5月23日

@SugerLily

5月23日

公園

ガックリと肩を落とし、しょぼくれている男がベンチに座っている。

そこに髭面の男がやって来る。


髭面

「どうしたの?」


男、髭面に白い目を向けベンチを離れる。

髭面、そんな男を軽快なステップで追い駆ける。


「な……何だね!?」

髭面

「なぁーんかさ、放っておけないなーっとね。」

「いや、大丈夫だよ。」

髭面

「何があったのか当てても良い?」


男、走って逃げようとする。

しかし、足は動かない。


辺りを見回すと、時間や人間、全てが止まっている。

そんな中、近付いて来る髭面。

男の膝が笑いだす。


髭面、軽快ながらもゆっくり近付く。


髭面

「ちょっと待ってよぉ。」

「こ、これは何なんだ!」

髭面

「俺のちょっとした、サプラーイズでぇす♪」

「何が目的だ!金なら無いぞ!」

髭面

「だろうね。」

「……。」

髭面

「リストラされたんだろ?

いや、懲戒免職と言った所かな。」

「……。」

髭面

「……。」

「笑いたきゃ笑え。」

髭面

「最近の人間はヤワだもんなぁ。

すーぐ、体罰だ!パワハラだ!って喚き立てる。」

「そう、そうなんだよ!」


髭面、優しい笑顔で男を見つめる。


「……少し子供に仕事を頼んだだけだ。

先生に頼まれたら断らないだろ? 普通。」

髭面

「だよなぁ。」

「それをちょっと叱ったら、体罰だとか言いやがって。」

髭面

「酷いよなぁ。」


男、ハッとする。

髭面、優しく見つめている。

男、髭面から目を逸らそうとするが、出来ない。


暫くの沈黙。


髭面は同じ表情で動かない。

この空気に耐えられず口を開く男。


「若い奴らも面倒臭がって、上の言いなりだよ。」

髭面

「何だかなぁ。」

「……デジタルの世界の方がマトモだ、今は。」

髭面

「そうなのか?」

「私の考えを分かってくれる。」

髭面

「でも、会った事ない奴らなんだろ?」

「そうだが、とても気の良い世界なんだよ。」

髭面

「現実見なよ。」

「見てるさ。現実は付き纏いに遭ってる。」

髭面

「おじさん、案外モテるの?」

「ネットストーカーって奴だ。」

髭面

「え?」

「私の投稿が問題になって、会社に呼ばれた。」

髭面

「へぇ。」

「誰かがチクったらしい。」

髭面

「マズい投稿したんだろ?」

「いや、至極真っ当な事を言ったまでだ。」

髭面

「そうなのか。」

「気に入らないのか何だか知らんが、

付き纏う方がおかしいと思わんか?」

髭面

「そりゃあね。」

「ある事ない事、言いふらされてるかもしれん。」

髭面

「でも、会社は周りを信じた。」

「……割に合わんよ。」

髭面

「うーん。」

「歴が長い私に対して、現場に関わらない仕事をしろと。

奴らは引退を迫って来たんだ。私を潰そうとしている。」

髭面

「あれ?」

「どうした。」

髭面

「じゃあ、俺の答え外れてるじゃん!」

「同じ様なもんだよ。」

髭面

「会社は救済しようとしたのに、おじさんから辞めたんでしょ?」

「こんな不義理な会社、こっちから願い下げだ!」


男、大きく地団駄を踏む。

 

髭面

「まぁまぁ。」

「君は救済と言ったね?どこが救済なんだよ。

付き纏いは現場で仕事してるんだぞ!

犯罪者なのに。」

髭面

「付き纏いの方が信頼されてたって事じゃん?」

「……。」

髭面 

「まぁ、会社が正しいかは分かんないよね。

おじさんが優し過ぎたのかもだし。」

「……犯人は職場のおばさん連中の誰かだと思っている。」

髭面

「そうなの?」

「気に入らない事があると人を小馬鹿にして、ネチネチネチネチ嫌味を言う嫌いが

あるんだ。」

髭面

「ほぉ。」

「あの時も陰でコソコソと……。

彼女達こそ罰せられるべきじゃないのか?」

髭面

「だよなぁー。

ちょっと手が出たくらいで。」

「全くだ!

私達の時代じゃ当たり前だったんだ!」

髭面

「あのさ、おじさんの前にやらかしちゃった若いのは助けたの?」

「それは……。」

髭面

「……。」

「顔を触って振り向かせるのはセクハラってヤツだろ。仕方がない。」

髭面

「手が出るのはパワハラだろう?」

「軽いゲンコツだ。」

髭面

「ふぅん。」

「君は何が言いたい?」

髭面

「何となく気になっただけー。」

「……。」

髭面

「まぁ、ドンマイだよね。」


暫くの沈黙

髭面、何かを思い出した様子。

男、訝しむ。


髭面

「そんなあんたに

頼みたい事があったんだった!」

「……その前に座らせてくれ。」

髭面

「おぉ、そうだった!」


髭面、奇妙な踊りをする。

周りの雑踏が動きだす。

段々と大きくなる雑音にふらつく男。


髭面

「大丈夫?」

「あぁ。」

髭面

「早速、本題に移るぜ。」

「……。」

髭面

「俺は未来から来たんだ。」

「そうか。」


髭面、目を丸くして男を見る。

男、そんな髭面を不思議そうに見る。


「さっきのがあったから、もう驚かんよ。」


髭面、ガックリと落ち込む。

男、笑う。


髭面

「おっ、やっと笑ったな!」

「……。」

髭面 

「俺は嬉しいぞ!」

「……さっさと本題に入ってくれ。」

髭面

「そーだった。」


髭面、メモを取り出す。

それを辿々しく読む。

小難しい説明文が並ぶ。


髭面

「……要するに選ばれたってワケだ。」

「ん?」

髭面

「えっと……。」

「お前の言葉で説明してくれ。」

髭面

「未来の世界では、花粉が今の比じゃないくらいに飛んでる。」

「あぁ、失敗したのか?」

髭面

「結果的にな。」

「……。」

髭面

「木が花粉を飛ばさないなんて不可能だろ?」

「まぁな。」

髭面

「木にも生きる権利を!

人間の都合で生命をイジるな!

ってのが多くなってなぁ。」

「もう何でもアリだな。」

髭面

「花粉飛びにくい木は作れなくなった。」

「……。」

髭面

「最早、バイオテロ並みでな……。」

「……舌下療法はガセだったんだなぁ。」

髭面

「未来の花粉、

舌下療法効かなくなっちゃったんだよ。」

「何でまた。」

髭面

「生命ってのは逞しいもんで、花粉も進化したんだなぁ。」

「……。」

髭面

「飛ばせないなら引っ付かせちゃおうって事で、粘度がより高くなってさ。

一度、体ん中に入ったら一年は出て来ない。種類も豊富と来たもんだ。」

「……控えめに言って地獄だな。」

髭面

「だろう?」

「だから何だって言うんだ。」

髭面

「お前は花粉に強い。」

「ああ。」

髭面

「ただ、嫁さんは激弱だろ?」

「……元妻だ。」

髭面

「弱い者の立場が分かるじゃないか。」

「……。」

髭面

「そんな、おじさんみたいな人間の力が必要なんだ!」


とても真剣な表情の髭面。

男、嘘だとは思えない。


髭面

「頼まれてくれないか?」

「……。」

髭面

「お願いだよ……。」

「何をするかにもよる。」


髭面、小躍りする。

歌まで歌いそうな勢い。

男、そんな髭面を静止する。


「まだ承諾した訳じゃない。」

髭面

「……。」

「取り敢えず、私に何をして欲しいのか

具体的に説明してくれ。」

髭面

「花粉を可視化出来る様にした。」

「は?」

髭面

「やっつけて欲しい。」

「はい?」

髭面

「パンチで!」


男、大笑いする。

髭面、真顔で男を見る。


「正気か……。」


髭面、公園のヒノキを指差す。

いつの間にか、ヒノキが怪物化している。

揺れながら迫って来る勢い。


「……。」

髭面

「大丈夫。根っこがあるから動けない。」

「……パンチじゃ無理だろ。」

髭面

「近付きゃ分かる。」


髭面、男の手を引いて走りだす。

ヒノキの赤い雄花から、

小さい怪物がウヨウヨ出て来る。

小さい怪物は、人間の服や草花、建物に

ピトピトくっ付いていく。

段々と束になり大きくなる怪物達。


髭面

「スイミーみたいなもんだ。」

「……。」

髭面

「これをパンチして欲しい。」

「なる、ほど……?」

髭面

「ほぼ人間に付いてるから、

花粉にだけ当たる様に頼むな。」

「……いやいや。」

髭面

「おじさんなら大丈夫だよぉ。」

「もう六月になるから、そう飛ばんよ。」

髭面

「バカ言うなって!

飛ぶ種類が多くなるのは、この時期からなんだ。」


男、辺りを見回す。

草むらからも怪物が出ている。


「……草に多い気がするな。」

髭面

「流石っ♪

この時期はイネ科が多いんだぁ!」

「……嬉しそうだな。」

髭面

「俺が見定めただけあるなって♪

物凄い素質あるからさ、おじさん。」

「……素質。」

髭面

「あ、そうだ!

下がコンクリでも、ヤツらは還れるから安心して。」

「広がらないって事か?」

髭面

「あんたのパンチなら、ね。」

「?」

髭面

「あんたにはヤツらを無事に地球に還す力がある。」

「……。」

髭面

「おじさんに地球の未来が掛かってる。」

「今で意味があるのか?」

髭面

「過去の花粉が少しでも減れば、未来の木が救えるだろ?」

「そんなもんかね。」

髭面

「同志は沢山居るのさ。」

「私だけじゃないのか?」

髭面

「おじさんは特に素質が高い。

だから、こうして危ない技を使ったんよ。」

「断ったら?」


髭面、みるみる泣き顔になる。


髭面

「人間は絶滅しちまうよ。」

「正直、半信半疑だ。

それに、こんな世の中なら早めに無くなっても良いかもな。」

髭面

「デジタルの仲間も居なくなるぞ!」

「……。」

髭面

「あんたを救ってくれた仲間にも家族はある。

その子孫達は滅びるんだぞ?」

「……。」

髭面

「いいよ、あんたの気持ちは分かったよ。」


髭面、男に背を向ける。


髭面

「……あんた程の素質は、もう発掘出来ないだろうな。」

「……。」

髭面

「あんたに断たれた未来に戻るのが怖いよ、本当に。」

「……私じゃないとダメなんだな?」


髭面、大きく頷く。


「……致し方ないか。」


髭面、男に駆け寄り握手する。

男、苦笑いで応じる。


髭面

「じゃあ、宜しく頼んだ。」


男、急な日差しに目が眩む。

目を開けると髭面の姿は無い。


一人ベンチに座っている男。

暫く呆然としている。

隣にはメモ帳が置いてある。

男、メモ帳を開いてみる。

そこには、説明されたばかりの小難しい

説明が書かれている。


唖然とする男。

元気に遊ぶ子供の声が木霊する。

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