第26話 現場検証 2
「気配って……?」
「言葉にはしづらいね」
さらりと言うけど……
普通の探偵ってそんなことわかります!?
でもその一方で、久我さんの横顔も妙に冷静だった。
怖がってないというより、
これは起こるべくして起こったみたいな顔をしている。
(……久我さん、どうしてそんなに落ち着いてるの?)
怖い場所に来てるのに、
彼の心は微動だにしてないように見える。
まるで、今までにもそういう経験があったみたいに――
――と久我さんがそっと手を差し伸べてきた。
無視するのも申し訳ないので、そっと握り返す。
「真弓ちゃん、手、冷たいね?」
「え……あ、すみません……」
「大丈夫。ゆっくり行こう。
怖かったらもっとしっかり握っててくれてもいいよ」
久我さんの声は、いつものように穏やかだった。
先生、ごめんなさい、と思いながら握る手に力を込める。
本当にこの人は優しい大人だな、と思いながら。
探偵さんが、暗がりを指した。
「この先だね。三人が呼ばれた場所は」
その言葉に、胸の中で冷たいものが広がる。
「行こうか。
この先にきっと何かがある。手がかりか、それ以上の何かが」
探偵さんの声は静かで、
でもどこか決意の色があった。
私は深く息を吸って、二人の後ろを歩き出した。
◇
池袋の夜は、いつも騒がしい。
ネオンと車の音と、よく分からない酔っ払いの笑い声。
でも――その喧騒からほんの数分歩くだけで、
世界は急に“音を失う”。
「……ここだよ。池袋の森」
探偵さんが指差した先には、
昼間なら普通の公園にしか見えない入口が、
夜になると別世界の門みたいに暗く沈んでいた。
柵の向こうは真っ黒。
街灯が手前までしか届かなくて、
森と言うよりは林だろうか。その奥は光を全部飲み込んでいる。
(本当に……これ、都内の公園?
絶対もっとヤバい場所じゃん……)
「閉園時間、とっくに過ぎてますよね……?」
「まあまあ。公園は開いていれば誰でも入れるんだよ」
「開いてないですよね!?」
「扉があるのは心の問題さ」
そう言いながら、探偵さんは柵の隙間をすり抜けていった。
なんで通れるのあれ……?
猫なの? 液体なの??
「真弓ちゃん、手。暗いから気をつけて」
久我さんは、安心させるように手を握ってくれる。
その手は暖かくて、思わず掴んでしまう。
(うぅ……なんだかんだで頼りになる……
けど今の状況が普通じゃなさすぎて落ち着かない)
柵を抜けると、森の中は一気に“温度”が変わった。
街の空気じゃない。
もっと湿ってて、重い。
木が風に揺れる音じゃなくて、
“何かが息をしている音”みたいなのが耳の奥にこびりつく。
「……暗すぎません?」
「うん。暗いね。
でも――それだけ何かが隠れやすいってことだよ」
探偵さんの声があまりにも普通で、逆に怖い。
足元の土がじくりと沈む感触。
アスファルトじゃなくて、柔らかい自然の地面。
その柔らかさが、逆に落とし穴の上を歩いてる気分にさせる。
(池袋の森って、真っ暗だ……光がないとここまで怖いんだ……)
木々の間を抜ける風が、ひゅう、と通り抜ける。
なのに。
葉っぱの揺れる音より、
“何か別のもの”が動いているような気配のほうが強い。
「影、いますか……?」
小さく訊ねると、探偵さんは足を止めた。
「さて、今のところ気配だけだね」
「気配!! やめてくださいそういう怖いこと言うの!!」
泣きそうになった。
「大丈夫。真弓ちゃんは僕が守るよ」
久我さんが私の手を握り返す。
優しい。
だけど、その優しさが夜の闇に馴染みすぎて、逆に不安になる。
(2人とも……なんでこんな落ち着いてるの……?
普通に怖いよ……!!)
森の奥へ進むほど、空気はさらに重く、湿っぽくなっていく。
木の根が地面から盛り上がって、
その影が人の手みたいに見えたり、
落ち葉の山が誰かの髪みたいに見えたり、
もう全部がホラー。
「――止まって」
探偵さんが腕を横に広げて、私たちを制した。
その目は路地の先、暗闇の底をじっと見据えている。
「……そこに、何かありますね?」
久我さんが静かに言う。
声は驚くほど落ち着いていた。
探偵さんは頷き、数歩だけ前へ出る。
街灯の光が届かない場所に膝をつき、
地面を指先でそっとなぞった。
「……やっぱり、ここだ」
その声に、心臓が大きく跳ねた。
「こ、ここ……で、三人が……?」
「断言はしないけどね。
でも、これは“影が人を呑んだ痕跡”だよ」
探偵さんが指さした先を凝視した瞬間、
息が止まりそうになった。
そこには――
地面が溶けていた。
アスファルトの時より大きな穴。
まるで高音で焼き潰されたように、
表面が波打って歪み、黒く沈んでいる。
三ヶ所。
人が立っていた大きさの凹みが並んでいた。
(これ……千晶ちゃんの時と……同じ……)
膝が震えた。
喉が乾いて、呼吸が浅くなる。
「真弓ちゃん、無理しないで」
久我さんがそっと肩を支えてくれる。
その手は温かかった――
けれど、その温かさが逆に怖い。
(どうして……久我さんはこんなに平気なの?)
普通なら、もっと動揺してもおかしくないのに。
彼の横顔には恐怖も混乱もなかった。
ただ、静かな受容だけがあった。
――世界がこうなるのは“想定内”だと言うような。
「三人は、“呼ばれた”んだね」
探偵さんの声が路地の奥で響く。
「呼ばれ、た……?」
「うん。影に呼ばれた。
あるいは影を操っている誰かに」
その言葉が嫌に生々しく木々の間に響いた。
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