第7話  知らぬ間に “最高負荷” 修行

 世の一般的な魔導師修行は、幼い魔力持ちの子供たちが、ひたすら己の魔力量を増やすところから始まる。彼らは皆、魔力持ちの母親から生まれた子供たちだ。


 魔導師の卵たる彼らが最初の目標として目指すのが ”魔力放射”。

しかし、この地味で退屈な修行に耐えられず、脱落する子は珍しくないし、修行を重ねても必要な魔力量に達せず、魔力の体外放射が出来ぬまま脱落する子も多い。


 何とか魔力放射に成功したとしても、とにかくカツカツの保有魔力を限界まで振り絞っての挑戦場面では、成功と同時に魔力枯渇のために失神というのが、修行の恒例行事となっていた。


 魔力放射に成功すると、次の目標は魔法発動に必要な魔力量となる。

依然、修行は続く。そうして必要な魔力量に達して、指導者の導きにより体外放射した魔力を “火球” に変換出来れば、晴れて火魔法使い、すなわち第一階梯魔導師となるわけである。

 もちろん、最後の難関である魔力変換がうまく行かず、挫折する子も多い。


 魔導師の世界では、15歳の成人までに魔法発動が出来なければ見放される。

必要な魔力量または、魔法発動のセンスが無いと判断されるのだ。

 そして、無情にも魔導師への門は閉ざされてしまう。


 この狭き門を通過して第一階梯となった新人魔導師達の修行は、その後も続く。

ただし、既に魔力消費の多い魔法を放てるようになっているため、それまでの様に、うんざりしながら延々魔力循環を行う苦行からは解放されている。


 人により多少の差はあるが、次の第二階梯に達するのが、おおよそ20代半ば。

そして、魔導師の最上位とされ、全魔導師の中でもほんの一握りの者しか到達出来ない第三階梯に至るのが40歳前後というのが、世の魔導師の階梯上昇ペースである。


 この様な世界でレオは、例外という言葉もはばかられる異常なペースで魔力量を増大させており、9歳の時点で既に、第二階梯魔導師に相当する魔力量となっていた。


 世の魔導師が20代半ばで到達する領域に9歳で達していたのだ。

魔法発動すら可能なその余裕の魔力量は、体外放射など造作も無かったのである。


 貴族家出身者が普通で、あまりにも特権階級化し過ぎた、この世界の魔導師たちは、魔素の希薄な都市部に集中した結果、魔力の強大化に失敗した。


 他方で、魔素の濃い辺境の地で幸運にも魔力持ちとなった者たちは、魔力に関する情報に触れる機会に恵まれず、せっかく得た魔力を育てる事が出来なかった。


 そうした中、濃厚な魔素の漂う開拓村で魔力持ちとなったレオは、様々な偶然や地道な努力、それに地頭の良さもあって、魔力を完全に使い果たしては、そこから全回復させるという “最高負荷” 修行を “毎日” 繰り返していたのである。


 それは、誇張抜きで “人類最速” ペースでの魔力増加だった。


 考えてみれば、これは実にとんでもない話なのだ。


 レオは濃厚な魔素の中で乳児期を過ごし、魔物同様に体内魔石を獲得した。


 開拓村での生活は、魔物には真似の出来ない、人の集団の中でのみ可能な武術鍛錬を通じて、身体強化を洗練させる機会を与えてくれた。


 さらに、これまた森の魔物たちには絶対に望むべくもない、安全な場所で魔力を使い果たして眠りに就くという贅沢も手にしていた。


 そして、仕上げは魔物たちと同様、魔の森の濃厚な魔素を全身に浴び、たった一晩で魔力を全回復である。


 本当に、人と魔物の良いとこ取りだ。他の魔導師や森の魔物からすれば「狡い!」と非難したくなるような修行の日々であった。


 しかし、レオの常識外れの修行が彼にもたらした真に驚嘆すべき奇跡は、実のところこれだけでは無かったのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 濃厚な魔素が漂う魔の森での “修行” は、レオの魔力保有量、すなわち体内魔石を超速のペースで成長させていたが、それは、魔石獲得におけるゴールデンタイムとして乳児期がある様に、魔石成長にも存在するゴールデンタイムに、見事なほどジャストミートしていたのである。


 レオは、単に魔導師として高速成長していただけではなく、世の魔導師が生涯を懸けても絶対に到達出来なかった “高み” に手が届こうとしていたのだ。


 これこそ、国の魔導師の頂点である宮廷魔導師団の団長でさえ、第三階梯止まりであり、第三階梯こそ魔導師の頂点と、誰もが信じて疑わなかったこの世界において、

“超越者” と呼ばれる高みに達したレオの修行物語だったのである。


 そんな事とは露知らず、体内魔石をせっせと育て、着実に魔力保有量を増やしていたレオだったが、自分が魔法使い、すなわち魔導師になれるなどとは想像すらしていなかった。魔力放射が魔法発動の “一歩手前” だとは、知るよしも無かったのだ。

 まあ、師匠もおらず、世間からも隔絶した辺境の村では仕方のない話であった。


 かくして、レオはこの魔力放射、すなわち魔力波に関しても我流で洗練させてゆく事になった。武術鍛錬を通じた身体強化の時とまったく同じ流れである。


 普通の魔導師の場合、魔力の体外放射は魔法発動のための通過点に過ぎない。

魔法発動に成功すれば、誰も魔力放射などしないし、興味も覚えない。


 そんな事をするのは、莫大な魔力を持ちながら魔法を放てない魔物、すなわち異常種くらいのものなのだ。そうした異常種は、相手を威嚇するためか、はたまた単に怒りにまかせて、魔力を放射しているだけなのだ。


 それは、芸の無い全方位に向けた魔力放射であり、魔力波を浴びせられる側からすれば、よほど近くにいる場合でない限り、希薄な魔力波に過ぎない。


 しかし、レオは違った。

初回こそ、うっかり全方位に放ってしまったが、その後は、槍や矢のイメージに基づいた、指向性のある鋭いビーム状の魔力波を、ひたすら追い求めたのである。


 そして、そうした魔力波が魔物に対して有効だと知る事により、益々磨きをかけて行く事になる。魔の森の中で十分に通用する、即射性と衝撃力を目指しながら。


 レオの魔力総量は、魔の森の深奥に君臨する真性の化け物たちには、遠く及ばなかったものの、そうした化け物の魔力波が全方位に放射されるのに対し、狙った目標に対してビーム状に放たれるレオの魔力波は、遙かに高密度だった。


 その結果、レオは標的とする魔物に離れた位置から、有効なダメージを与える事が出来たし、当然の事ながら、魔力波の発動時には詠唱などというものは存在しなかったのである。これは、後にレオに多大なアドバンテージをもたらす事になる。


 やがて、階梯というレオの魔力の格が上がり、魔力保有量も増えるに従い、レオの放つ魔力波は、多くの異常種をも凌駕する人外のレベルに達する事になる。


 莫大な魔力量と魔力の精密制御能力を体得していながら、魔法が使えないという、何とも奇妙で不思議な存在。本当に、魔法発動まで、あと一歩だったのである。


 まあ、レオは後に巡り会う魔法の師によって導かれ、あっさりと魔導師として開眼する事になる。ただし、それはまだ未来の話。

当時のレオは、昼は農作業や身体強化を織り交ぜた武術鍛錬で汗を流し、夜はベッドの中で魔力放射と魔力循環を経て、寝落ちするという毎日を繰り返すのみだった。


 こうして、本人的には至って平凡な田舎の開拓村での生活。

魔導師界隈の者から見れば、まさに非凡の極みといった日々を過ごすうち、10歳となったレオは開拓村で生きてゆくのに相応ふさわしい戦闘力を身につけていった。


 村の大人たちとの魔物狩りでも着実に経験を積み重ね、魔物への恐怖も少しずつ薄れていった。

 魔物との危険な闘いが、ありふれた日常となりつつあったそんなある日、そいつは現れた。

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魔石の力で生き抜け @cat-12kg

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