わすれもの
リバー
第一話
少し寒い日だった。バス停には仲のよさそうな老夫婦。赤ん坊を抱きながら小さい息子の手を引く母親。参考書を呼んでいる真面目そうな女子高生がバスを待っている。列の最後尾にコートを羽織った男(桜井)が大きいボストンバックを持ちながら並んでいる。
到着時刻よりやや遅めに到着するバス。バスのドアが開き、次々に乗り込んでいく客に「遅れてしまってすみません」とフランクに謝る運転手。このバスはほぼ地元民が利用しているため、運転手と顔見知りの人も多い。桜井もバスに乗り込む。
運転手「遅れてしまってすみません。あれ? お客さんあまり見ない顔ですね。観光ですか?」
桜井「ま、まぁ…はい」
笑顔で返す運転手。そそくさと一番後ろの席に座る桜井。隣に置いたボストンバックを不安そうに見つめる桜井。手が震え、冷や汗が止まらない。一分一秒が長く感じる。
「次は○○駅。○○駅」と車内アナウンスが車内に響く。ハッとし、すぐさま停車ボタンを押す桜井。ボストンバックを座席の下に置き、バスを降りる。早歩きでその場を去ろうとする桜井。しかし、バスの運転手が「お客さん!」と桜井を呼び止める。桜井が持ち込んだボストンバックを持っていた。「お客さん!荷物忘れてるよ!」笑顔でボストンバックを桜井の元に届けようとする運転手。
「やめろ…。来るな……」
「え?」と立ち止まる運転手。バスの中にいる乗客も不審そうに外に顔を出す。瞬間、運転手が持っていたボストンバックが爆発する。バスが爆発の衝撃で横転する。桜井はただ立つばかり。自分が何に足を突っ込んでしまったのかを考えることしかできなかった。
横転したバスから自力で出てきた男の子。先ほど母親に手を引かれていた男の子だ。頭から血が出てる。服は焦げて、腕はあらぬ方向に曲がってる。泣いていないのは今起きている惨劇が理解できていないからだろう。か細い声で「助けてください」と桜井に助けを求める。ただ見ることしかできない。桜井も男の子同様に今の惨劇を理解するのに時間が掛かっている。否、理解したくないのだ。まさか自分がこの惨劇を引き起こしたのか? 先月までは家族と普通に暮らしていただけだったのに。俺は何に手を出してしまったんだ? 現実逃避をするにはもう遅い。あまりにも残酷な光景が眼前に広がる。澄んだ空気には似つかわない焦げ臭さ、ガソリンの臭い。そして鼻の奥にツンと響く血の臭い。
男の子は馬鹿の一つ覚えのように求め続ける。「助けて」と。桜井にはなにも聞こえない。聴こえない。自分の言葉がずっと頭の中で反響する。「金が必要なんだ」「こんなことになるなんて思わなかった」と誰に対して言っているかわらない言い訳を頭の中で言い続けた。桜井は逃げるしかなかった。気づいたらバスから逃げていた。その惨劇に、現実に、助けを求める自分の娘と年が違わないであろう男の子から逃げた。少しだけ後ろを振り向いた。弱々しく手を伸ばしている男の子が自分の娘と重なった。だが目を背けた。ひたすら逃げる。男の子は近くにいた通行人か住人か、ただの野次馬だったのかわからない女性に助けられている。「誰か、救急車を呼んで!」「やべぇ、めっちゃ事故」「初めて見た」「大丈夫ですか!?」救助しようとする素人同然の誰か。事故の惨状を写真に収め、よくわからない使命に駆り立てられている誰か。当事者じゃないのに悲劇を装う誰か。惨状がさらなる惨劇を招いた。しかし、その場にいる誰も知らない。バスから流れたガソリンに火が引火しそうなことを。
桜井はひたすら逃げ回って、気が付いたら路地裏で座っていた。気分がすこぶる悪かった。いいはずがない。そのまま嘔吐した。吐瀉物の中には今朝食べたパンが混ざっていた。食欲はなかったが、妻の茜から「何か食べたほうがいい」と言われ、とりあえず食べたパン。
タイミングを見計らったように着信音が鳴る。依頼主の「遺失」からの着信だ。
「ご苦労様です。残る依頼はあと1件です。よろしくお願いします」
桜井は考える。これは所謂、世間一般的に言うテロリストってやつだ。
貯金残高 \117.020.000
つづく
わすれもの リバー @fu_0888
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