最強魔法使いと小さな連れ道
ころすけ
第1話 夢が叶った?
剣崎友馬(けんざき・ゆうま)。
自分には似合わない名前だと思っている。両親が込めたであろう健やかな願いとは裏腹に、自分は期待通りには育たなかった。そのことへの罪悪感は、自明すぎて今さら意識にのぼることもないが、胸の奥に川底に溜まった汚れのように溜まっている。
「ああ……人がいる。消えてくれないかな。」
大学へ向かう道すがら、同年代の喧騒に遭遇するたびに思う。一人でいたい。ただそれだけなのに。 教室では大して親しくもない相手に取りつくろい、講義が終わるれば不毛なランチを共にする。日によっては、そのまま逃げ場のない拘束が続く。 なぜ周囲の人間は、あんなに楽しそうに笑えるのだろうか。お金も時間も、他人に奪われているというのに。
自分が一番嫌なのは、自分ひとりの聖域を侵食されることだ。
「いっそ、異世界にでも行けたらな……」
何度繰り返したか分からない妄想。たとえ異世界でも、人がいないわけではないだろう。何の解決にもならないかもしれないが、それでも、今の生活よりはマシな「何か」があるのではないか。
今日もいつものように一人で食事を済ませ、誰の気配もない静寂の中で眠りにつく。 「ああ、この時間こそが最高だ。……おやすみ」
―――
「……意識はあるかい?」
不意に、微睡(まどろみ)を破る声がした。
「…………」
「あれ? 魂はあるはずなんだけどな。」
ぼんやりとした視界に、得体の知れない存在が映る。
「あ……もしかして僕のことですか?」
「そうそう、君だよ、君。ここは君が望んでいた異世界転生を差配する場所。ちなみに僕は神様だ。」
(これは夢だな。こんな都合のいい夢を見るなんて、自分も相当末期かもしれない。まあいい、夢なら夢らしく思い切って付き合ってやろう)
「……ああ、そうですか。」
「うん! とっても物分かりがいいね。じゃあ転生先の異世界でもやっていけるように力を授けよ……ん?」
神を名乗る存在が、不意に言葉を詰まらせた。
「どうかしましたか?」
「いやぁ、君の心がね……いや、何でもない。特におかしな罪を犯したわけでもなさそうだし、力を与えるから希望を言ってみてよ。一つだけね。あ、言葉は通じるようにしておくから。」
「じゃあ……魔法が使えるようにしてください」 (魔法は異世界のロマンだし、どうせ夢だ。適当に言っておこう)
「君は何か勘違いをしているみたいだけど、まあいいや。魔法を使えるようにしておいたから。現地での名前は『ケイ』にしておくよ。何か希望はある?」
「いえ、特にないです。」
「よし! ならこの名前で行くよ。じゃあ、頑張ってね!」
ケイが光に包まれて消えた後、神はポツリと独り言を漏らした。
「夢だと思い込んでいたみたいだけど、否定するのも説明の手間が増えて面倒だからね。それにしても……」
神は愉悦に目を細めた。
「ははっ! あそこまで曲がった魂は見たことがない。殺人犯だってあんな螺旋状の魂にはならないのになぁ。」
通常、聖職者のような人物は柱のように真っ直ぐな魂を持つ。人殺しであっても、魂そのものは存外素直で、ただ方向が間違っているだけのケースが多い。
「ちょっと気に入ったから、世界で一、二を争えるほどの魔力と操作センスを与えちゃったけど、まあ大丈夫でしょ。最悪は僕が処理するし、その前に現地で誰かに討伐されるだろうしね。……魔王とかにさ。」
神は高らかに笑った。その適当さが、一人の青年の運命を捻じ曲げたとも知らずに。
ケイは、見知らぬ平原で目を覚ました。 一瞬パニックになりかけたが、あの「夢」を現実だと仮定すれば、この超常的な状況もすんなりと受け入れられた。
「ああ、本当に異世界か……」 呟きに答えるのは、心地よい風の音だけ。 「異世界に来たら、まずはこれだよな。……ステータスオープン」
……………………。 何も起きない。静寂が痛い。独り言には慣れているはずだが、死にたくなるほど恥ずかしかった。
「……まあいい。魔法は使えるはずだ。よし、『ファイヤーボール』」
瞬間、ケイの顔の10倍はあろうかという巨大な劫火が出現した。
「うわっ! 熱っ!? どうしよう、とりあえず――!」
咄嗟に指を空へ向け、腕を振り抜く。火の玉は轟音を響かせて空の彼方へと消えていった。
「た、助かった……。次は小さく制御するイメージだ。この大きさを、手のひらサイズに……」
そこから一時間ほど、ケイは魔力操作の練習に没頭した。時計がない不便さに、現代日本のありがたみを早くも痛感する。
やがて、空腹が襲ってきた。腹が減れば魔法どころではない。まずは水だ。
「ウォーター」
蛇口をひねる感覚で唱えると、今度は溺れそうなほどの大量の水が溢れ出した。
「これも調整が必要か……」
喉を潤した次は食料だ。空を見上げれば、見慣れぬ鳥が飛んでいる。
「……野鳥って焼けば食べられるのか? まあ、飢え死にするよりはマシか。」
「パチパチ」と乾いた音が平原に響く。 魔法は、イメージ次第で万能のツールになった。追尾する火の玉で鳥を仕留め、風の刃で解体し、焚き火で焼く。すべて夢だと思っていた時に願った力が現実になったおかげだ。
焼き上がった鳥を口に運ぶ。 「……くさい。パサパサだ」 お世辞にも美味いとは言えない。ケン○ッキーが恋しい。だが、文句を言っても腹は膨れない。残った肉を保存し、ケイは歩き出すことにした。
「暗くなる前に人がいる方へ向かうか……。前世ではあんなに人を避けていたのに、皮肉なもんだな。」
夜に備え、土魔法を応用して簡易的なシェルターを組み上げる。魔法という万能の力を手にしても、安眠できる保証はない。モンスターがいるかもしれない世界なのだ。
「おやすみ。」
誰もいない、何もない平原での雑魚寝。 不味い鳥の味を反芻しながら、ケイは祈るように目を閉じた。 前世の便利さを懐かしみながら、どうか無事に明日を迎えられますように、と。
【あとがき】
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