序章 第2話 訓練場に立つ影
その若者の名は、デミアン・フォン・フラエロス。
十七歳。冷静さと機知、加えて優れた戦闘能力を備えているおかげで、入隊してからまだ半年にもかかわらず、すでに小隊長へと昇進している。
今、彼は訓練場の中央に立っている。
その正面にいるのは、王女マーレイン。
マーレインは静かに相手を見据える。
細身、無駄のない所作、そして深い藍の長髪。どこかの貴族の令嬢を思わせる、整いすぎた顔立ちだ。
「また、見かけ倒しか。」
眉をひそめるその瞬間、男が礼をとる。その動きに破綻はなく、剣を抜く手も淀みがない。
「ふうん。少しは楽しめそう。」
マーレインは姿勢を整え、一息で踏み込む。
軽く身を沈める。手首を返し、鞭を閃かせる。
電光のごとき一撃が、まっすぐ相手の利き手を狙う。
だが、デミアンは慌てない。左へ一歩踏み出し、鞭が彼の肩先をかすめて空を裂く。
舞い上がる砂塵。
「やるじゃない。」
マーレインは即座に体勢を立て直し、鞭を返す。
連撃。
蜘蛛の巣のようにしなる鞭が、空間を編むように走る。
デミアンは退かない。むしろ、前へと踏み込む。
剣を反らし、鞭の軌道を逸らすと、すぐさま反撃に転じる。
手首が返り、鋭い刺突がマーレインの間合いを裂く。
マーレインは数歩退き、攻撃を中断する。
足先で地を蹴る。
身体が宙を舞い、右手の鞭が重力を引き裂くように振り下ろす。
だが、デミアンは追わない。
ただその場に留まり、わずかに身を傾ける。
鞭の先が耳をかすめ、火花が走る。
マーレインが地に降り立つ。追撃はしない。
デミアンの左袖が裂けている。それでも彼の表情は変わらない。
静寂。
誰も声を上げない。
見張り台の上に、雀が数羽降りてくる。すぐに羽を鳴らし、また空へと舞い上がっていく。
鞭が刻んだ石畳の痕跡は、まだ乾いていない。
風がひと筋、石畳の傷をなでて過ぎる。
結びきれぬままのマントの端が、微かに音を立てる。
観覧席の奥、リカルドゥス公爵が静かに腰を上げる。
隣のアンドレインへ目をやり、わずかに笑みを浮かべ、そのまま訓練場を後にする。
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