第24話 村の思い出

 山に囲まれた、小さな盆地。

 清流が村の中を流れていて、

 古い家々が、ゆったりと並んでいた。


 空気が、東京とは全然違った。

 深呼吸すると、肺の奥まで冷たくて清々しい。


「吉川先生の近所にお家を借りて、療養することになったの」


「先生の家は、村のちょっと外れにあってね」


「いっつもぼさぼさの髪で、お隣の雑貨屋さんの人に怒られてた」


 私の言葉に梓さんも目を細める。


「榊商店! 千鶴さんだよね、その人」


「そうそう! 手間のかかる弟みたいだってぼやいてた」


「あれ? 伊織さんは? 吉川先生の奥さんの」


「うん、私が体調良くなって村を出るときに、お嫁に来たんだよ」


「そうだったんだ! 私が村に行ったときには、もうすっかり落ち着いた夫婦に見えたけど、まだ全然新婚さんだったんだ!!」


 驚いたようにいう梓さん。

 その言葉に伊織さんの笑顔を思い出す。

 柔らかくて、包み込むような笑顔。


「引っ越した最初の日にね、村長さんと吉川先生が、長いことお話してて」


 そう、最初は何だか、村の人たちがちょっと怖かった。

 でも吉川先生が村長さんと話し合いを重ねるうちに、どんどん普通になっていって……。


「毎日、村の誰かが差し入れてくれた食材で味しいご飯食べて……」


「村の野菜とか、川魚とか」


「最初は食べられなかったけど、少しずつ食べられるようになって」


 梓さんが、静かに聞いてくれている。


「村の子たちとも、仲良くなったんだ」


「健太くん、美穗ちゃん、あゆみちゃん」


「みんな、すごく明るくて」


「私が東京から来たって言ったら、珍しがってくれて」


 あの頃の笑い声が、耳の奥で蘇る。


「分校に一緒に通ったりもした」


「授業は少人数で、先生も優しくて」


「あゆみちゃんとは、特に仲良くなったな」


「『あゆみ』と『まゆみ』で、お揃いだねって笑い合ったり」


 そして――


「清音さんにも、会ったの」


 梓さんの呼吸が、少し変わった気がした。


「村長の娘さんで、神様の巫女だって聞いて」


「最初は、すごく緊張した」


「だって、すっごく綺麗な人だったから」



 清音さん。


 腰まで伸びた、さらさらの黒髪。

 整った顔立ち。

 静かな、でもどこか寂しげな雰囲気。


「初めて会った時、清音さんは神社の境内にいた」


「白い巫女装束を着て、箒で掃除してて」


「まるで、絵みたいだった」


 あの時の光景が、鮮明に蘇る。


「『こんにちは』って声をかけたら」


「清音さんは、ゆっくり振り向いて」


「『ああ、東京から来た子やね』って微笑んでくれた」


 優しい笑顔だった。

 でも、その奥に何か――寂しさが見えた気がした。


「清音さんは、色々教えてくれたの」


「村の歴史とか、神社のこととか」


「私が質問すると、丁寧に答えてくれて」


「でも……」


 ここで、言葉が詰まる。


「でも、どこか遠い感じがした」


「笑ってるのに、目が笑ってない時があって」


「何か、抱え込んでるような」


 梓さんが、小さく息を吐いた。


「……そう、だったんだ」


「梓さんも、そう思った?」


「うん……清音は、いつもそうだった」


 二人で、しばらく黙っていた。



「最初のうちはね、村には、変わった風習があったの」


 私は、また語り始めた。


「挨拶の時、三回笑うんだって」


「え……」


「ただ、三回、笑みを作るの」


 今思い出しても、不思議な光景だった。


「最初は、変だなって思ったけど」


「村の人たちにとっては、普通のことみたいで」


「『神様のお怒りを招かぬよう』って、健太くんが言ってた」


「神様……」


 梓さんが、繰り返す。


「うん。村の神様」


「名前のない神様」


「でも、村を守ってくれる大切な神様なんだって」


 そう教わった。

 でも――


「正直、よく分からなかった」


「神社に祀られてる神様とは、違う感じで」


「もっと……生々しいというか」


 言葉にしづらい感覚。


「夏祭りの時、神楽を見たの」


「清音さんが舞を踊って」


「すっごく綺麗だった」


 あの舞は、今でも忘れられない。


「でも、祭りの最後に」


「村人全員で、赤い飲み物を飲んだの」


「『神様からの授かりもの』だって」


 甘くて、少し変わった風味。でも嫌いじゃなかった。

 むしろ好きだったなぁ。


「美味しいって言ったら、みんな喜んでくれたけど」


「何の飲み物か、誰も教えてくれなかったんだ。実は誰も知らなかったりして!」


 梓さんが、じっと聞いている。


「……結局、その笑うってしきたりは私が村にいるうちに廃れちゃったみたいだったけど」



「でもほんと……村での生活は、楽しかっなぁ!」


 私は、思い出を振り返る。


「身体も、だんだん良くなって」


「ご飯も食べられるようになって」


「友達と笑い合えるようになって」


「清音さんも、たまに一緒に遊んでくれて」


 幸せだった。

 確かに、幸せだった。


「半年後、東京に帰る時」


「みんな、見送ってくれた」


「清音さんは、私にお守りをくれたの」


「『元気でね』って」


 その笑顔は、やっぱり寂しげだった。


「あの時、清音さんに何か聞きたかった」


「『本当は、どう思ってるの?』って」


「でも……聞けなかった」


 もし、あの時聞いていたら。

 何か、変わっただろうか。



「……それから、数年経って」


「まさか、こんな形で村と再会するなんて」


 私は、天井を見つめた。


「清音さんが、東京に来てて……影を操ってて」


「梓さんが、追いかけてきてて」


「全部、繋がってるんだね」


 梓さんが、静かに答えた。


「……うん。多分、村の神様が、全部の原因」


「清音さんは、その神様をどうするつもりんだろう」


「確かめてみないと。そして清音を、元に戻さなきゃ。一緒に村に帰るんだ!!」


 私は、梓さんの手を握った。


「うん。一緒に、頑張ろう」


「……ありがとう」


 二人で、また沈黙。


 夏の夜の静けさの中、

 遠い記憶と、

 これから起こることへの不安と、

 でも確かな決意が、

 胸の中で混ざり合っていた。


「……真弓さん」


「うん?」


「明日から、本当に大変になると思う」


「うん」


「それでも……」


「大丈夫」


 私は、笑った。


「だって、一人じゃないもん」


「梓さんも、探偵さんも、久我さんも」


「みんな、一緒だから」


 梓さんも、小さく笑った。


「……そうだね」


「じゃ、もう寝よっか」


「うん」


 電気を消す。

 真っ暗な部屋に、エアコンの音だけが響く。


「おやすみ、梓さん」


「おやすみ、真弓さん」


 目を閉じると、

 すぐに眠りに落ちた。


 夢は――

 今日は、見なかった。


◇◇◇


終焉の探偵、Chapter 7これにて閉幕です。

次章第一部完結。

少しだけ長いお話になりますがお付き合い願いますと嬉しいです。

それでは第八章にご期待ください。


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