第3話 推しに幻滅?!

翌日日曜日、今日は午前中、英会話講座がある。

上級編だから内容についていけるか心配だが、それ以上にノアに会えるのが楽しみ過ぎて無理っつーの。張り切り過ぎて開始時間より30分以上早く国際交流センターに着いてしまった。

とりあえずスマホ見てりゃいいか。

ひたすらXの鍵垢でノアに関するツイートが止まらなかった。


「おはよう、碧羽あおはさん。早いね」

国際交流センターのロビーの椅子に座り、1人でニヤニヤしてたらなんとノアがいた、だと。

「おはよう、ノア、今日も楽しみ

ノア、コーヒー好きなの?」

ノアが笑顔なのはいつものことだが、それ以上に気になること、それは片手にコンビニコーヒーを持っていた。モーニングコーヒーってなんかクールでいいなぁ。

「好きだよ、結構飲む」

「お砂糖、ミルク入れる派?」

「入れないね」

「いつもブラック?」

「うん、ほぼそうだよ」

「すごい、カッコ良い!!私、ブラック飲めないの!!ノアって、よくブラックコーヒー飲むの??」

​「よくって言っても1日2〜3杯くらいが限度かな」

「それでも毎日コーヒー飲むってカッコ良い」

また一つノアのクールな一面を知ってしまった。彼の「ストイックさ」は、私のような凡人には到底真似できない、光の要素の一つだ。


他にも聞きたいことあるんだよなぁ。

これ聞いていいのか正直迷ってた。


上級編はやっぱり難しい。けど質問したらノアすごく丁寧に日本語で説明してくれる。その日本語力どこで身に付けたんだろう。性格の奥ゆかしさ、丁寧さとは言え、言語能力はピカイチ。こんな外国人きっとめちゃモテるに違いない。


講義が終わって、ノアも帰ろうとする中、

「ノア、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」と引き留めた。

するとノアは「いいよ、わからないことがあったらなんでも聞いて」またしても丁寧で優しい対応。

英語と関係ないことだし真剣に聞く程のことでもないのだが。なんか申し訳ないかも。


「ノアってめっちゃスタイル良いよね。羨ましいんだけどどうやったらそんな体型になれるの?」

​ノアは一瞬、苦笑いを浮かべた。「フフ。僕が痩せてるってことかな?」と返答した。

​外国人に「細い」とか「痩せてる」はデリカシーがないと思って『スタイル良い』という言葉を選んだのに、やっぱり察せない訳ないよね、それくらいのこと。なんて失礼なことを聞いてしまった。


「そう、だよ。まあ好きで痩せてるんじゃないにしても何を食べてるのかとか」

するととんでもない答えが待っていた。


「実は僕、結構な病気持ちで…」


軽やかに微笑みながら答えたノアの言葉に対して「うそやろー」と思わず叫んでしまった。

「本当だよ。心配してくれたんだね。命を脅かす病気じゃないし、大丈夫だよ」

「病気だから太れないって言うこと?」

「誤解されないように言うなら、太れないんじゃかくて、太ったら再発のリスクが高くなるから痩せるようにしてるんだ。ありがたいことにもう何年も再発せずに済んでるよ」

「え、ま、マジでー何の病気なの??」

こんな失礼なこと言ったのにノアはさらっと教えてくれた。



帰りの電車の中、ノアの病気の病名をググるとそれは思った以上に大変そうなものだった。

とは言え個人差が大きいらしいから、ノアはきっと軽度だろう。パイタンラーメン食べてるとか、絶対そうに違いない。

あーん、なんかショックで落ち着かない。とりあえず千早ちはやの家行って愚痴ろう。


千早の家を訪ねたら、ソファーでだらしない格好した。幼馴染みだからもう礼儀とかない。


「碧羽、今日は偉く元気ないね。お昼ご飯一緒に食べる??パスタ作ったよ」

「あー、それより先に聞いて欲しい」

「そんな浮かない顔してどうしたの?昨日までのテンションはどこ行ったのよ」


「あのね…実はね…嘘臭い話しだけど…私、ノアに裏切られたの」

​「裏切られたって何されたのよ。別にノアさんあなたの彼氏でもなわでもないじゃん」

​「違うよ!ノアはあんなにキラキラして、完璧な推しだったのに、持病があったの。それもググったら、結構大変そうなやつだった」

​「はぁ、ノアさんも人間なんだからそれくらい許してあげなよ」

​「許せないよ!だってノア、すごく人生楽しそうだし。節制してなさそうだし。しばらく再発してないとか…嘘に決まってる」

「努力してるんじゃないの?てか少しくらい人の痛みわかるようになったら。病気がどんだけ大変だと思ってるのよ」

千早は泣きそうな私の前で怒鳴り散らした。

まあこんなこと言って千早が怒らない訳ないことわかってたけどどうしても黙ってられなくて。

しかし私も怒る千早に反抗した。

「でもきっとノアの場合、軽度なんだよ。一見すると大変な病気でも個人差あるみたいだし」

「どうしてそう言えるの?」

​「だって留学に来るくらいだし、サッカーもやってて、美味しいものいつも食べてるし、一番思うんだけど、あんなに髪とか肌艶々の病人がいると思う?」

​病気なら、もっとやつれてたり、疲労感が出てるはずだ。ノアはそんなこと微塵もない。

​「そうやってこじつけして、なんでも人のことは軽く見るの?」



​こうして言い合って数時間。

「あんたも大変な病気になってみたら、そしたら人の気持ちわかるよ。本当にわかってないんだね。もういい、今日は帰って!」

​ついに千早は限界のようで、テーブルを叩く勢いでブチギレた。


​なんか悪いことしちゃったなぁ。言い過ぎた。いつもなら車で自宅に送ってくれることも多いけど今日はそれすら断られた。夕暮れの中、千早の家の前の道路を罪悪感に苛まれながら歩く。ちょっと落ち着かないからまた電車乗ってバーでも行こうかな、今日くらい、自分を罰する自棄酒を飲んでもいいよね。



________




BARで1人寂しくカクテル飲みながら、私の他にどんなお客さんがいるか周りを観察していた

やっぱりこのBAR外人さん多いなあー。ノア達も通う、東アジア国際大学の留学生が特に多い。

そんな中、ビクターの姿があった。ビクターは二人の友達と三人でワイワイ飲んでいた。

「あー、ビクターじゃん。こんばんは」

「碧羽さん、こんばんは」

「ビクター、楽しそう」

「よかったら隣どーぞ」

「ありがとう、じゃあここ座るね」

お言葉に甘えて、私はビクターの隣に座った。ビクターの友人二人もバリバリの白人できっと同じ留学生だろう。ブロンドでロングヘアの元気な女の子と、茶髪でオールバックでちょっとクールで落ち着いた男の子。この二人はヨーロッパっぽいけどどこの国の人だろう。

「初めまして、あたらし碧羽あおはです。ビクターが教えるの英会話講師の生徒です。よろしく」

「わたしはニナって言うの。EIU(東アジア国際大学)生でポーランドから来ました。彼はイギリス人のアーロンよ」

金髪の女の子の名前は『ニナ』って言うんだ。ポーランド人、英会話講師に負けてないほど日本語上手だ。

「ニナちゃんよろしく。日本語上手だねー。すごいよ」

「ふふふ、ありがと。アーロンはちょっと日本語下手だから彼にはゆっくり話してあげてね」

「アーロンくん、私のこと,あ、お、は,って呼んでね」

「ワカリマシタ。あおはサン、ヨロシク」


言いたいことは遠慮なく言おう。ストレス発散に来たんだもの。

「ニナちゃんとアーロンくんは、ノア知ってる??ビクターともう1人の私の英会話講師なんだ」

「もちろんだよ」

ニナは即座に反応した。

「ニナちゃんはノアと仲良いいの?」

「そうだね、結構仲良し」

「ノア、めっちゃカッコ良いよね?」

「わかるよ。彼すっごく努力家で人に優しくて感謝の塊だもん。皆から好かれてるよ」

「そうなの?顔がかっこいいだけかと思った」

「ふふふ、そうなんだ、好みなんだね。うちの大学にも碧羽さんみたいな子たくさんいるよ」

なんか顔がカッコ良いには同意してくれてないような気がする。「ノアの顔なんて普通」とでも言いたいのかしら?ノアの唯一無二の魅力(顔の完璧さ)を否定されるなんて、推しに対する侮辱だ。


「あの私、ダーツやりたいんだけど誰か一緒にダーツしてくれる人いる?」

ダーツに誘うと即座にアーロンが反応した。

​この夜、アーロンを中心にビクターたちと楽しくダーツをした。こんな楽しいひとときに、一時的に気持ちは晴れたが、帰りの電車はやはり気が晴れなかった。

​なぜなら、私は「ノアが病気だなんて信じられない」という、自分の都合のいい解釈を、ノアの親しい友人たちにぶつける勇気を持てなかったからだ。

​もし千早の言う通り、ノアの病気が事実で、私の主張がただの「こじつけ」だと証明されたら、私はこの健全な輪から拒絶されてしまう。

​「ノア」の真実を知りたいのに、「ノアの光」を壊すのが怖くて、私はまたしても一歩踏み込むことを言い逃してしまった。




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