第22話 探偵と協力者
夕暮れの通学路は、いつもより静かに感じた。
部活を終えた生徒たちの声も、車の音も、どこか遠くに霞んでいる。
世界がゆっくり色を失っていくみたいで、胸の奥がざわざわした。
「……本当に、その探偵さんって人に会えるんだよね?」
隣を歩く久我さんが、少し控えめな声で聞いてきた。
記者としての好奇心ではなく、後輩を守りたいから確認している、そんな響きがあった。
こういう所、久我さんって自分を隠せない人だと思う。
先生もこういう所に惹かれたのかなぁ?
「はい。たぶん、今日も公園にいると思います」
自分の声が、思ったより小さくて驚いた。
さっきまで柳田先生の部屋で感じた不安が、まだ薄く残っている。
「真弓ちゃん、その……怖かったら無理にとは言わないよ?」
「いえ。大丈夫です。むしろ……会ったほうがいいと思うんです」
本当は、大丈夫なんて自信はなかった。
でも、久我さんをここまで連れてきたのは私だ。
ここで立ち止まるほうがよほど怖かった。
「うん……そうか」
久我さんは、それ以上何も言わなかった。
ただ、歩幅を私に合わせてくれる。
それだけで、足元の不安定さが少しだけ和らいだ。
公園へ続く道。
オレンジ色の光が沈んでいくと同時に、影が長く伸びていく。
影――
その言葉を思い浮かべた瞬間、胸がぎゅっと縮んだ。
千晶ちゃんを呑みこんだ、あの黒い揺らぎ。
地面が生き物みたいに脈打って、誰かを連れていくような感覚。
思い出すだけで息が詰まりそうになる。
やめてやめて、今は考えないでおこう。
「真弓ちゃん?」
「あ……すみません、ちょっと考えごとしてて」
久我さんがこちらを見る。
夕焼けのせいで、その横顔は柔らかく見えた。
「大丈夫だよ。僕も一緒だから」
その言葉に、身体の奥でひとつ小さな火が灯ったようにあたたかくなる。
それなのに、同時に別の不安も広がる。
(……久我さんと、探偵さん。二人が会ったら……どうなるんだろう)
探偵さんは不思議な人だ。
正体も目的も分からない。
けれど、怖いときには助けてくれる。
あの夜の、お姫様抱っこの感覚が、まだ手のひらに残っている。
――って、何考えてるの私!
探偵さんと久我さん、何だか相性悪そうなんだよね。
「もうすぐ着くよね。公園」
「はい。この先ですね……」
言いかけたとき、夕暮れの風が頬を撫でた。
ひんやりしていて、すこしだけ夜の匂いが混じっている。
私は息を整えて、一歩前に踏み出した。
(……行かなきゃ)
長く伸びた影を踏みしめながら、私は久我さんと並んで、公園へと向かった。
◇
公園の入口が見えた頃には、空はほとんど夜の色に変わっていた。
夕焼けが消えていくと、街のざわめきまでがどこか薄くなる。
光が減ると、世界は急に静けさのほうへ傾くんだ――そんなことを思った。
って、なんかポエムっぽいこと考えてる場合じゃないんだけど。
「……ここ、でいいの?」
久我さんが立ち止まり、公園の暗がりを見渡す。
灯りの弱い街灯。どこかで猫が見ている気配がする。
道を踏む自分たちの靴音だけが響いていた。
「探偵さん……いつもこの辺にいるんです」
そう言った瞬間、胸の奥がひゅっと締めつけられた。
期待と、不安と、後悔の混ざったような感覚。
(いるよね……? 本当に、いてくれるよね)
あの夜、助けてくれたときのように。
あの不思議な余裕のある笑顔で。
なにもかも軽く受け流すみたいに。
「……真弓ちゃん」
久我さんが、ためらいがちに声を落とした。
「その探偵って人、本当に信用して大丈夫なの?」
「え……?」
「いや、責めてるわけじゃないよ。ただ……」
久我さんは、公園の暗い草むらを見ながら言葉を探すように続ける。
「こんな連続失踪のさなかに、どこの誰かも分からない人物と個人的に関わってるって聞いたら……普通は心配するだろ?」
その言い方は責めるためじゃない。
本当に、私のためを思って言ってくれているのが分かる。
だからこそ、胸が痛くなった。
「……探偵さんは、悪い人じゃないです。むしろ――」
むしろ、助けてくれた。
あの夜、私が壊れそうだったとき、抱えて逃げてくれた。
理由の分からない優しさで、手を差し伸べてくれた。
その全部を言葉にできなくて、唇が震える。
「そう思えるなら、それでいいよ。――会えば分かるだろうしね」
久我さんの声は優しい。
でもその奥に、微かに探る響きがある。
(あ……久我さんは、探偵さんを疑ってる……)
それが、どうしようもなく怖くなった。
探偵さんは私を守ってくれた。
でも、久我さんは――私の日常側にいる優しさだった。
その二人が会う瞬間を思うと、喉の奥がきゅっと硬くなる。
「……大丈夫だよ」
言ったのは久我さんだった。
「もしその人が怪しいようなら、僕がちゃんと真弓ちゃんを守る。逆に、本当に君の味方なら……それも僕が確かめる」
そう言って笑う久我さんの横顔は、本当に頼もしく見えた。
「行こうか」
久我さんの声に、私は小さく頷いた。
暗がりの向こうへ踏み出すとき、胸の中心で、何かがそっと震えた。
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