さようならアングレカム
死亡者リスト
第一章「アングレカムは芽吹く」
第一話
アングレカムは目が覚めた。
白い天井を、まだ朧げな意識で見つめる。
次第に、天井の黒いシミがハッキリと視界に映っていく。
シミが人の顔を形取ってきたところで、「おはよう」と心中で挨拶をした。そうしてから、上体を起こす。
瞼をゴシゴシと擦りつつ、アングレカムは、自分の首元に巻いたマフラーの感触に、頬を緩ませた。
毛糸で編まれたのであろうマフラーの触り心地はとても良い。しかもそれが、親友からの贈り物であるのならば、更にだ。
しばらくマフラーに顔をうずくめていたらば、ハシゴに手を掛け、ゆっくり下へと降りていく。
ベッドにハシゴが付いているのは、アングレカムの寝ているベッドが二段ベッドであるからだった。
なお、それはこの部屋で寝ている他の子供達もそうである。
アングレカムの今いるこの部屋は、子供達が寝るためだけの空間だ。そのため、二段ベッドが壁沿いにビッシリと詰まっている。
各々にカーテンによる仕切りはあるものの、プライベートはあまり感じられないだろう。
アングレカムには、勉強を教えてくれる男の先生が二人いる。昔、この場所について、片方の先生に聞いた事があった。先生は、悲しげにこう説明した事は未だ記憶に新しい。
『ここは地下シェルター。地上に住めなくなった人間達の、最後の家。』
梯子を降りていたアングレカムのつま先が、冷たい床につく。ふと、アングレカムの目線が、下段であるベッドの方へ向いた。
そして、慣れた様子でベッドに呼びかける。が、同時に言葉に詰まった。
「おはよう、リリー。朝だ、よ……?」
リリーとは、アングレカムにマフラーを渡した子供であり、親友であり、二段ベッドの下段の住民である。
柔らかい色をした長い緑髪の少女で、アングレカムとは違い、とても人懐こく活発な子供だ。そんな彼女は、朝に起きるのが、どうも苦手なのである。
そのため、毎日、シェルター内で最も起床の早いアングレカムが起こしに行くのが、2人にとってのルーティンであった。
しかし、今回、ベッドから返って来る声はない。
いつもならば、アングレカムの声量の二倍は元気な声が返ってくるはずだが、少し乱れた掛け布団が代わりに返事をしたのみだ。
「リリーはいないよ」と。
アングレカムは驚いたように目を瞬かせる。自分より先にリリーが起きているなんて、今までは絶対にありえなかったからだ。
一人取り残されたような感覚に襲われるが、すぐに「先に食堂に行ってしまったのか」と考えつく。不安感に襲われつつ、部屋から出ていく事にした。
その際、他の子供達がベッドから起き上がってきたものの、アングレカムが声をかける事はない。
他の子供達は信用に足り得ない存在だったからだ。「リリーの事なら一番知っている」という子供ながらの驕りもあったのかもしれない。
アングレカムは廊下に出て、食堂に着く。リリーを探すため、周囲を見渡す。
しかし、リリーは見つからず、分かった事といえば、何やら大人達の様子がいつもより慌ただしかった事しかない。
大人達は皆、顔から汗を垂らしており、ドタバタと音を立てながら駆け回る者もいる。
全員に共通するのは、焦燥していたという事のみだった。
食堂の隅では、何か言い争っている者達も、アングレカムの目線には留まった。
言い争っていたのは、大人の男二人。アングレカムにとっては、勉強を教えてくれている、あの先生二人であった。
片方の先生は、両手で猟銃を抱えている。
猟銃を見慣れなかったアングレカムは不思議には思ったものの、リリーの行方について聞こうと考えたのだろう。
先生二人に近付いて行く。
近付いて行けば行くたび、食堂のざわめきの一部でしかなかった二人の言い争う声が輪郭を帯びていき、聞き取れるようになって行った。
「……もう俺ぐらいしかいないだろ! 絶対に連れ戻さないとッ! ……」
「……貴方がいなくなったらば他の子供達はどうするんですか!? きっとケイビタイかリョウヘイのカタガタが……」
「……うっせぇ! 事態はイッコクを争うんだぞ! もたもたしていられるかよ! ……」
猟銃の先生の、聞き慣れない粗暴な口調に、アングレカムは少し萎縮し、声をかけるのをためらってしまう。
猟銃の先生は、普段はかなり柔らかい言葉遣いをする人であったが、何故か今はかなり殺気立っている。もう片方の、今度は眼鏡の先生へ、唾を飛ばしながら声を荒らげていた。
先生二人はアングレカムの目線には気付かず、言い争いを更に激しくさせていく。
「大体なぁッ、お前のカントクフユキトドキだろ! あの子には元々そういうケイコウが……」
「それは私も把握していましたよ! でも夜明けにはいなかったんですって!」
流石に聞ける雰囲気ではない。
そう肌で感じたアングレカムが、引き下がろうとした時だった。
「お前のせいでリリーちゃんが死んだらどう責任取るんだよこのノウナシのコシヌケが!! ふざけんじゃねぇ!!」
アングレカムは即座に二人に声を張り上げた。居ても立ってもいられなかった。
「あの! リリーがどうしたんですか!」
その声に、先生二人は冷静になったようで、アングレカムを見て一瞬黙り込む。
特に猟銃の先生の方は、気まずそうに目線を逸らしかけたが、やがて一つ深呼吸をする。そして、普段のような穏やかな声で、喋りかけた。
しかし、その顔はどうにも強張っている。
「……ご、ごめん、アンちゃん。怖い物を見せてしまったね、ごめん」
アンちゃん、とは、アングレカムの愛称であった。アングレカムでは少し長いため、周りからはアンちゃんと呼ばれているのだ。
そして、アンちゃんと最初に呼んだのは、この猟銃の先生でもある。
そんな猟銃の先生は、なるべく笑おうとしているのか、引きつった笑みで、質問に答えた。
「えーっと、リリーちゃんはね、今、お外にお出かけをしているんだ。でも大丈夫、すぐに戻って来るはずだから、安心して欲しいな」
アングレカムは納得行っていなさそうに首を傾げる。
「……お外? リリー、何でお外になんて行っているの? アンの事、置いて行っちゃったの?」
眼鏡の先生が、宥めてきた。
「アンちゃん、誕生日、明日だったよね。リリーちゃんは、アンちゃんのために、お花を摘みに行っているんだ」
「絶対に戻って来るから、安心して」
嘘だ。そもそも、シェルターでは、地上に出る事はかなり厳しく制限されている。
大人でさえ複数人で行動する事が義務付けられている。それにもかかわらず、リリーのような、まだ齢8歳の子供が、一人で外に出るなぞ絶対にあり得ない。
アングレカムがそこまで考えて判断したかは不明だが、少なくとも、先生二人の言っている事が子供騙しの嘘である事は理解していただろう。フツフツと湧いてくる怒りのまま、アングレカムは先生二人に言い放った。
「……先生の嘘つき」
「もういい。アンが探しに行くから、リリーの事」
そうアングレカムが言った瞬間、先生二人は何か言おうとしていたが、先にアングレカムに背を向けられてしまったため、それは叶わなかった。
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