19・きみの献身ときみの策略
「
胸に顔を埋め、しがみつくように甘えてくる。よほど緊張したのだろう。とりあえず頭を撫でてあげる。
「えらいですね、直央さん。ちゃんと頑張ったんですね」
「うん……ああ……やっぱり本物の宵子の方が癒されるよ……」
──本物?
わたしはぴたりと手を止めた。甘やかしモードが一瞬で吹き飛ぶ。
「直央さん?」
わたしは上目遣いで、ほんのり怒気を含ませながら尋ねる。
「本物、とはどういう意味ですか?」
目の前の夫の顔色がみるみる悪くなる。
「あっ、いや、その……ち、ちが……いや違わなくて……その……あわわ……」
視線が泳ぐ。明らかに怪しい。
「説明してください」
そう静かに促すと、直央さんは観念したように肩を落としぽつりぽつりと白状し始めた。
「……ど、どうせおれなんかの発表は失敗するんだって……そう思ったら……緊張して……。だから……きみの写真を見て、落ち着こうと思って……」
「写真? スマホの中に入っているやつですか?」
問い詰めると、直央さんの目がさらに激しく泳ぎ始めた。
「いや……その……えっと……スマホじゃなくて……」
「じゃあ何ですか?」
「…………現像した」
「……はい?」
「現像したんだ……きみの……寝顔の写真を……」
わたしは数秒、固まった。
──寝顔?
「寝顔の写真だなんて聞いてません! いつ撮ったんですかそれ! 恥ずかしい! 盗撮ですよ!」
思わず語気が強くなった。すると直央さんは途端に涙目になり、震え始める。
「と、盗撮って……きみまで
「なんでそこで
重要なのはそこなのに、直央さんはもう完全にパニックに陥っている。
「いやだ……別れたくない……刑務所に入ったとしても離婚届には絶対にサインしないから……宵子はおれの妻で……おれは宵子の……うぅ……」
ああ、これは駄目だ。完全に“離婚妄想ループ”に入っている。
仕方なくわたしは直央さんをぎゅっと抱きしめ、落ち着かせることにした。
「直央さん。もし直央さんが捕まっても、わたしは毎日面会に行きますよ」
「……え?」
「わたしはあなたを愛してますからね」
涙で濡れた顔を上げ、直央さんがぽかんとする。
よし、少し落ち着いたみたい。……さて問題は現像された寝顔写真である。
どうやって自然に回収するか。処分してもらうか、せめてわたしの管理下に置くか……。
甘えてくる夫の背中を撫でながら、わたしは密かに作戦を練り始めるのだった。
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