捨て頃

 彼女が声高に叫ぶと同時に、ダイヤルが回り始めた。

 

 【アーセナル】。

 それが彼女の持つ鍵の名前。


 解錠のかけ声と同時に、ダイヤルがランダムで数字を決定する。そしてそのナンバーに応じた武器が 1 つ解放される――そんなアイテムだ。


 使用する武器すら運任せという、ギャンブラーの彼女らしい代物。


【ナンバー034。ゴールデン・アフタヌーンを解放します】


 アナウンスと共に、空中にさびの目立つ重厚な扉が出現する。


 ギィイと開き、ミネラルウォーターの掌中しょうちゅうに一本の武器をパタンと落とした。


 アイテム名【ゴールデン・アフタヌーン】。


 金の棒を三本、鎖で連結した武器であり、種類としては三節棍さんせつこんに分類される。

 

 三節棍の長さはちょうど、ミネラルウォーターの背丈ほど。しかも素材は金属。

 

 当然、重い。

 多大な筋力パラメータを要求されるため、三節棍を扱えるプレイヤーは多くない。


 だが、ミネラルウォーターがそれを回し始めると同時――

 う゛ぉん、う゛ぉん、う゛ぉん、と音がする。


 身の毛のよだつ風切り音。

 それを見つめる上終中学校の面々の頬に、幾筋もの冷や汗が浮かんだ。


「なにか……なにかヤバい……!! キネシスババア!!全モンスターの標的をあの子に設定して!!」

 

「す……すでにやってますぅ……」

 

「作戦Cだ!! みんな、下がれェエエ!!!!」

 

「みんなァ、焦ることはねェどす! 三節棍はタメが長く、攻撃速度が遅い。多数のモンスターで囲んでしまえば怖いことあらへん!」


 敵陣営を飛び交うセリフに、ミネラルウォーターは呑気に口角を上げる。


「……三節棍はタメが長い?? 私はそんなイメージないけどなぁ」


 まるで、ただの鞭を振るかのように。

 ミネラルウォーターは三節棍を軽々と振り抜いた。

 

 三節棍はむちゃくちゃな速度で、彼女の背後に迫っていたドラゴンの鼻柱を強打。


 そのまま勢いを一切落とさず、飛びかかってきたゴブリンを打ち落とした。

 

 防御力の全てを破棄し、ステータスの向上に振ったミネラルウォーターにとっては、三節棍の扱いは児戯じぎ


 犬の散歩でもしているかのような気軽さで、鼻歌を歌いながら、向かってくるモンスターをあっという間に蹂躙じゅうりんした。


「すげえ……これならモンスターの群れは楽勝で切り抜けられるな……!!」

 

「うん。そうだね。群れるタイプの敵にはめっぽう強い武器だからね」


 感嘆する僕に、ミネラルウォーターはなんだか抑揚よくようのない声で答え、そして。

 

 戦闘から 5 分ほど経ったとき、突然手を止めた。


「クローバーくん、……なんか違うな、って思わない?」

 

「え?」

 

「違和感って言うかさ。感覚的に、なんかこう」


 僕はなにも感じない。

 蹂躙、殲滅、圧倒的。そんな感想を抱くだけ。

 だが、ミネラルウォーターの顔は真剣だ。

 

「え、虫の知らせみたいなやつ? 罠にはめられたような予感がする、って?」

 

「そんなんじゃないけど……」


 突然、ミネラルウォーターが動きを止めた。


「うん、やめだ」


 ミネラルウォーターは三節棍を放り投げた。


「こんなに一方的にやっつけてもスリルは感じない。すなわちだね、もう飽きた!!! バトルっつたらやっぱり、ステゴロだァ!!!」


 ミネラルウォーターがニッと白い歯をみせる。

 見開いた瞳をキラキラと、クソガキ色に輝かせ、拳を握ってファイティングポーズをとった。

 

 武器を捨てたミネラルウォーターに、モンスターたちは好機とばかりに猛攻をしかける。


 ミネラルウォーターは防御力がない。

 攻撃を食らうわけにはいかない。


 全てを見切り、かわす。

 尋常でなく機敏な立ち回りに、残像しかみえない。


 それでも敵の数が多い。

 ゴブリンの槍がかすったらしく、形の良い鼻から血が飛び散った。


「…………ぁ……ぁぁ………………」


 ミネラルウォーターの喉から、あえぐような声が漏れる。

 

 紅潮した頬。熱に浮かされたような瞳。


「これだよこれ、生きるか死ぬかの戦闘ギャンブルだよ……こわい……胸がくるしい……でも」


 ミネラルウォーターは掌中しょうちゅうの三節棍をチラとみた。

 その金色に磨かれた表面は、彼女の顔を反射していて。


 肩を揺らして彼女はつぶやく。


おびえてる私……ふふっ……最高にかわいいっ」

 

 普段のダウナーな様子からはかけ離れた表情で、艶然えんぜんと笑うと、神速のスピードで拳を繰り出した。


 ぺちゃんこになったゴブリンが、スケルトンが、鎧ゴーストが、四方八方に飛んでいく。


 あわれなモンスターたちはその辺のガラス窓や【郵便ポスト】、【バスのりば総合案内板】と書かれた看板などに衝突して、緑色の体液を撒き散らす。


 京都ダンジョンは一瞬にして、ゾンビに襲われた終末世界みたいな彩色に塗り変わった。


 あっという間に敵は数を減らす。


 ミネラルウォーターの勝利は確実かと思えた、そのとき。


「PGYIIIIIIII…………」


 一匹の羽鬼がミネラルウォーターの左腕にすがりついた。

 

 ミネラルウォーターが腕を激しく回し、振りほどこうとするも、奴はがっちりつかんで離さない。


 細い目をニンマリと曲げたあと、羽鬼はガブリ! と、耳まで裂けた大きな口で、彼女の肩に噛みついた。


 ダメージエフェクトが光り、ミネラルウォーターの左腕があり得ない方向に曲がる。


 ミネラルウォーターが右手で羽鬼の頭蓋ずがいを粉砕すると同時。


【部位破壊:左腕破損】


 メッセージウィンドウが出現するとともに、左腕は彼女の胴体を離れて空高く吹っ飛んだ。

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