墓地のコレクター

天使猫茶/もぐてぃあす

二人のコレクター

 早朝、まだ日も昇らない時間の出来事である。一人で墓地へと出向いていた私がさて帰ろうかと身を起こしたそのとき、普段は人のいないその墓地の中、少し荒れた墓の前に一人の男性が立ち手を合わせているのを見つけた。

 まだ夜の匂いが色濃く残るようなこんな早朝に墓参りか?

 変わった奴もいたもんだ、自分のことを棚に上げてそんなことを考えながら私は歩き始める。そして少ししてからやはり先ほどの彼のことが気になり、もう一度振り返ってみた。


 男は先ほどと同じようにまだ墓に向かい手を合わせている。だが、なにか違和感がある。

 なにがおかしいのだろうと首を傾げながら男の様子を眺めていると、男は手を合わせるのをやめた。そしてきょろきょろと辺りを見回すと、別の墓の方へと歩いて行く。


 そして、その前でまた手を合わせ始めたのだ。その墓は先ほど彼が手を合わせていたのと同じように、あまり手入れがされていないのか少し荒れた墓だった。


 そこで私は先ほどの違和感の正体にようやく思い至る。最初に彼を見たときの墓と、次に彼を見たときの墓は、別のものだったのだ。

 つまり彼は、私が見ているだけでも三つの別々の墓に手を合わせていることになる。

 一体なにをしているのだろう。好奇心を抑えきれなくなった私はまだ手を合わせている男性に声をかけた。


「あの、すいません」

「はい?」


 手を合わせるのをやめてこちらを見た男性は、まだ若い実直そうな青年だった。

 私は前置きも抜きにして彼に尋ねてみる。


「あの、先ほどから見ていたのですが、一体なにをなさっているんですか? いろいろなお墓に手を合わせているようですが」


 青年はその質問に少し照れたような表情になると頭を掻いた。そして、見られてたのは恥ずかしいですね、と言う。

 ここが早朝の墓地でなければ好感を抱かせる類の態度である。

 そして彼はこう答えた。


「実はですね、僕は幽霊をコレクションしていまして」


 彼の言うことには、無縁仏やあまり親戚が墓参りに来ない墓の前で手を合わせると、そこで眠っている故人が憑いてくることがあるらしい。


「僕は口下手で、あまり友達も多くはないんですけど、この人たちのおかげでいまは寂しくないんですよ」


 そう言って笑う青年の後ろでは、なにやらドロリとした重苦しい、この世のものではないような空気が漂っていた。もし目を凝らしたら、死者の顔すら見えたかもしれない。

 その明るい笑顔に狂気を感じた私は、好奇心から話しかけたことを後悔しながら自分の収集物に触れて気を落ち着けながらそうなのですかと相槌を打ち、そして用事を思い出したふりをして急いでその場を離れた。



 家に着いた私は額から流れる冷や汗を拭うと、独り言を呟く。


「まったく、世の中には変なものをコレクションするやつもいるもんだな……」


 そうして息を整えた私は気持ちを落ち着けるためにコレクションルームへと入って行く。やはり自分のコレクションに囲まれていると気持ちが落ち着く。


 私は今日の収穫である墓石の欠片を置くと、一人で満足して頷いていた。

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