第17話 聖女の覚醒と、儀式の光
シルヴィアは、聖典の記述に従い、公爵家が所有する広大な領地の奥深くにある**「精霊の聖域」**へと足を踏み入れた。そこは、太古の木々が生い茂り、外の世界から完全に隔絶された、神聖な場所であった。
彼女は、ここで三日三晩、「無償の愛による救済」という聖典の条件を満たすべく、祈りを捧げることになっていた。しかし、彼女の心は、期待よりも不安と、過去の絶望に支配されていた。
(もし、わたくしが真の聖女でなかったら? 王国の未来を守るという、最後の義務すら果たせなかったら、父や兄の静かなる努力を、無駄にしてしまう)
王太子ルドヴィクに与えられた**「冷たい女」「愛のない女」という言葉は、今なお、シルヴィアの心を呪縛していた。彼女は、愛を信じられなくなった自分自身が、聖女の条件である「無償の愛」**を満たせるのか、深い疑問を抱いていた。
儀式の開始を告げる鐘の音が、静かな森に響き渡った直後、シルヴィアの前に、兄ガブリエルの使いが現れた。
「シルヴィア様。公爵様からです」
使者が差し出した文書には、父カール公爵の冷徹な筆跡で、最新の王宮情勢が記されていた。
王妃派は我々の行動を悪宣伝し、貴族間の分断が深まっている。そして、隣国は国境線で不穏な動きを見せ始めた。我々は、貴女がその真の力を開花させるための時間を稼いでいる。 王国と我々家族の安寧は、貴女自身の内なる声にかかっている。焦る必要はない。
これは、「失敗しても構わない、家族が守る」という無償の愛と、「しかし、この困難な現状を終わらせるには、貴女の覚醒が必要だ」という静かな信頼を同時に伝えるメッセージであった。シルヴィアの背中にのしかかる重圧は、**「義務」ではなく、「期待」**へと変わった。
シルヴィアは、冷たい岩の上に座り、飢えと寒さ、そして精神的な重圧に耐えながら、祈りを始めた。彼女が祈るほどに、過去の屈辱、ルドヴィクの裏切り、リーゼの憎悪が、暗い影となって心に押し寄せてきた。
「なぜ、わたくしだけが、全てを背負わなければならないのですか」
その絶望の淵で、彼女の銀の髪が、まるで森の月光を集めたかのように、青白く輝き始めた。
三日目の朝。夜明けとともに、シルヴィアの身体を、激しい痛みが襲った。それは、彼女が長年、感情を抑えつけてきた「鉄の仮面」が、内側から引き剥がされるかのような、耐え難い苦痛であった。
痛みが頂点に達したとき、シルヴィアのエメラルドの瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。それは、悲しみの涙ではなく、過去の自分との訣別を意味する、清浄な雫であった。
彼女の身体は、聖域の光の中で、銀色の神秘的な光に包まれた。儀式は完了したが、彼女の力の全てはまだ目覚めていない。
シルヴィアは立ち上がった。その顔は、以前の冷徹な仮面ではなく、圧倒的な慈悲と、すべてを見通す強さを秘めた、真の聖女の表情に変わっていた。
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