掲示板(上)
夢をみてるようだ。
あかね色の空に映えるレンガの街並み。夕日を吸って
通りでかくれんぼをしていた子供のNPCたちは各々の家に向かって駆け出し、家々の煙突からは煙がのぼる。
風とともに漂ってくるのはシチューを煮込む匂いだと、プログラムされた辞書機能が教えてくれた。
時間帯で変化する景色。ダンジョンの常闇では望めなかった光景。
その圧倒的映像美で描かれた夕暮れの街を、僕は駆けていた。
心中にある思いは、ただひとつ。
アンクラーゲを早く試したい。ミスティルテインから買ったこの武器を、一刻も早く振り回したい!
あぁ、いたなぁ、ダンジョンでも。
新品の武器を手に、ゴブリンのガキみたいに目をキラキラ輝かせながら走り回ってるプレイヤーが。
彼らの気持ちが今はよくわかる。
僕もきっと今、彼らと同じ目をしている。
すれ違う町人たちの視線を感じながら、そう確信する。この平和な街の中、ゴブリンじみた表情の男はひどく目立つらしい。
負けじとガン見しかえしたところ、子供に泣かれた。
裏道をくぐり、幾度も角を曲がる。
そこら中にあるはずだけど、探しているときに限って見つからないものだ。
「この辺に掲示板、ありませんか?」
夜市の屋台を設営中の商人に、僕は尋ねた。
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掲示板。
街中、道路に、ダンジョンの奥、山の中から海の底まであるオブジェクト。
バリエーションはあるものの、基本は丸棒に木の板が刺さった、これといった特徴のないデザインだ。
でも、このゲームをプレイするならば、決して無視してはいけない。
掲示板は表面と裏面があって、それぞれ役割が分けられている。
表面は運営からのお知らせの通知。
イベントのお知らせや、各種アップデートの説明が載っている。
まあ、ここに載ってるお知らせのほとんどはメッセージボックスにも送信されるらしく、表面を熱心に眺めるプレイヤーってのはほぼいない。
でもNPCにメッセージボックスはないので、僕はここをみて情報収集に努めてきた。
裏面はプレイヤーが自由にメッセージを投稿できる。
クランメンバーの募集や、クラフト系のクランによる商品紹介、物々交換のお誘い、迷惑プレイヤーのつるしあげ、ただの出会い厨、暴言、珍言、怪文書、その他諸々。
プレイヤーのコミュニティはこの掲示板裏面を中心にして形成される。
さて、まず表面の方から見ていこう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【重要】大型イベント開催のお知らせ
親愛なる
長らくのご愛顧、誠にありがとうございます。
ついに迎えるサービス終了に際し、最後となる大型イベント【ホウライの宵風よ、
・開催期間
2056/6/9 (金) 0:00 ~ 2056/7/7 (金) 20:00
・概要
新アイテム【ホウライの玉の枝】を追加します。【ホウライの玉の枝】は全長30 cmくらいの黄金色の木の枝で、銀の葉と真珠の実をつけています。
極めて美しいアイテムではありますが、所持することによる効果は……何もありません。ただし、サービス終了する 2025/7/7 の 20:00 時点でこのアイテムを所持していたプレイヤーは、ある権利が得られます。
それは、本ゲームに登場する任意のオブジェクトひとつを、弊社が現在制作中の新作VRMMO【クリスタル・インフィニタ】に引き継ぐ権利です。
なんでも構いません。苦労して手に入れたユニークアイテムでも、クランメンバーと親交を深めた思い出のギルドハウスでも。
貴方が想いを寄せる酒場の看板娘にしても良いですし、気に入っている山があったというのなら……地形まるごと指定することも可能です。
何を選ぶか迷うところではありますが、本気で狙うなら、準備は入念に。
なんせ、【ホウライの玉の枝】はワールドにひとつしか存在しませんから。
すなわち、この権利を行使できるのは、全ユーザーで一人のみです。
そうしないと、弊社のプログラマーが過労死してしまいますからね!
それからアイテムが使える条件は、「ホウライの玉の枝を手に入れること」ではなく、「サービス終了時点でアイテムを所持していること」であることに注意です。
せっかく入手できたとしても、誰かに盗まれてしまっては、努力が水の泡。戸締まりは万全に!
現時点で公開できる、【ホウライの玉の枝】の情報は以下の通りです。
・アイテム効果:なし
・魔力付与:不可
・インベントリへの収納:不可
・破壊:不可
・入手エリア:【続報をお待ちください】
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このゲームにあるオブジェクトのどれかを、次回作のゲームに持ち越せる、か。
サービス終了するようなこのゲームに、そこまでして持って行きたいものなんてあるのか?
まあ、この期に及んでログインしているプレイヤーは相当にのめり込んでいる人たちだろうから、愛着のあるアイテムのひとつやふたつくらいあるのかもしれない。NPCの僕には無関係の話だけど――
そこまで思考した瞬間、僕の脳内に電撃が走った。
掲示板の一カ所に、視線が吸い寄せられる。それは、
『貴方が想いを寄せる酒場の看板娘にしても良いですし』
の箇所だ。酒場の看板娘ってのは、シクラメン村の飲み屋で働くマルガリータってNPCのことだろう。
幼さが残る少し内気そうな顔と、ムッチムチの太ももが一部のプレイヤーの性癖を破壊し、熱狂的なファンが存在する。
マルガリータの立ち絵を旗印に、スーツ姿でダンジョンを
いや、マルガリータのことはどうでもいい。
重要なのは運営が【ホウライの玉の枝】によるオブジェクト持ち越しの対象にNPCを指しているってとこ。
プレイヤーの誰かがもし、
サービス終了とともに潰えると思っていた僕の命だが、生き延びるチャンスが出てきた。
「っっっっっっ……しゃあ!!!!!!」
思わず
ありがとう……!
ありがとう運営……!
もちろん、困難はあるだろう。ざっと考えるに、【ホウライの玉の枝】作戦のポイントは以下の三つ。
A)最強のプレイヤーの発見。
B) 枝を僕に使うよう交渉。
そのプレイヤーにゴマをすり、なんとか気に入ってもらう。自分がNPCであることをバラし、ホウライの玉の枝の使用対象に自分を選ぶよう交渉する。
C)運営にバレずに行動。
これらを運営に見つからないように遂行する。持ち場を離れて好き勝手やってる自分が運営に"バグ修正"されちゃあ、一巻の終わり。
うん、無理ゲーでは?
ワールドで一番強いやつっていうのも判断が難しそうだし、そいつに「気に入ってもらう」ってのもどうやるのって感じ。
けれども。
ようやく降り注いだ一筋の光。
逃すわけにはいかない。なにがなんでも【ホウライの玉の枝】で転生してみせる。
決意に拳をぎゅっと握りしめ、僕は掲示板の裏面に回り込んだ。
まずは情報収集からだ。
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