるのか。話はそれからだ」
しょうもないマウントを取り合いながら、ヒョウ柄の蓋をぱかりと開ける。
中身は平々凡々なお弁当だった。タコさんウィンナーにゆで卵の輪切り、鶏の唐揚げ、そして僕の嫌いなブロッコリー……。
「おすすめはねー、この、ゆで卵」
「へぇ。いただきます」
……甘い(ヨアちゃま、これ砂糖)。
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