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 その日も何時ものように仕事帰りに空を見上げるととても綺麗な雲の隙間が十字の形を形成して、そこから陽の光が降り注いでいたので写真を撮り、帰宅して晩飯を終えた後、晩酌しながら過去の写真の整理を含め、様々な日輪の十字を眺めていると…違和感というか異質な写真が1枚、俺の目に止まった。


 その写真は、いつもより分厚い雲が不可解に十字の隙間を綺麗に作っており、そこから注がれた日の光がいつも以上に強くて、光の差した場所が燃え上がるのではと有りもしない不安に掻き立てられなが連写していた記憶の筈だったが、その内の1枚になんというか本当に自然の産物なのかと疑ってしまう程の異質な雰囲気を醸し出していた。


 それは、雲の隙間から溢れ出ている日の光で作られた十字の中に、それまた十字の形を司る形をした黒い影がそのまま空に吸われていく様な光景が写されていたのである。


 その影もまた人が丁度磔にされた形を成していたので余計に不気味さを醸し出していたのもあったのか、俺はその写真だけは破り捨てるか燃やすか悩んでいたものの、もしこれを捨てたら何かしらの呪いや不運に脅かされてしまうのではないかという不安が募ってしまい、そのままその日に撮った写真と共に放置していた事をすっかり忘れてしまっていたのだ。


 見てしまったものは仕方ないと思い、その写真を深々と観察する。


 人影も何処か影というより焼け焦げた姿といった方が妙にしっくりとくるような気持ちの悪い黒を放っているのが不気味さと見てる側に不安を募らせる画に鳥肌と背筋が震えてしまう。

  

 そういえば、ここの周辺で変なボヤ騒ぎが起きていた事を思いだす。


 そのボヤ騒ぎというのも中々奇っ怪で、偶々現場近くを覗いていた友人曰く、「周囲は少し広い土地で、燃える原因も見受けられいうえに、そもそも火が回るような建物も無く、傍から見ても何処が火事現場なのかと疑問を呈する状況で、煙も火柱も上がっていなかったのにも関わらず、異常な数のパトカーや消防車が沢山到着していた。しかもその現場をまるで車で隠すように車を広場の周囲に停めて野次馬を完全に遮断させていたからなんか見られちゃいけないものでもあるのかと皆不安がってたよ。結局乾燥による小さいボヤって説明されたけどそんなボヤ程度の騒ぎにこんなパトカー約10台も来て、消防車や救急車も沢山来てって明らかにおかしすぎるよな?」と語っていたものの、その騒ぎとこの写真の関連性なんて微塵も思っておらずにいたが、写真を見ると現場と異様な十字と黒影の写された場所が一致しているのを今、俺は気づいてしまって緊張で心臓の鼓動が高鳴っていくのが感じ取れてしまう。


 そして、一度気になると確認しないとどうにも釈然としないというか悶々としてしまうというか…すっきりとしない気持ちがドロっと体の裏側に貼り付いてしまい、これを払拭させるにはせめて現場に向かわなければ…と飲んでいたお酒の酔いの勢いで厚着に着替え、寒い中例の現場へ赴くこととなった。


 現場に居合わせた知り合いに急遽連絡し、俺に文句を垂れながらも一緒に向かうと、現場はもう整地されていて当時に騒ぎの後が完璧に消されている事が伺えた。


 夜なのでライトを付けながら何かないかと探し回ったものの、今更真新しい発見などある筈も無く…。


 結局そのまま友人の家で漸く何故俺がここに来たかという理由を告げ、勿論例の写真も見せたが当然何かのフェイク写真ではないかと疑われ、挙句に「酔っ払って判断能力失ってるんじゃないか、俺だから言いが本当ならいきなり呼び出されたら迷惑ってもんだぞ。」と説教されてしまうが、こちらとしてもフェイクではないと連写した他の写真を見せたりしていると、必死に語っている態度にどうやら嘘はついていないと態度を軟化してくれたが、それでも写真の中身に関してはカラスではないかとか、レンズノ汚れではないか等の様々な仮説を唱えてみるものの…結局は結論は出ずに2人で酒を飲みながら一晩を過ごすこととなった…。


 翌日、目を覚ますと友人は居らず、俺は家の中をくまなく探したが見つからず…俺は買い物でも行ったのかと二日酔いを覚ます為にも少しの間帰宅を待つ事とした。


 しかし、1時間待てど2時間待てど…帰宅してこず、何処まで買い物に行っているんだと帰れない俺は苛ついて携帯を掛けるも出ない。


 何なんだ…?と不満に駆られ、仕方なく外に出て周囲を見回る事にした。


 だが遠目に見ても友人の気配や影は見当たらない。


 俺もどのタイミングで帰ろうかと模索していた時…ふと、何気なく空を眺めた。

 

 それは本当に意識的な行動ではなく、無意識に…謂わば何時もの癖でつい空を見てしまっただけだったのだが…。


 雲が空を覆っている。


 それは別におかしいことでも何でもなく、この地球で起きる当たり前の自然現象である。


 だが…雲に隙間が出来ていた。


 十字の隙間が出来ていた。


 ただ、それも自然が起こす偶然の産物で何時も何時も俺が見かけていた光景であり、本来なら別に何のおかしい所も見受けられない日常の一端であるはずだ。


 十字の隙間からは日の光が降り注ぎ、日輪の十字が形成されていたが、別にそれも何のおかしくもない。


 しかし…俺は恐怖してしまった。


 日輪の十字の光芒に…黒い十字の影が見受けられた。


 更に最悪な事に、写真とは違いその正体を近くで見てしまった…。


 人間だった。


 しかも丸焼きに焼け焦げた人間が首をだらんと垂れ下がり、身体を十字のポーズ…磔にされた死体の様な姿で光の十字の中を吸い寄せられる様に空へ向かっていっていた。


 そしてより最悪な状態なんだと察した。


 黒焦げの磔にされていたのは…友人であったからだ。


 黒焦げだったが何故かあれが友人だというのは何故か理解でき、それが余計に恐怖を掻き立てた。


  俺は急いでその場を離れた。


 助けるとか人を呼ぶとかそんな余裕はその時にはなかった。


 俺は友人の家へ避難した。


 汗が止まらない。


 しどろもどろに手に取ったタオルで汗を拭うが、永遠と言わんばかりに汗が止まらない。


 何故友人なんだ…何をしたんだ…というかあの十字は唯の隙間から放たれた日の光ではないのか!?


 十字だってそうだ…!あれも唯の自然現象で生まれた偶然あの形の隙間ができただけなのではないのか!


 俺は何も出来ず…何も考えられず友人の家で只々、蹲り震えていた。


 汗が止まらない。


 汗が止まら…ない?


 恐怖と焦り…それに緊張が起こしている汗ではないのか?


 いや…暑いんだ。


 寒い秋風が戦ぐ季節の筈なのに…蒸し暑い。


 夏の暑さと対して変わらない温度だ。


 何が起きているんだ…!。


 蒸し暑い…サウナかと謂わんばかりに…。


 この暑さなら何かしらこの家の中にも影響が出てくると思われたが…何にも起きていない。


 家具がショートしている風には見えないし、他の部位もいつもと変わらない…更に異常な光景に気付き、余計に俺は何が起きているのか分からず脳が混乱する。


 ガラス窓についてる霜が…溶けていなかったのだ。


 この暑さなら、溶けて液体となりそのまま重力に従って滴る筈なのに…溶けていない。


 家の中どころか外も何の異常も起きていない…にも関わらず暑さに悶えているのは俺だけだ。


 暑い…皮膚が…皮膚が焼ける…。


 ひどく焼ける。


 じゅうじゅうと皮膚が焼けてくる。


 暑い…暑い…あつい…熱い…。


 獄炎の中に入り込んでいるかのような熱さ…。


 燃える熱さ…苦しい…痛い…熱い…熱い…熱い…。


 焼ける音が耳に入ってくる…いや、耳の中もやけてしまっている。


 身体中に肉を焦がした鼻につく臭いが全身を駆け巡る…。


 脳にすら充満している気がして余計に気持ち悪くなる。


 それでも…熱い。


 焦げる臭いが…俺は吐いた。


 嘔吐物は…そのまま床に落ちていった。


 もしこの熱さが周囲にも及ぼしてるなら嘔吐物が焼ける筈なのだが…そんな様子はない。


 俺は混乱を覚え、熱さに悶えながら急いで外に出る。


 朝の肌寒い季節の筈なのに、冷たい風は俺を撫でてくれもしない。


 俺の肌を見ると焦げた臭いが充満していて、手足の感覚も無くなってきていた。


 周囲に人はいない…それが偶然なのか何か得体の知れない力が働いているのかは定かではない…。


 それでも俺は何処か…何処かに助けを求めようとするも足が勝手にとある場所に向かおうとする。


 もしかしたら本能が勝手に広い場所へ向かわなければと命令しているのかもしれない。


 だが最低でも俺が意図的に足を例の広場に…向かっていった。


 熱い…助けて…これしかもう脳がこの言葉に支配されていく。


 そして…俺は例の現場の広場に着くと同時に力尽きその場で倒れてしまう。


 空が見える。


 雲がまばらに漂っている。


 だけど俺の真上の雲は違った。


 縦と横の棒状の形を作り上げている。


 …十字だ。


 十字の隙間が現れている。


 そこに、太陽の光が俺に差し込む。


 熱い…。


 光が俺に注がれる。


 熱い…熱い…身体が…燃える…。


 目が痛い。


 視界が溶けてゆく…。


 いや、俺の目が熱で溶けているんだ。


 最後に…最後にせめて空を…あの十字の隙間から刺す光の中を…覗いて死にたい…そう俺は思い、溶け出し暗くなる視界と鼻に残る焼け焦げた臭いに死を実感しながら光の先を何とか見ようと藻掻いた。


 光の先…光の先…宇宙に存在する自然を超越した日輪様の光芒が俺を包んでくれている。


 自然の恩恵を死にながら身に感じる。


 これはきっと天に召される神のお迎えだったんだ。


 だから神秘的なんだ。


 歪と思われていた趣味はやはり何かしらの啓示だったのかもしれない。


 俺は感謝をした。


 熱く死に果てる身体と精神と意識に苛まれながらも…俺は感謝した。


 しかし、俺は見た…見てしまった。


 十字の雲の隙間にいた恐ろしい存在が覗いていたことを…。

 

 その姿を見た瞬間に俺は…燃え尽きた。






 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 そして眼球が熱くなり…溶け出す。

視界が暗くなり、本来なら激痛の筈だが全身の焼けている痛みのせいか何処が痛み始めているのか分からなかった。

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 



 


 

 

 


 

 


 





 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 

 


 

 


 


 


 


 

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