第2話  楽しい時間

今日は土曜日。この時間、平日と違って電車内はガラ空きだ。

​昨日とは違う英会話教室に胸を躍らせる。今日の講義は、あの筋肉質で陽気なビクターと、静かなオーラを放つノアの二人で行うらしい。全くタイプの違う二人がどう授業を進めるのか、それも楽しみだ。

​ノアの持つ『特別な光』が、単なる幸運なのか、それとも努力で手に入れたものなのか、その『根源』を突き止める必要がある。彼らにどんなことを聞こうか、考えが止まらない。

​ウキウキしながら駅を出たあと、人気のない暗い夜道を進む。巨大な国際交流センターの建物が、街の静けさとは切り離されたように、煌々と光を放っていた。


*


​「Question: 温泉は好きか嫌いか?五段階で答えてください。

​1.大好き、2. 好き、3. まあまあ、4. あまり好きじゃない、5. 嫌い」

今日の講義は、お題の質問に対して五段階で答えるという形式だ。

私は温泉に特別興味はないが、ノアが出したお題に少し興奮した。彼のミステリアスなイメージとは裏腹に、こんなにも日本文化に馴染んでいるのはなぜだろう?彼の「光」が単なるアメリカの文化ではないことを示唆している気がした。


「まずはビクターからどうぞ」


「1.『大好き』です。とても身体が温まってほぐれること。気持ちも癒えて体調が良くなるからです」

「おい、それ模倣だろ。最初僕が言ったことそのものだよな?」

「ハハハそうだな、ノアの言うことに賛成ってこと」

「ビクター、最初水着なしの温泉は抵抗あるって言ってたよな」

「だな」

確かに海外では公共の温泉は水着着用が一般的。ビクターのような人は決して珍しくないと思う。

ノアはどこでどんな風に温泉にハマったのだろうか。二人のじゃれ合いをみる限り本当に仲良しなんだろうな。



​「Question: スポーツをするのは難しいか、簡単か?五段階で答えてください。

1.​簡単、2. 割と簡単、3. まあまあ、4. 難しい、5. とても難しい」

​ビクターが出したお題に、私の心はざわめいた。これはノアのプライベートな価値観を知る絶好のチャンスかもしれない。


​「まずはノアからどうぞ」


​「3の『まあまあ』です。すごく楽しいけど、簡単かと言われたら難しいこともありますから」

​「お前、痩せすぎだもんな!」

​ビクターの容赦ないツッコミに、二人が深い信頼で結ばれていることが伝わってくる。

​「もし僕がいっぱい食べていっぱい筋トレしてムキムキの身体になったらどうする?」

​うわっ、そこでその反応!?ノアってスーパーポジティブじゃない。

​「おお、頑張れよ。応援してる」

​「突っ込めよ」

​ビクターのバカにしているのか、それとも本当に優しいのか判断できないノリに対し、ノアは本当は何を求めてツッコミを要求したんだろう。それにしても微笑ましいほど仲良しだ。


​「ちなみにノア、スポーツ何かしてましたか?」

​――やっと質問できた。

​「高校卒業までサッカーやってました」

​「マジですか!私、実はサッカー大好きなんです。ノア、カッコ良い!」

​「あなたもやってたんですか?」

​「私は観る専門なので、ノア本当にカッコ良いです」

​「ノア、クラブチームで三軍だったけどな」

​再びビクターの辛辣なツッコミ。

ノアは笑顔を崩さずに「うるせぇな」と返す。それは、達観した貴公子が一瞬見せた、ただの男の子の愛嬌だった。このギャップに、私はまた一つノアの虜になる。

​それにしてもノアがサッカーで三軍だっただなんて、スポーツ以外の何かに力を入れていたのだろうか?



「質問したい人いたらどうぞ、五段階で答えられる内容でお願いします」

おお、これはチャンス。ビクターとノアに聞きたいこと何かあるかなぁ。

「はい」

「碧羽さん、どうぞ」

ビクターはすぐさま私を指した。まあ1人しかいなかったからだろうけど。


えっと何にしようか?

「Question: 日本食はどのくらい好きか?

1.​大好き、2. 好き、3. まあまあ、4. あまり好きじゃない、5. 嫌い」

自分で言っておいてなんだけど、これは完全にビクターとノア向きの質問だな。


ビクターはすぐさま答えた。

「1.『大好き』です。理由はヘルシーだからです」

「僕も『大好き』です。理由はヘルシーだからです」

その後すぐノアも同じことを言った。

「おい、俺の真似するな」

「違うだろ、いっつも僕が言ってることだよ」

二人とも日本食大好きなんだね。笑顔のやり取りを見ていると日頃のストレスが吹っ飛んだかのように元気になる。しかしのんびり聞いてるわけにはいかない。一体どんなメニューが一番好きなんだろう。ここは今すぐ聞いてみねば。

「日本食で一番好きなメニューは何ですか?」

「俺はすき焼きと焼き肉が好き」

おおビクター外国人らしい。

「おいしいよな、僕はパイタンラーメンが好き」

​「ノア、パイタンラーメン美味しいですよね。どれくらいの頻度で食べるんですか?」

ここでノアの食生活のルーティンを探る。

​「直近で食べたのいつだっけ?しょっちゅうは食べないな」

​「普段はどんなもの食べてるの?」

「学食と寮の友達が作ってくれたご飯がメイン」

「ノアは料理しないの?」

「ノア全然作らねぇよ」

またしてもビクターの辛辣な言葉。こんな風に言える信頼関係羨ましいなぁ。

「僕も自炊できるよ。皆がよく作ってくれるからする機会ないだけ」

「マジか、お前料理するのか?」

「本当に知らなかったの?」

乗りテンションながらも、ここら辺はある意味マジレスのようにも聞こえる。料理できるのに皆が作ってくれるとか、好き嫌いない人なんだろうか。それとノアは相当愛されて人気者だろうな。


まもなく講義は終了。この1時間は楽しすぎて体感時間5分くらいだった。皆が教室から出ていく中、忘れてはいけないことがある。


「ビクター、ノア、よかったら連絡先教えて下さい」


「いいよ。何でつながる?」

ビクターの言った言葉に一瞬戸惑った。何ってLINEだろって思ったが、海外では他のものが主流なんだよね。

「LINEやってたらLINEでお願いします」

二人のLINEをゲットしたとテンション上がっていたらノアのLINEのプロフィールにインスタとFacebookのリンクがあった。

「ノア、インスタもフォローしていい?」

「いいよ、あとシンシアって碧羽さんのことだよね?」

「はい。わかりにくくてごめんなさい。ネッ友と繋がるためにウェブネームにしてるんです」

「なるほど。僕は、碧羽さんって呼んでいい?」

「OK、そうして(本名で呼ばれるなんて、ノアの特別感がまた増す!)」


​私のウェブネームは『シンシア』。SNSでこの名前を使うと、リア友には「怪しい」とか「痛い」とか言われたこともある。それを一切詮索もせず、「碧羽さん」と本名で呼ぼうとしてくれるノアは、本当に視野が広く、私という存在を無条件で受け入れているんだと感じた。


*


帰宅中の電車に揺られながら、ノアのインスタを早速チェックした。

フォロワーの数を見て、私は思わず目を見開いた。5,500人。

​私は一応、フリーランスで活動しているプロのクリエイターだ。インスタのフォロワーは3,900人。ノアはただの留学生で、写真や日常を載せているだけなのに、私より1,000人以上も多い。

​なんてことだ。私のクリエイターとしてのプライドが、ノアの『リアルな光』に完敗しているじゃないか。

一番上に投稿されてたのは…『コンビニのタマゴサンドをビクターと二人で一枚ずつ食べてる動画』コンビニのサンドイッチって至って普通のものなのにこの二人のシェアは映え過ぎる。

こんなコメントも寄せられてた『女の子みたいにラブラブ』、『めっちゃ仲良しで楽しそう』まさにこれ私も思った。


推しの事、早速鍵垢にツイートした。

モカなつからの反応も楽しみだが、千早に早く話したい。今日まだ土曜だし、9時前だから千早の家訪ねても大丈夫かな?何か手土産持って行くにしても、この時間ケーキ屋とか閉まってるから、コンビニしかないよね。コンビニでロールケーキを買って千早の家を訪れた。


千早の家はいつでも落ち着く。まあ私がいつ来るかわからないから常に綺麗に片付けてるのかも知れない、だとしたら申し訳ない。しかし家具はソファーに丸いテーブルだけ。ここまでシンプルなスタイルにしてるのは千早の趣味だとは思う。

「千早こんな時間にごめん、すっごく話したくて」

「わかった。何があったの?」

「その前にこれ、ロールケーキ買ってきた」

​「ありがとう、紅茶でも淹れようか」

​「ノアって本当にすごいんだよ」

​「はいはい、自分のことみたいに言うなよ」

​「サッカー経験があるとか、パイタンラーメンが好きとか、さ!」

​「それ、特別なこと?若い男の子ならごく普通のことじゃない?」

「それだけじゃない、インスタのフォロワー数すごくて!!」


「これ見て」

スマホの画面を見せ『サンドイッチを二人で食べるノアとビクターのインスタの投稿』を千早見てもらった。

​「ほぉ、日本のサンドイッチって外人さんに好評だもんね」

​「それはそうだけど、そこじゃない。1パックのサンドイッチを二人で律儀に分けて食べてるのが可愛くね??」

​「…」

​「モカなつにこう言ったら、『それ普通に色んな種類食べたくてシェアしたんじゃない?』って言われたんだ」

​「確かに、モカなつくんの言う通りじゃない」

​「なによ、千早まで!なんで、私の言う『特別』を誰もわかってくれないのよ!」


​ノアとビクターが分けるなんて、絶対ただのシェアじゃない、もっと深い絆があるに決まってるのに。



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