第23話 探偵と協力者 2

 公園の奥。

 街灯の下に置かれた段ボールの影が見えた瞬間、胸の奥がひゅっと熱くなった。


 ――いた。


 あの時と同じ場所。

 同じ姿勢で、同じようにパッキーを咥えている。

 ベンチに半分沈み込むように座って、風に揺れる黒いコートをまとったまま。


 相変わらず、パッキーが似合いすぎててちょっと笑いそうになる。

 ――って、今そんなこと考えてる場合じゃない!


「……あれが、そう?」


 久我さんが小さくつぶやく。

 声は驚きと、警戒と、分析の混ざった複雑な色をしていた。

 私はゆっくりと歩み寄り、息を整えて声をかけた。


「あの……探偵さん」


 探偵さんは、顔を上げた。

 その瞬間、世界の空気がすこしだけ柔らかくなった気がした。


「やあ、真弓くん。今日は大人の人を連れてきたんだね」


 パッキーを咥えたまま、当然のような口調だった。


「あ……はい。こちら、久我さんです」


「ああ、文芸部のOBの人ね……うん、どうも」


 探偵さんは軽く言って久我さん頭を下げる。

 ――あ、そういえば前に探偵さんに久我さんのこと話したっけ。

 ちゃんと覚えててくれたんだ。


「初めまして。探偵です。職業は……まあ、探偵だよ」


「ああ、どうも。久我です。……探偵、ってのは本名じゃないでしょう?」


 久我さんは丁寧だけど、どこか探るような声だった。

 探偵さんは、肩をすくめる。


「名前なんてものはね、呼びたいように呼ばれればいいのさ。それは記号でしかない訳だし。そうは思わないかな?」


「へえ……」


 久我さんが目を細めた。

 それは興味深い対象に出会ったときの表情だった。

 私たちの話を聞いてる時にも久我さんは時々こんな顔をする。


(あー、きっといいネタ見つけた、とか思ってるんだろうな-)


 二人の距離は近いわけでも、遠いわけでもない。

 けれど、そのあいだにある空気だけがどこか針のように鋭かった。

 探偵さんは、ふっと視線を私へ戻す。


「それで、今日はどうしたの? 調査の進展を聞きに来たのかな? 例の失踪事件の」


 その言葉が出た瞬間、久我さんの呼吸がわずかに止まった。


「……失踪事件。あなたはそれを調査していると?」


「真弓くんに依頼を受けたんでね」


「……失礼だが、可愛い後輩が得体の知れないホームレスに騙されているように見えるんだが?」


「いやいや、そう見えるよね、普通は」


 探偵さんは軽く言った。

 でもその言葉に、久我さんの瞳が冷たく光る。


「あなたは……本当のところ、何者なんです?」


 久我さんの声は静かだった。

 でも、言葉の端には確かな緊張が漂っていた。


 探偵さんは、答える代わりにパッキーを指先ではじいた。

 街灯の下で、それが小さく光る。


「僕はただの探偵だよ。君が思ってるより、ずっと普通のね」


「真弓ちゃんから聞いた話だと、とてもそうは思えませんけど?」


「普通じゃない人間なら、普通のふりくらいするものさ。でしょ?」


 その言葉に、空気が一瞬張り詰めた。


 久我さんは、ほんの一瞬だけ眉を動かした。

 気づかれない程度の、微細な反応。

 探偵さんはそれを見逃さず、ゆっくりと、しかし柔らかく笑った。


「まあまあ、そう警戒しないで。僕は真弓くんの味方だよ。

 そして、君が真弓くんの味方なら――たぶん僕たちは仲良くできる」


 そう言って、探偵さんは片手を差し出した。

 久我さんは、迷うようにその手を見る。


(……握る? 握らない?)


 私は息を止めてしまう。

 久我さんは、探偵さんの差し出した手をしばらく見つめていた。

 風が吹いて、街灯の下に落ちる三人の影が、ゆっくり揺れた。


「……分かりました。あなたが真弓ちゃんの味方なら、僕も協力します」


 そう言って、久我さんは探偵さんの手を握った。


 握手は、短かった。

 必要最低限の、形だけのような握手。

 でもその瞬間、胸の奥で何かがこすれるような音がした。


(……大丈夫、だよね?)


 探偵さんは、握られた手を軽く離すと、いつもの柔らかい笑顔に戻った。


「いいね。話が早いのは助かるよ。じゃあ、さっそく昨日の三人の行動を追ってみようか」


「……どうしてそれを?」


 3人の失踪がわかったのは今朝のことでは?

 私の疑問に探偵さんは苦笑いして答えた。


「失踪事件の解決も依頼されてるからね。当然ニュースや警察の動向くらいは調べるよ」


 もっともったいぶって種明かしをしたら、探偵っぽく見えるのかな、と探偵さんは笑う。


「こんな便利ものもの手に入れたことだしね!」


 そういって探偵さんは自慢げにスマホを取り出した。

 昨日は持ってなかったのに!?


「うん、何だか親切な人がくれたんだ。西口の方を歩いていたら、全身に入れ墨を入れた若い外人さんたちが倒れててね」


「はぁ……助けてあげたんですか?」


「いや、正確に言うといきなり殴りかかってきたんで、僕が上手くやったら勝手に倒れちゃった」


 ――親切な人? 上手くやったら?

 探偵さんの言葉を聞いた久我さんの表情が一気に引き締まる。


 違うんです、そうじゃなくてこの人はちょっとおかしいだけなんです、と思わず擁護の言葉が口をついて出そうになるが――。


「それと、そのスマホが繋がらないんだけど」


 久我さんの言葉に、探偵さんは我が意を得たりと言わんばかりに大きく頷く。


「いや、で、助けてあげようかな、と近くに行ったら何でもしますから許してくださいっていわれてね?」


 探偵さんは得意げに手にした四角い板を持ち上げた。


「なら、昨日真弓くんがもっていた、便利なそのスマホ? が欲しいといったらこれをくれたんだよ!!」


 満面の笑みを浮かべ、スマホをかざす探偵さん。

 ――それって……。


「普通に、強盗では?」


 久我さんがもっともなツッコミをいれる。


「さて、ここが相沢さんたち三人が最後に確認された場所だよ。どうせ警察はまだ動きが遅いだろうし、僕たちでできる範囲のことを先にやっておこう」


 探偵さんは久我さんの言葉が聞こえていなかったのように、スマホの画面を私たちに見せた。

 そこには昨日もみた警察の捜査日報の報告書が表示されいてた。


「ただ、これだと最後に確認されたのは駅前だとしかわかってない。街頭モニターもあるんだろうけど、確認中なんだろうね」


「多分、その三人の目的地ならわかりますよ」


 久我さんが目を細め、手にした自分のスマホを差し出した。


「少し調べてみたんです。三人のSNSを」


「SNS……?」


 探偵さんが興味深そうに首を傾げる。

 知ってはいるけどあまり詳しくはなさそうな反応だ。

 そうでしょうね、と思いながら私はその光景を見つめたのだった。


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