ずきゅーんで美少女を落とせるようになったかもしれない件について

荒三水

第1話

 超能力に目覚めたかもしれない。


 親指と人差し指を立てて、銃の形を作る。

 ターゲットを定め、人差し指で引き金を引く。


 真新しさも何もない。創作物で何度擦られたかわからないよくあるやつ。

 だけど撃たれた相手は死ぬ。

 かもしれない。


 能力の名前はドキュンガン。俺が考えた。

 異能バトルマンガみたいなカッコイイ二つ名は思いつかなかった。

 ちなみにこれは今はあまり使われなくなったネットスラングのDQNとかけている。それはどうでもいいが。

 

 俺が能力に目覚めたらしい経緯は簡単だ。

 梁島というDQN野郎がいた。


 イケメンで背が高くて運動神経がよくてコミュ力が高くて複数の女と同時に付き合っていて親が警察のお偉いさんで教師にも覚えがいい。


 高校二年に上がってそいつと同じクラスになって、俺は目をつけられた。

 陰気臭いとかノリが悪いとかよくわからない理由で。


 軽いイジリはあっという間にエスカレートした。

 暴力はもちろんのこと、金まで取られるようになった。

 

 その日は吐くまで腹を殴られた。

 梁島は顔はやらないという知恵が回るやつでもあった。

 

 便所で床ペロしている頭の上に、札の抜かれた財布を投げつけられたときだった。

 唐突に頭の中にドキュンガンのアイデアが降ってきた。ゲームみたいに必殺技をひらめいた。

 俺はまさに芋スナみたいな態勢で、仲間とともに便所を出ていく梁島の背中を撃った。

  

 その翌日に梁島は死んだ。

 バイクで事故って死んだ。

 

 五体満足にもほどがあるあいつが、急死するなんて誰も思わなかっただろう。

 知らせを聞いて一番驚いたのはもしかしたら俺かもしれない。

 

 それが先々週ぐらいの話。

 超能力に目覚めたら金がじゃんじゃん入ってきて女の子にもモテモテになると思っていました。


 しかし俺の日常は変わらなかった。

 月曜日は朝から満員電車に乗って、嫌々学校に通わなければいけなかった。


「チッ⋯⋯」


 車内が大きく揺れる。

 リーマン風の中年男が俺の顔を睨んで舌打ちをした。

 向こうが俺の足を踏んできたにも関わらずだ。


 油なのか整髪料なのかやたら髪がてかてかしている。

 体臭なのか香水なのかわからないがとにかく臭い。

 

 俺の立ち位置は扉を入って正面。最悪なポジションだ。

 距離を離そうにも四方を囲まれていて、ろくに身動きが取れない。


 朝のこの時間は地獄だ。

 今の学校に通うようになってからおよそ一年と三ヶ月。それでも一向に慣れる気配がなかった。


 釣り広告を無心に眺めること十数分。やっとのことで電車は降車駅に到着した。

 扉が開かれる。ホームの喧騒と入れ違いに、俺は一目散に外に足を向ける。

 

「痴漢です! 痴漢!」


 電車を降りるなり、近くで高い声がした。

 制服姿の女子がスーツの袖を掴んでいた。彼女はたしかずっとドア付近に立っていた。

 

 服を掴まれた男は大きく腕を振り払って走り出した。

 よれよれのスーツと不似合いなハイテクスニーカー。

 どちらも見覚えがあった。さっき俺の足を踏んできた中年男だ。


 痴漢と言われればどこからともなく現れた正義マンたちが追いかけて捕まえる。数人がかりで力任せに組み伏せる。そういう動画をSNSで見たことある。

 

 しかし実際は誰も痴漢のあとを追わなかった。何事もなかったかのように人の波が流れていく。痴漢男の背中は人混みをかきわけて遠ざかっていく。


 俺はその背中に向かってドキュンガンを構えた。

 どきゅーんとつぶやきながら撃った。


 それこそ何事も起こらなかった。男は階段を駆け上がっていった。

 しかしややあって、どよめきが上がった。

 

 階段を登っていったはずの男が転がり落ちてきた。

 全身を打ちつけながら階段下の地面に倒れた。


 駅員がやってきて傍らで声を掛ける。

 痴漢と叫んだ女子も遅れて仲間を得たらしい。二、三人で男を取り囲みだした。


 男は起き上がったが、逃げる力は失ったようだ。何事か問われてもうなだれたままだった。

 俺はそれを横目に、いつものように階段を上がっていった。

 改札の前で定期を取り出そうとすると、


「ねえ」


 近くで女の声がした。しかし登校途中に俺に声をかけてくるような女の知り合いはいない。

 俺は振り返ることも立ち止まることもせずに改札を抜けた。


「ねえ」


 今度は肩を叩かれた。

 俺は立ち止まった。振り返る。


「何? さっきの」


 女子は俺と同じ北高の制服を着ていた。高篠怜奈(たかしのれいな)だった。 

 なぜ名前を知っているのかというと、彼女は俺のクラスメイトだ。俺は彼女のことをよく知っているが、向こうが俺のことをクラスメイトと認識しているかは定かではない。


「何って?」

「指で。変な仕草」

 

 俺は彼女と一度も言葉をかわしたことはない。

 けれどそれは俺に限ったことではない。俺は彼女が自分から誰かに話しかけているのを見たことがない。


「あ、見てた?」

「うん」

「もしかして同じ電車乗ってた?」

「うん、座ってた」


 リズムよく返答してくる。意外に普通だった。

 けれど近くで見つめられると、はっと息を呑んでしまうほどに目鼻立ちは整っている。

 足も長くて背丈がある。男子の平均より少し高い俺と並んでも違和感がない。


「痴漢らしいからさ、俺が撃ってやったんだよ」

「ふぅん?」


 まっすぐな長い黒髪が斜めに垂れた。

 アタマ大丈夫? と言われているような気がしたが、不思議そうに小首を傾げる仕草は可愛らしかった。


 梁島とその取り巻きの間でも、高篠怜奈のことは話題に上がっていた。梁島自らコナをかけたりしていたようだが、いつしか彼女のことは話題に上がらなくなった。もちろん誰かになびいた様子は微塵もない。

   

「あのさ、梁島っているじゃん?」

「うん」


 梁島のことは担任からクラス全員に告げられ、その後行われた全校集会でも触れられた。 

 いかに彼女が他人に無関心といえど、知らないはずがない。


「あいつをやったの俺なんだよね」

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