怪盗

「な? 【ホウライの玉の枝】がふたつ?」


「どちらかは偽物だってことだよな?」


 会場はたちまち、ゴブリンの巣でも突っついたように大騒ぎになった。


 僕は汗を無限に流していた。


 まさか、本物の持ち主が現れた?

 運悪すぎない?


 このまま僕は偽造品出品がバレて、オークションの規定で【極刑】に処されるのだろうか。

 どんな刑か知らないけど、響きが恐ろしい。


 あ、なんかお腹いたい。

 やっぱり悪いことはするべきじゃないですね。

 

 大騒ぎの会場で、僕がトホホと悲嘆に暮れるなか、フードのプレイヤーは、


「ンハハハハハハハハハッッッ!!!!!!」


 急に、高らかに哄笑こうしょう

 揶揄からかうように、あざけるように、あるいは嗚咽おえつするように。

 

 地下の空間を反響する甲高い笑い声は……こわい。

 ぎょっとするほど気味が悪い。


 他の客からしても同じ気持ちだったらしく、あれだけ騒がしかった会場は、今度は水を打ったように静まりかえった。


「んっんー、ジョークだ。出品はしない。このボクが『売る側』のわけがないだろう。ただ、オークションで偽物の【ホウライの玉の枝】が出されるって裏情報を聞きつけてね。許せないと思ったわけだよ」


 皆の不審な視線のなか、そいつは一段、一段、ゆっくりと階段席を降りていく。


「ボクが! このボクが本物を持っているのに! みんなはそいつの『ニセモノ』で大騒ぎしてるわけだ。ったく、傷ついちゃったねェ」


 首をすくめてみせると、不意に立ち止まり、フードを脱ぐ。

 

 ――冒険家のような風貌ふうぼうだった。


 擦り切れた茶色のマントに、カウボーイハット。

 古ぼけたゴーグルをはめていて――その曇ったレンズの奥には、眼がない。


 ただすっぽりと空いた、眼窩がんかが黒々とのぞくのみだ。


 そいつには血肉も臓器も存在しない。

 

 ただ、真っ白な骨でのみ構成された生命体。 


 スケルトンだ。


「お、お前はァ~~~!!!!!」


 人相にんそうを視認した司会が、目をかっぴらいて叫ぶ。


「なぜお前がここにいる! 門番はなにをしてるんだ!!!」


「んっんー。殺したね」


「警備ィーーーー!!!!」


 合図と同時、緑スーツに身を包んだ屈強な男が、剣を手に、槍を手に、スケルトンに飛びかかる。


 だが。


「第Ⅲ類魔法【スティール】」


 警備の武器は、スケルトンの詠唱のひとつで奪われた。


「ここの会場は武器の持ち込み禁止なんだってねェ。ってことはこの場で唯一武器を持っているボクは! 虐殺し放題だねェ!」


「ぐああああああッ!!!!!」


「イヤアああッ!!!!!!」


 スケルトンが警備を瞬殺し、丸腰の客に剣を振るった。断末魔の叫びが響き渡る。


 会場内はたちまち、恐慌状態に陥った。皆、我先にと席を立ち、会場を出ようとする。


 それをスケルトンは鼻歌を歌いながらなぎ倒していく。


「タハハ……」


 地獄絵図を前に、変な笑い声がでてきた。

 なにもかも予想外すぎて、バグりそうだ。


 これが闇オークション。


 いや、単に自分が悪いことしたから、罰があたったのかも。


 そんなことを呆然と考えながら突っ立っていたとき――なにかが僕を、突き飛ばした。


 緑スーツに身を包んだ司会だ。

 彼女に向き直り――思わず息をのむ。


「む、胸が……!!」


 司会の胸に大きな穴が空いていた。


 さっきからスケルトンが無茶苦茶に放っている投槍ジャベリン

 その流れ弾から、僕をかばったのだ。


「逃げてください……あれは闇オークション史上最悪の出禁者です……立ち向かってなんとかなる相手じゃないです……!」


「ぼ、僕がこんなもの出品したから……」


「ああ、そういえば貴方には偽造出品の嫌疑がかけられますね……ま、その処分を下すのは上のヒトだからどうでもいっか……。私はただ、『死人を出さない』って規則を守りたくて体が動いただけ……」


 ゆらりと後方に倒れ込みながら、司会は【非常時用】とラベルされた書類をめくり、1ページを破って投げ捨てる。


「緊急……警報っ……!」

 

 宙を舞った紙切れは何の魔法か、1つが2つに、2つが4つに、4つが8つに、増殖した。

 やがて天井全体を覆い尽くすまで増えたそれは、ひとりでに折りたたまれ、紙飛行機となり、会場の外へと群れをなして飛んでいく。


 外部へ事態を知らせているらしい。


 僕の顔面にぶつかってきたやつを開いてみると、顔写真入りでこう書かれている。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 緊急! 闇オークションに【怪盗】が現れました。

 近隣でご活動の皆様は貴重品を安全な場所に隠し、直ちに避難してください。

 

 【プレイヤー名:アルセノワール】

 【通称:怪盗】

 【種族:スケルトン】

 【職業:盗賊】

 

 特徴:

 【怪盗】は幸運値を999にするチートを使用しており、第Ⅲ種魔法【スティール】を百発百中で成功させます。

 またスケルトンの種族特性【死者蘇生】を100%成功させることが報告されています。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 チーターかよ。しかも……その内容がひどい。


 【スティール】は盗賊シーフにとっては基本的な魔術で、その効果は「低確率で相手の所持品を盗むことができる」。


 その「低確率」ってのは【幸運値】ってステータスに応じて変化するんだが……。


 百発百中で【スティール】が決められるのはすさまじい。だってどんな高レベ装備をしていても、丸裸にされちまうわけだ。


 そして、スケルトンはキルされたとき、低確率で復活するという特性があるのだが、これも【幸運値】のチートで必ず発動するようなので、実質、不死身ってわけ。


 むちゃくちゃじゃねぇか。


「さあ、早く……逃げて……!」


 司会の声に背を押され、出口の方向に向き直る。


 駆けだそうとした瞬間――殺気に、背筋が凍った。


 反射的に床に飛び込み、前転。

 さっきまで僕が立っていた場所に、投槍がうなりをあげて通過する。

 

 身をひるがえす。呼吸を整え、顔を上げる。


 まず目に入ったのは、すでに事切れた、司会の死体。

 その緑スーツを踏みつけに、奴が立っている。骸骨頭の【怪盗】が。


 いつのまにこんなに接近したんだよ。

 脇ににじむ冷や汗を感じながら、奴の顔を見る。


 髑髏ドクロ。その暗い眼窩に眼球はない。

 だけど、目は口ほどにものを言う、なんて言うけれど、目なんてなくてもその胸中の感情は明らかだった。

 

 眼窩の奥に色濃く揺らぐのは、憎悪の炎だ。


「んっんー。この惨劇はオマエが招いたものだ。オマエが偽物を出品し、このボクを傷つけたからだ」


「えー、あー、うん。悪かったね。でもさ、僕の出品した方が偽物である証拠もなくない? 案外僕の方が本物だったり……」


「……殺す」


 やっべ。超怒らせちゃったよ。


 まあ悪いとは思ってる。全部、僕が偽物を出品したのが悪い。

 ……その上で煽ったのも悪かった。BAD COMMUNICATION。


 確かに悪いんだけど、僕も死にたくはない。


 僕は死を避けるためならなんでもやってきた男だ。


 死んで償え?

 死んでもいやだ。

 独善的だろうが、ワガママだろうが、なにがなんでも死にたくねえ。


「んっんー! このボクが! オマエを! ぶっ殺してやる!」


 叫ぶ怪盗の手元に光るのは、薄灰色の内反りの山刀ククリナイフ

 

 対して僕は……武器を持っていない。持ってるのは偽の【ホウライの玉の枝】が入ったガラス容器のみ。

 

 魔法を放つか?

 

 いや、厳しいな。魔法は術式名の詠唱から攻撃の発生まで、タイムラグがある。近距離攻撃には向いていない。この間合いじゃ、奴の攻撃の方が速い。


 そうこう考えているうちに、怪盗はククリナイフを振り上げた。


!!!!」


 今際いまわきわ、全てがスローモーションにみえる。

 

 ナイフの軌道がはっきりとみえる。その刃に、自分の青ざめた顔がキラリと反射する。

 

 さあ、どうする。どうする。どうする……!!


 


 


 次の瞬間、怪盗のマントに切れ込みが入った。


「んー?」


 怪盗の間延びした声。


 切断線はそのまま首、胸骨、肋骨、左大腿骨へと連続する。

 怪盗の体はぐらりと傾き、白い骨の断片を床に散らして崩れ落ちる。


 マント姿の怪盗に代わって目に映るのは、刀を手に、居合いの構えを取っている赤パーカーの少女。


「やりー! 一番乗りなのです!」


 ぴょんと跳ねる少女の首根っこを、ブリーフ一丁の金髪青年がつかむ。


「こら、イモムシちゃん! まだ油断しちゃいけないわよ! なんたって相手は【怪盗】なんだから!」


 青年は少女をずるずる引っ張り、怪盗の骨の残骸から引き離している。

 その隣では、虎をモチーフにしたアバターの、眼光の鋭い女性が受話器を肩で挟んでいた。


「えーもしもし? こちら、【革袋商会】広報部 第二課。只今ただいま、会敵しました」

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