【短編】貴女が可愛すぎるので、星よりも堅牢なドレスを織りました。 ~虚弱な深窓の令嬢は、レースの要塞で無双する(本人は気づいてない)~
malka
第1話 『銀河を縫う指先』
「きついのは嫌でしょう? だから、じっとしていてね」
震える新雪のように白い肌の背中に、冷たいメジャーを這わせる。
でも。ふふ、これは形だけ。
だって、こんなものなくても私の、灼熱の金の瞳は一瞥しただけで服の上からでも正確に。
それこそ体内の状態まで、計測できる。
そもそも。
この私が、リラの体型を一瞬たりとも分からなくなるなんて、ありえない。
だからそう、これは儀式。
私の指先が、この世で最も尊い硝子細工に触れて、その息遣いを、心地よい滑らかさを、感じるための。
「ん……くすぐったい、わ。ラズリ」
吐息のような声。唇から零れたその音が、私の鼓膜を甘く震わせ、脳髄を直接撫で回す。
ああ、愛おしい。狂おしい程に。思わず食べてしまいたくなるほどに。
目の前に立つのは、私のリラ。私だけの、リラ。
月光を紡いで織り上げたようなプラチナシルバーの髪は、窓から差し込む陽光に透けて今にも光の粒子になって消えてしまいそう。ペールパープルの瞳は、どこか夢見がちで、欲深い人間どもの汚濁がその瞳に映る事は私が断じて許さない。
「動かないで。……サイズが変わってしまう」
嘘。
変わるわけがない。毎日、毎分、毎秒、貴女を見つめている私は既に、織り上げるべきドレスのサイズなんてわかってる。
けれど。
背中から、今度は前へ。私は慰撫するように、彼女の華奢な鎖骨に指を滑らせた。
もし、その存在を知る者があれば、彼女は『生きているだけで奇跡』と呼ばれる。
虚弱な少女。
肉体に見かけの欠陥があるわけではない、むしろ神の寵愛を一身に受けた白雪のような儚い美貌は、女神が裸足で逃げ出すこと間違いなし。
けれど、この地に満ち、この地の星の、全てを創る魔力と触れ合う負荷で。たとえほんの僅かであろうと。彼女の身体はそれこそ吐息に吹かれた粉雪のように、さらさらと、己を構成する魔力を吹き散らされて、消えていってしまう。
そういう、特質。
この地に生きる事を、許されない、特異体質。
世界から、この星の創造神から、見放された異端の美少女。
「ひゃぅ……」
「いい子。そのままで」
血管が透けるほど薄い、淡雪が薄い氷膜に変じたような肌。
そこに私の、黒いレースの手袋に覆われた指が這いまわる、背徳的なコントラスト。
後ろめたい幸福感に、唇が緩みそうになる。
日々の重力すらも彼女には過度な負担。
王侯貴族向けのシルクですらも、私に言わせればあまりに平凡な、『普通の荒い生地』。
人の世で手に入るような絨毯では彼女の桃のように繊細で、瑞々しく、柔らかな足裏を支えるには不適格。
だから私は、常に微弱な重力魔法で彼女を包み込み、全ての負荷を跳ね除ける。
それは足裏すらも例外ではなく、常にわずかに、人の目には見えないほどわずかに。浮かんでいる。
『天の川の主』。夜空の星々を統べる神話級の天竜たる私になら造作もない事。
「ねぇ、そこは恥ずかしいから……だめよ、ね?」
恥じらいに桜色に染まるリラ。上目遣いに私を見上げる、潤いを帯びた瞳の破壊力ときたら。
内股へと伸びかけた私の指が、虚空を彷徨う。
あぁ、あぁ、いけない。溢れ(あふれ)出してしまう、漏れ出してしまう。
深紅のコルセットで無理やり人の形に押さえつけてある私の本質が。
この星すら指先一つで消し飛ばす、私の本体が。
必死で押さえつける。
「……ラズリ? 苦しいの?」
心配そうな声に、また一つ私の理性のタガが外れかける。
慌てて瞼(まぶた)を閉じる。
見せてはいけない。今の私の、爬虫類のように縦に裂けた瞳孔を。
欲望に歪んだ、醜い眼差しを。
「いいえ。……ただ、貴女が美しすぎて、目が眩んだだけ」
「もう、ラズリはいつも冗談ばっかり。美しいのは貴女でしょう? こんな……私の貧相な身体なんて」
大きく息を吐き出し、コルセットの締め付けをきつく意識する。
物理的な締め付けが、理性を繋ぎ止める楔になる。
「ほら、息が苦しそう。きっと、大きなお胸なのに、お腹をそんなにきつく締めつけているからよ?」
「それは関係ないよ、大丈夫」
ええ、それは本当に関係ないの。
愛おしいリラを、このまま飲み込んでしまいたいという捕食者の本能的欲求が、喉の奥で焼けるように暴れている。ブレスにして吐き出してしまえば楽になるけれど……だめよ、そんなことをしたら星がいくつ消え去るか分かったものじゃない。
「じゃあ、すぐに仕上げてくるから少しだけ待っていてね。いつもの御紅茶を入れてあげる」
「綺麗な花びらを浮かべてね!」
「ええ、もちろん。今日はビオラにしましょう。貴女の瞳の色にとっても合う、綺麗な花びらよ」
「素敵♪」
今朝焼いておいたレモンのパウンドケーキを添えて、ティーテーブルをセッティング。
「だめよ、ケーキは一緒に食べるの。お紅茶を戴いて待っているから、早くね!」
本当に可愛くて、いじらしくて、愛おしい。
私だけのリラ。
◇ ◇ ◇
『仕立て屋ラズリの秘密工房』
なんて、可愛らしい文字で書かれた看板のかかる別室へと入る私。
リラが一生懸命、私に文字の教えを請いながら書いてくれた、扉札。
リラを待たせてはいけない。手早く、けれど私の全てを込めて仕立て上げなければ。
がらんどうの部屋の中。リラにすら立ち入ることを許していない、私のこの地での部屋。
中に入った私は、拘束具でもあるコルセットドレスを脱ぎ捨てる。
深紅のコルセットに、スリット入りのロングスカート。
ガーターベルトで固定された『無数の針』と『裁ち鋏』はいざというときの、『お直し』用。
まあ、この地の物如きが私の仕立てたドレスを害する事などできるはずも無し。
もはやリラのための、私を『仕立て屋の私』として見せるための小道具ね。
さあ、やりましょう。
今までの飾り立てるだけのドレスとは違う。
今日はいよいよ、『特別なドレス』を仕立てる日。
リラの自由を求めて外に旅立つ、そのためのドレス。
これからは、そんな特別なドレスをたくさん仕立てていかないと……そんな一着目。
もう、デザインは決めてある。
自由を取り戻した私は星の海を渡る、転移の魔法を発動する。
瞬きの間。
ここは星々が私が定める秩序に従う、宙の果て。
星々すら呑み込む天竜の身へと戻った私が練り上げる、天の魔力。
流星は私の針。無数の星が縦横無尽に宙を舞う。
天の魔力が紡ぎだす深淵の糸が、星の交差に編み上げられていく。
この身を成す鱗を、血潮を、涙の雫を、そっと織り交ぜ紡ぎだされる、太陽よりも大きな、とっておきのドレス。
「いい出来」
満足した私は、ぎゅーっとぎゅーっと。今度は、ドレスを小さく小さく。
何よりも、この世界よりも愛おしい、儚い少女の。今のこの身体には豆粒よりも小さな体に合わせて、小さく小さく。
ぎゅっと小さく、圧縮する、調整する。
◇ ◇ ◇
――「さあ、できたわ。……目を開けてごらん、リラ」
工房の扉をそっと閉め、リラの待つダイニングへと、うきうき踊り出る私。
スキップなんてしたら、この星が割れてしまうから、そっと、そーっと、優しくね。
そっと覆いをとったトルソーにかかる、純白のドレス。
パーっと華やぐ、リラのお顔。
サクランボのような唇がそっとほころぶ。
「まぁ、まぁまぁまぁ、素敵。素敵よラズリ! 今日のドレス、なんて軽やかで、繊細なの♪ 光を透かす貴女の毛先のように美しいわ!!」
「そんな風に言ってくれるのは貴女だけよ?」
まあ、そもそも? 私の織り上げるドレスを見る事を、リラ以外に許す事なんてなかったのですけれどね?
この地から私の瞳で見上げる宙のように、青い色を帯びた漆黒の髪。毛先に行くほど、水晶のように透明になる私の髪。青や紫に煌くその毛先は私も気に入っている。なにせ、少しでもリラに似せたくて、彼女の瞳の色を想ってこの『人の身体』を構成したのだから。
「『天使の産衣』そう名付けたわ。ささ、着てみましょう」
一見すれば、何の変哲もない純白のドレス。
最高級シルクオーガンジーなんて、人が見たらいうのかしら? 幾重にも重ねた、ふんわりとしたエンパイアラインのティアードドレス。色はリラと同じ『純潔の白』のみ。
天の魔力を凝縮した純白の白糸と、私の涙の雫から削り出した輝く宝石だけで、星々に織り上げさせた、百合の透かし刺繍入りの生地。
この地の魔力を一滴たりとも含まない、『リラが着る事ができる』、私だけが織り上げられるドレスがまた一着生まれた。
「軽い……まるで、綿菓子みたい」
リラが目を輝かせ、ふらふらと(もちろん、足は浮いているけれど)ドレスに歩み寄り、手を触れる。
華奢な指先が、フリルを愛撫するようになぞる。
あぁ、その触れる指先を見つめるだけで、ぞくぞくと私の肌に甘い痺れが走る。
「ええ。貴女の肌に、重さなんて感じさせないわ」
「ありがとう、ラズリ! 今日のドレスも、最高に可愛いわ!」
その笑顔を守るためなら、星々だって、織り機の代わりに使ってあげる。
今日のドレスはいつもよりも『特別』なのだけれどね? けれど、ええ、リラ。貴女がそんなことを気にする必要はないのだわ。
「さあ、着替えてみましょう? リボンを結んであげる」
私は、この後の『お着替え』への期待に震える手を隠して、彼女の背中に回った。
※※※ ※※※ 作者後書き ※※※ ※※※
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
本作は3話で完結します。
続きが気になる方、是非、作品フォローをいただけますと幸いです。
12月中に合計8作品の短編百合物語を投稿いたします。
お勧め百合長編作品、同時執筆/投稿! 是非ご覧ください
【創造の魔女は美少女人形と同調する ~こっそり安楽椅子冒険者をしていたら聖女に推挙されてしまいました~】
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