第18話 影の痕跡 2

 一瞬の膠着の後、影は大きく後ろに飛びすさった。


「……」


 言葉もなく体勢を整え直し、再びそれは私たちに躍りかかってきた。

 黒い影から、幾つもの触手が飛び出し、それぞれが鋭い剣のように、私たちに襲いかかる。


 ヒュン!

 風を切る音と共に、探偵さんは手に持った焼き菓子を目にも見えない早さで振るう。


 ギンッ! 

 と金属質な音を立てて、影の触手が弾き飛ばされる。

 まるで魔法がかかっていくかのように、影はパッキーを折ることができない。


 無数に増える影の剣は、しかし私たちに近づくことが出来ない。その攻撃は縦横無尽に振るわれる細い焼き菓子によって全て阻まれていた。


「――どうも君たちは、随分とせっかちさんみたいだなぁ」


 薄く笑みを浮かべ、探偵さんは今までに倍する速度でパッキーを持つ手を振るった。

 ――刹那、風が斬れる音。


 パッキーは、ただのパッキーのまま――

 でも、影の塊に食い込んでゆくパッキーによって、それは真一文字に裂けた。


 光を放つことも、オーラを纏うこともない。

 ただ、パッキーが影を綺麗に分断していた。


 黒い液体のようなものが霧散し、

 煙のように地面へ溶けて消える。


「っ……!」


 その光景があまりにも冗談みたいで――

 でも、確かに影は消えていた。


「逃げられたか。結構厄介だね」


 探偵さんの視線の先には、融溶したアスファルトの小さな穴。

 

 私は言葉も出なかった。

 自分でも信じられないほど、緊張の糸が切れたのがわかる。

 路地裏に吹く風が、黒の残滓を吹きながしてゆく。


 そしてポッキーンと。

 探偵さんは、手に持ったパッキーを一口齧った。

 ――囓ったよ、この人っ!!


「……美味しいね、これ」


 ――ドン引きだ。

 ちょっとばっちくない? この人の衛生観念を小一時間問いただしたい!


「……探偵さん……今のは……」


「影を断っただけだよ。君が視た幻視――梓さんが光で射抜いた後、影は一瞬で消えたでしょ」


 ちょっと得意げな探偵さんに、私は指さして指摘した!


「そうじゃないっ!!」


 私の叫びに、探偵さんは間の抜けた顔を見せる。

 しばらく考え込んだ後、彼はポンと手を打った。


「なんだ、そういうことか」


「そういうことです!」


「欲しいなら素直に言ってくれればいいのに。

 やっぱりうら若い女性にはカロリーが気になるのかな?」


 いうが早いか、お口の中に甘い味が広がる。

 え? 私、パッキーくわえてる?


 口を動かすと、ポキリと口中のお菓子が折れる。

 しかも、これ三本まとめて入ってるよねっ!?

 一瞬で人の口にパッキー詰め込むとか、どんだけ早技よ!?


「……どう? 美味しい?」


 のほほんと聞いてくる探偵さん。


 ――バキバキボリボリムシャムシャ!

 口中の甘くて香ばしいお菓子をかみ砕き嚥下しながら、私は口を開く。


「そうじゃっ! ありませんっっ! あんな変な物に触ったパッキーを食べるとか、衛生観念どうなってんです、あなたは!!」


「うわ!? 怒られたよ? 命を助けてあげて美味しい物まであげたのに不条理っ!?」


 と、不条理の塊のような男は飄々と抗議の声を上げた。

 うん、落ち着こう。

 助けて貰ったのは間違いないんだし。


「ふぅー、いえすみません。助けて頂き、ありがとうございました……で今のは……逃げたって?」


「うん、本体は地下にいるんだろうね」


 逃げた……それじゃ、またアレが出てくるってこと!?


「恐らく、だけど梓さんは あの影を殺すために、千晶さんごと撃ったんだよ」


 私は、息が止まりそうになった。


「じゃあ……千晶ちゃんは……」


「……真弓くん」


 探偵さんは、珍しく優しい目でこちらを見た。


「千晶さんは、もう戻らない。梓さんの判断は正しい」


「……っ……」


「影に取り込まれた時点で、千晶さんはもう千晶さんじゃない。

 影の一部だ。だから彼女は、あそこで"殺された"」


 頭の奥がぎゅっと締め付けられる。


(……梓さんは……千晶ちゃんを……

 殺した……影を……千晶ちゃんごと……)


 でも――

 あの目は、泣いても笑ってもいなかった。

 梓さんは、迷ってなかった。

 ――あれは、覚悟を決めている人の目だ。


「じゃあ、送っていくよ」


「え……でも……」


「夜道は危ない。特に、この周辺は」


 探偵さんは黒いコートを翻し、歩き出した。


 私は慌てて後を追う。


 夜の通学路。

 昼間は見慣れた景色なのに、

 今は全てが違って見える。


 街灯の影。

 電柱の向こう。

 路地の奥。


 どこに、影が潜んでいてもおかしくない。


「……探偵さん」


「うん?」


「わたし……怖いです」


「そりゃそうだ。怖くて当然だよ」


 探偵さんは、軽い口調で答えた。


「でも、君は一人じゃない。僕がいる」


 その言葉に、少しだけ、胸の緊張が緩んだ。


 やがて、私の家が見えてきた。

 探偵さんは門の前で立ち止まった。


「ここまでだね」


「あの……ありがとうございました……」


「不安? 心配?」


「……はい」


「うん、だよね」


 探偵さんは私を見ると、いつものようにふわりと笑う。


「でも、大丈夫。いざとなったら助けに参上するからね」


「……いつでも?」


「いつでも。だって大切な依頼者で、相棒さんだからね、真弓くんは」


 探偵さんの言葉に心臓が早鐘を打つ。

 顔が赤くなっていくのがわかる。


「……はい」


 私は、なんだか妙な素直な返事を返してしまった。

 それは、それは不思議なほど温かかった。


「じゃあ、おやすみ。真弓くん」


 探偵さんは、軽く手を振って、夜の中へ消えていった。

 私は、しばらくその背中を見送っていた。


(うん、絶対に……負けない)


 色々奇妙なことが起こっている。

 でも、私はいつも全力だ。

 こんな変な出来事でも全力で駆け抜けてやる!


 玄関のドアを開けて、家に入る。

 いつもの、何気ない日常。

 でも、もう何も変わらない。


 私は、もう――引き返せない。

 部屋に戻り、ベッドに座る。

 ポケットには固い紙片。

 私は、探偵さんの名刺を手のひらに乗せて、じっと見つめた。


 変な名刺。

 でも、不思議と落ち着く。

 これは、私を守ってくれる。

 探偵さんが、守ってくれる。


(千晶ちゃん……何にも出来なくて、ごめんね……

 ……きっと本当のことを突き止めるから)


 そう決めた時、街の灯りが完全に夜へ沈んだ。

 長い、長い一日が終わった。

 でも、これは――始まりに過ぎない。


 そして、次の日がやってくる。

 それは更に加速する運命を私の前に運んできたのだった。


◇◇◇


これにて終焉の探偵、Chapter 4終了です。

いよいよ怪異も姿を見せ、世界は次第に歪んでゆきます。


次章第五章では、探索者たちに新たな仲間が。

事件の真相に、終焉を呼ぶものに次第に近づいてゆく第五章をお楽しみに!


ここまでの読了に感謝と、この先も読んで頂きたくお願いを。

そして応援の♡はいつでも、まとめてでも大歓迎です。

カクヨムコン参加作品ですので、☆での応援はとても嬉しきです!!




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