第26話 現場検証 2

「気配って……?」


「言葉にはしづらいね」


 さらりと言うけど……

 普通の探偵ってそんなことわかります!?

 

 でもその一方で、久我さんの横顔も妙に冷静だった。

 怖がってないというより、

 これは起こるべくして起こったみたいな顔をしている。


(……久我さん、どうしてそんなに落ち着いてるの?)


 怖い場所に来てるのに、

 彼の心は微動だにしてないように見える。

 まるで、今までにもそういう経験があったみたいに――


 ――と久我さんがそっと手を差し伸べてきた。

 無視するのも申し訳ないので、そっと握り返す。


「真弓ちゃん、手、冷たいね?」


「え……あ、すみません……」


「大丈夫。ゆっくり行こう。

 怖かったらもっとしっかり握っててくれてもいいよ」


 久我さんの声は、いつものように穏やかだった。

 先生、ごめんなさい、と思いながら握る手に力を込める。

 本当にこの人は優しい大人だな、と思いながら。


 探偵さんが、暗がりを指した。


「この先だね。三人が呼ばれた場所は」


 その言葉に、胸の中で冷たいものが広がる。


「行こうか。

 この先にきっと何かがある。手がかりか、それ以上の何かが」


 探偵さんの声は静かで、

 でもどこか決意の色があった。


 私は深く息を吸って、二人の後ろを歩き出した。



 池袋の夜は、いつも騒がしい。

 ネオンと車の音と、よく分からない酔っ払いの笑い声。

 でも――その喧騒からほんの数分歩くだけで、

 世界は急に“音を失う”。


「……ここだよ。池袋の森」


 探偵さんが指差した先には、

 昼間なら普通の公園にしか見えない入口が、

 夜になると別世界の門みたいに暗く沈んでいた。


 柵の向こうは真っ黒。

 街灯が手前までしか届かなくて、

 森と言うよりは林だろうか。その奥は光を全部飲み込んでいる。


(本当に……これ、都内の公園?

 絶対もっとヤバい場所じゃん……)


「閉園時間、とっくに過ぎてますよね……?」


「まあまあ。公園は開いていれば誰でも入れるんだよ」


「開いてないですよね!?」


「扉があるのは心の問題さ」


 そう言いながら、探偵さんは柵の隙間をすり抜けていった。

 なんで通れるのあれ……?

 猫なの? 液体なの??


「真弓ちゃん、手。暗いから気をつけて」


 久我さんは、安心させるように手を握ってくれる。

 その手は暖かくて、思わず掴んでしまう。


(うぅ……なんだかんだで頼りになる……

 けど今の状況が普通じゃなさすぎて落ち着かない)


 柵を抜けると、森の中は一気に“温度”が変わった。

 街の空気じゃない。

 もっと湿ってて、重い。


 木が風に揺れる音じゃなくて、

 “何かが息をしている音”みたいなのが耳の奥にこびりつく。


「……暗すぎません?」


「うん。暗いね。

 でも――それだけ何かが隠れやすいってことだよ」


 探偵さんの声があまりにも普通で、逆に怖い。


 足元の土がじくりと沈む感触。

 アスファルトじゃなくて、柔らかい自然の地面。

 その柔らかさが、逆に落とし穴の上を歩いてる気分にさせる。


(池袋の森って、真っ暗だ……光がないとここまで怖いんだ……)


 木々の間を抜ける風が、ひゅう、と通り抜ける。


 なのに。


 葉っぱの揺れる音より、

 “何か別のもの”が動いているような気配のほうが強い。


「影、いますか……?」


 小さく訊ねると、探偵さんは足を止めた。


「さて、今のところ気配だけだね」


「気配!! やめてくださいそういう怖いこと言うの!!」


 泣きそうになった。


「大丈夫。真弓ちゃんは僕が守るよ」


 久我さんが私の手を握り返す。

 優しい。

 だけど、その優しさが夜の闇に馴染みすぎて、逆に不安になる。


(2人とも……なんでこんな落ち着いてるの……?

 普通に怖いよ……!!)


 森の奥へ進むほど、空気はさらに重く、湿っぽくなっていく。


 木の根が地面から盛り上がって、

 その影が人の手みたいに見えたり、

 落ち葉の山が誰かの髪みたいに見えたり、

 もう全部がホラー。


「――止まって」


 探偵さんが腕を横に広げて、私たちを制した。

 その目は路地の先、暗闇の底をじっと見据えている。


「……そこに、何かありますね?」


 久我さんが静かに言う。

 声は驚くほど落ち着いていた。


 探偵さんは頷き、数歩だけ前へ出る。

 街灯の光が届かない場所に膝をつき、

 地面を指先でそっとなぞった。


「……やっぱり、ここだ」


 その声に、心臓が大きく跳ねた。


「こ、ここ……で、三人が……?」


「断言はしないけどね。

 でも、これは“影が人を呑んだ痕跡”だよ」


 探偵さんが指さした先を凝視した瞬間、

 息が止まりそうになった。


 そこには――

 地面が溶けていた。

 アスファルトの時より大きな穴。


 まるで高音で焼き潰されたように、

 表面が波打って歪み、黒く沈んでいる。


 三ヶ所。

 人が立っていた大きさの凹みが並んでいた。


(これ……千晶ちゃんの時と……同じ……)


 膝が震えた。

 喉が乾いて、呼吸が浅くなる。


「真弓ちゃん、無理しないで」


 久我さんがそっと肩を支えてくれる。

 その手は温かかった――

 けれど、その温かさが逆に怖い。


(どうして……久我さんはこんなに平気なの?)


 普通なら、もっと動揺してもおかしくないのに。

 彼の横顔には恐怖も混乱もなかった。

 ただ、静かな受容だけがあった。


 ――世界がこうなるのは“想定内”だと言うような。


「三人は、“呼ばれた”んだね」


 探偵さんの声が路地の奥で響く。


「呼ばれ、た……?」


「うん。影に呼ばれた。

 あるいは影を操っている誰かに」


 その言葉が嫌に生々しく木々の間に響いた。

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