スキルの中身
彼女の体が突然跳ね上がる。長い腕が空中で何かをさらった。
そして僕の
つい先ほど、空高くへと飛んでいった【石の剣】だ。
落下して戻ってきたところを、つかみとったらしい。
降参の意思表示に両手を上げ、ため息交じりに僕は問う。
「【決闘】で負けたのに、なぜ動ける……?」
「キシシ! 誰から【決闘】を申し込まれたか、ちゃんと見たか?」
ログを見返す。そこにあったのは
【クロスパイクから決闘のお誘いが来ています。受けますか?(YES / NO) 】
クロススパイクではない。クロスパイクという謎の名前だった。
「【決闘】はペット化した魔物との間でも成り立つ。クロスパイクはのォ、さっきあんたが倒した【人食い木】の苗の名前じゃ」
ぴぎぃ、と鳴き声が聞こえ、クロススパイクの胸から枝が飛び出した。
【決闘】でのキルだったため、3秒が経過した今、蘇生が行われたというわけだ。
……僕はこの木と【決闘】してたのか。
「決闘終了のアナウンスが流れ、倒したと思い込む。その油断を狙ったわけじゃ!」
「なんでこんなコズルイことを……」
「キシシ!こずるい!そいつはなァ、最高の褒め言葉じゃ! ウチらはこの手のダマシの種をいくつも常備している」
クロススパイクは腰に手を当てて
「【革袋商会】は職人クラン。じゃがな、その【広報部】は戦闘部隊なんじゃ。なかでもウチが属する二課は、対チーター専門!」
「【広報部】が戦闘部隊? 普通、作った武器の宣伝とかするんじゃないのか? そういうとこって!」
そう問うと、クロススパイクは由来について得意げに語り出した。要約すると次の通りだ。
ここ【アドベントゥラ・インフィニタ】でチートが
だって、チーターがいる環境じゃ、どんなに良い武器を持ってたって無駄だってみんな思うから。
てわけで職人クランは商売あがったりになったわけだが……。
【革袋商会】は違った。
卓越したPvPスキルを持つプレイヤーを集めて、戦闘部隊【広報部】を発足。
二課を、対チーター専門の特殊部隊とした。
【技術部】で開発した武器を【広報部 二課】の面々が使ってチーターに斬りかかり、その様子を配信するというフローを作成。
配信を介して、【革袋商会】の武器ならチーターとやりあえると広報したってわけだ。
「え? ほんとにやりあえるのか??」
「ま、配信じゃ、ウチの武器を持ちゃチーターをラクチンで倒せるかのようにプロパガンダしてるが、実際はそこまで単純じゃねェ」
そう言ってクロススパイクは、ぺろっと真っ赤な舌を出した。
先が蛇のように割れた舌だ。
「だが、コツさえわかれば勝てる。大切なのは、こずるさじゃ。アイツらは理不尽な戦い方をしてくるが、中身はただの人間よ。油断した瞬間を突くこと。油断するような状況を作り上げること。そうやって、意識の
「なるほど……」
「さっきのアンタの動きは悪くなかった。じゃがな、思考がまっすぐすぎるな。もっと悪賢くなることを意識すると、大半のチーターは敵じゃなくなる」
「はえ~」
チーターとは【上終中学校美術部】との戦いでやりあった。
あのときは処理落ちを起こすことでなんとか勝利したけど、……チーターとの戦いはこれからもあるだろう。
なんせ、サービス終了するレベルでチーターだらけだからな。このゲーム。
そういう状況だから、チーターの専門家のお言葉は、結構ありがたいのだった。
「アンタほどの原石もなかなか無ェ。いつか一緒に、チーターぶちのめしたいのう。仲良くしていこうな!」
ぱんぱん!と乱暴に背中を叩かれる。ありがたい専門家に太鼓判をおされて、僕も嬉しくないわけがない。
にやりと笑みを返すと、彼女はご機嫌に鼻歌を歌った。知らない曲だった。
まぁ、僕が知ってる音楽なんてこのゲームのBGMだけだから、当たり前なんだが。
なんだか妙に声がよいのは、【広報部】で配信とかやってるからかしら。
「そういや興味本位で聞くんじゃが……人食い木の森で花火、上がってたよなァ。ってことはアンタ、
「ああ。そうなるな」
「お!どんなんゲットしたんじゃ?」
固有スキルは、プレイヤー一人につき一種類のみ開放される能力だ。
バリエーションは1000くらいあり、人とはそうそう被らない。
バランスを考えてか、べらぼうに強大なスキルってのは少ないけれど、一風変わった能力が多い。プレイスタイルを一変させるようなものも結構あるのだ。
そんなだから、どんな固有スキルにあたるかってのは、プレイヤーにとって最大の関心事といえる。
いろいろあって確認が後回しになっていたけれど、僕にとってももちろん気になる事案だ。
ウィンドウをちょいちょいといじり、固有スキルの説明欄を探す。
えーと、入手術式の一覧から――
「お、出たぞ!スキル名は【荒月の咆吼】。レアリティは……ウルトラレア!」
固有スキルのレアリティにはノーマル、レア、スーパレア、ウルトラレアの四段階ある。
で、その中の最高位が出たってことだ。
確率は100人に1人くらいだろうか。
ダンジョンで戦っていたときも、そのくらいの頻度でしかウルトラレアの人に出会わなかった。
これはアツい。クロススパイクも鼻息荒く顔を近づけてくる。
「なんだァそのカッチョイイ名前のスキルは!【マスコミクラン】のスキル百科にもそんなの載ってた覚えはないのぉ!」
「クソ……ウィンドウには名前とレアリティしか表示がないな……どんな効果のスキルなんだ……」
「気になる!気になるのぉ!!」
「やりてェなぁ、試し打ち……」
「やろうぜ!」
「やるかァ!」
「遠慮することはないけェ! ウチに向かって放ってみるんじゃ!」
「知らねェよ? どーなっても?」
「気にしんさんな! どんとこいや!」
腰に手を当て、クロススパイクは岩の上に堂々と仁王立ちする。
どんなスキルを当てられても対応できるという自信の表れだろう。
その心意気や、良し。
僕は遠慮なく固有スキル発動の構えをとる。
「じゃァ行くぞ!!」
――【荒月の咆吼】、発動。
次の瞬間、ピチャンと音がする。
「水滴の音……?」
「見るんじゃ!下を!」
視線を下に落とす。異変は地面に起きていた。
殺風景な岩場に、群青色の
水場の上に立っているかのようだ。
おそるおそる足首を動かしてみると、乾いているはずの地面が、水たまりみたいにぺちゃりと鳴った。
10秒もすると波紋は
元の光景に戻った。
「なんだったんださっきの?」
「さァ……?」
……。
……。
…………。
それ以上、何も起きない。
「あれで終わりなのか?」
「……変なスキルじゃのォ」
「えぇ……地面を水場みたいに演出する固有スキルって、それなんの役に立つんだよ」
しょんぼりとうなだれると、クロススパイクが笑いながら肩を叩いてきた。
「キシシ! しょげんなよ、アンタ! 固有スキルは腕前にはあんま関係ないけぇ!」
「そんなものかなァ」
「だってウチの固有スキルも大概だワン!」
一瞬、静寂が訪れる。今の語尾、なんだ?
「……ワン?」
「い、いやー! ウチそんなこと言ってないんじゃが……マイクがおかしいワン……え?」
「ま、まぁ、いいんじゃないか可愛くて……僕も語尾がニャンの人見たよ……」
「ほ、ほんとに違うワン! は! これほんとにおかしいワン!」
そのとき、ピリ、と布が裂ける音がした。
次いで、クロススパイクの
「なーー????」
叫びながら両手で頭を抑えるクロススパイク。
今度は――スカートがめくれあがった。
お尻から元気いっぱいに飛び出した毛並みのよい尻尾が、
「なにこれーー??????」
見開かれた黄金色の目には――獣人族特有の縦に割れた瞳が露出していた。
「波紋を発生させ、それを浴びたプレイヤーの種族を獣人族に変更する固有スキル、か……。ついでに発声もなんだか獣っぽくなる、と」
「ちょっと! これ解除できるのかワン??」
手鏡で自分の姿を見ながら、クロススパイクはたじたじになっている。
「解除? もったいなくないか?」
だって。
ふさふさの体毛。
感情にあわせて、ぴこぴこ動くケモミミ。
身じろぎするたびに、ふんわり上下する尻尾。
かっこいい修道女に、動物らしさが合わさって。
「獣化したクロススパイク、むちゃくちゃ可愛いから!」
「わぉ…………!!???」
「おすわり!」
困惑に目を泳がせながらも、クロススパイクは素直にしゃがみ込み、両手を地面につく。
「くぅ~、やっぱケモミミ美少女は
あごの下をなでると、クロススパイクはなされるがままに目をつぶり、「ごろごろ……」と鳴いた。
「な、なんつー可愛さだ……」
「…………っ」
細く息を漏らすと、クロススパイクは僕の手を払いのけた。
……さすがにやり過ぎたか?
自分より背の高い女を四つん這いにさせて、あごを撫でる。
よく考えりゃ、だいぶ犯罪的だな。
ちょっと焦っていると、彼女は長身の体をごろんと横たえた。
金色の目は少し
両腕を前に折りたたんで、無防備にあおむけで転がっており。
ボロボロの修道服の裂け目からは、おへそがむきだしになっていた。
「す、すげぇ……。お
思わず言うと、クロススパイクのほっぺたが、ほんのりと赤くなった。
赤はどんどん濃くなり、たちまち顔全体に広がって――
「わーーーーーーー!!!!!!」
突然クロススパイクは叫んで、跳ね起きた。
「明日10時、ちょっと話し合いたいことがある! この場所で待機すること! で、今のことは! 絶ッ対に忘れてくれワン!!!!!」
すさまじい早口でまくしたてると、「以上、解散!」と叫んでログアウトしてしまった。
「スキル解除する前に消えちゃったけど……大丈夫なのか?」
まあ、いいや。明日考えれば。
獣人姿のクロススパイクにまた会えるなら、問題ないね。
……それにしてもこの獣化スキル、なんの役に立つんだ?
/
「ああああああああああ!!!!!」
ログアウトしたあとも、クロススパイクこと
黒宮は王子様だ。
もちろん比喩的な意味で、だが。
背が高い。脚がすらっと伸びてスタイルが良い。
彫刻みたいに目鼻が整っており、
そんな中性的な美貌を放つものだから、高校では――女子校というのもあり――周りが離さない。
広島弁の混じった一見粗暴な物言いもギャップとして受け入れられ、これまた幾人もの乙女の心を盗んだ。
髪をかきあげれば黄色い声があがり、消しゴムを拾うだけで惚れられ、チェキは1000円で売れ、ついにはファンクラブまでできたのだ。
そんな "王子様" が。
犬みたいにお座りさせられ、むちゃくちゃに撫でられた。
……いや。それはいい。
あれは事故みたいなものだった。固有スキルが獣化なんて、予想だにしなかったことだし。
手鏡をみる限り、獣になった自分は確かに可愛かったので……モフりたくなるのも不可抗力かもしれない。
理解できないのは、自分の行動だ。
「なんでお腹を見せて転がった……?」
未知の感覚だった。
けものになって、四つ足で歩いて。
可愛い存在として甘やかされるのが。
こんなに快感だとは思っていなかった。
扉が開いてしまった。
向こう側から吹きこむ赤い香りで、頭がいっぱいだ。
艶の良い黒髪を枕に散らしつつ、潤んだ目でVRゴーグルをにらみつける。
「おどれのせいじゃ……ほんま……ほんまに……責任とってくれや……」
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