闘争
圧倒的な力を見せつけられた徹は、笑みを隠せない。全身を襲う痛み、熱いものが流れ出る感覚、そのすべてが彼に高揚感を与えている。
『あぁ、俺は今……生きている』
脳裏によぎったのは、日本での日々。ただひたすらに使いつぶされ、疲弊した心は生きることを作業のように感じていた。親友にも会えず、休むこともままならない。得る金銭という無機物は、自分に甲斐を感じさせなかった。毎日を死んだように生きていた日々に、体が限界を迎えた。階段を落ちながら一番最初に思ったのは、『やっと終わる』という解放の安堵だった。
だがこの世界に親友と来てから、生きるために必死になる日々は徹にこれまでにない充実感をもたらした。死を身近にすることでしか生を実感できなくなった自分は、今この瞬間が一番生を実感し充実できる瞬間になっていた。しかも今は、魔獣たちとの本能で争いあう生存競争とは違う。長らく研鑽をを積んだ剣士との闘争。剣士の到達点。それを自分の身に、この痛みを与えている。徹の体は、興奮に震えていた。徹は木の幹からそのまま、雨の雫のように自由落下し着地する。リアベルは、その隙を見逃さない。すかさず着地狩りを試みる。その速さはまるで瞬間移動だった。瞬きした時にリアベルはもう徹の着地地点に移動していた。そして、剣を横なぎに振るう。響いたのは、カンという乾いた音だった。誠は棒を床に突き刺し、その棒一本で自分の体を支えている。リアベルの剣が捉えたのは、その棒だった。リアベルに横払いにされた棒は、バランスを崩すものの、徹は宙返りの果てに見事着地する。リアベルは即座に切り返す。徹はそれを持ち替えた棒で受け流す形になる。そう、完全に最初と力関係が逆転した。リアベルは最初の徹のように、攻め手を緩めない。それどころか徐々にその鋭さが増していく。徹は逆に棒を使って攻撃をいなし続ける。しかし、それも長いこと続かない。ついに、受け止めきれず、間一髪でかわした。鼻先をかすめるほどギリギリの一閃は徹の頬を薄く切り裂いた。口元に流れてきた血を徹がペロっと舐める。
誠はリアベルの姿に大興奮していた。
「ルナリア!あれなんなんだ!?」
対照的に青ざめているのはルナリアだった。
「あれは、【化身ディ・一体モーゼ】精霊との一体化よ」
「おぉ……かっこいい」
誠は戦闘に夢中で、ルナリアの様子に気づいていない。
『しかもあれは……精霊たち。たくさんの下級精霊……それも未契約の精霊たちを自身に宿してる。ふつうは一体の契約精霊とやる技なのに。まさか精霊の強制従属術?禁術よ!?』
「見た感じ、パワーとスピードが飛躍的にあがってる感じだな」
「そうね……」
他のエルフたちもリアベルのやっていることに気づいているらしくざわざわとしている。
「フォッフォッフォ大変なことになっておるの」
突如聞こえた笑い声に振り返るとそこには、里長のルシウスが何名かのエルフとやってきた。
「里長!?」
ルナリアが叫ぶと他のエルフの兵士たちも気づき、膝をついた。
「良い良い、楽にせい。演習場に木が生えたとこの辺の子供たちから報告が上がってな。ちょうど良いから見に来ただけじゃ。しかし、リアベルノアの姿……久々だのう」
「里長!あれは……」
ルナリアがリアベルを庇おうと言い訳を述べようとするも、里長は、それを手で制した。
「安心せい。大丈夫じゃ。あれは禁術ではない。あれはリアベルの体質によるものじゃ」
「体質?」
「あやつは、精霊の落とし子。精霊とエルフの間にできた子じゃ。あ奴がやってるのは、兄弟に力を分けてもらっているだけにすぎん。禁術なんかではない」
「そうだったのですね」
「あ奴がお前を目にかけてる理由もわかったろう?」
「はい」
ルナリアは視線を落とす。その先に誠がたまたまいた。
「なに?なんかルナリアも出自に何かあるのか?」
「それは……」
誠に聞かれルナリアは言葉に詰まる。
「あぁ良い良い。無理には聞かないさ。ルナリアはルナリアだし。それより、あっち見ようぜ。そろそろ決着だ」
「えぇ、そうね」
ルナリアはホッと胸をなでおろした。改めてみると戦況は先ほどと大きく変わってはいなかった。しかし、兵士の一人がぽろっと口にする。
「なんか、追いついてきてないか?」
戦況は静かに、そして大きく変化していた。
リアベルは歓喜していた。現在の自分にここまで粘られるとは、思ってもみなかった。
低級とはいえ数十の精霊の力を借りて、膂力はすでに人をかけ離れた次元にある。おそらく、今のリアベルの動きを追えてるのはエルフの中でも数名、そして誠と徹だけだろう。さらに言えば、戦闘といえるほど渡り合えるのは徹と誠の二人だけだろう。リアベルは、自分の目に狂いが無かったことに喜びを感じ始めている。先ほどまで、防戦一方だった徹が反撃を織り交ぜてくるようになったのだ。自分の剣戟をかいくぐり、針の意図を通すような繊細さで的確にこちらの急所を突いてくる。気づけばやり取りはほぼ互角、武器のぶつかり合う音は演奏のように響き、まるでダンスのように、二人は互いの体を寄せては離し。互いに至近距離での攻防が続いている。
『あぁ……このまま、このまま永遠に続いてほしい』
リアベルは、本気でやり合える相手に、この力をもってしても互角に戦える徹との戦闘を終えたくは無か
った。徹の浮かべている表情を見れば、徹もこの戦いを楽しんでくれていることが分かる。しかし、徹とリアベルには決定的に違う要素があった。それは、結果に現れる。
「リアベルさん。そろそろ限界だ。次に俺のすべてをかけさせてもらう」
徹は、リアベルの剣をはじくと後ろに飛んだ。棒で勢いよく地面を叩く。
「【脳筋闘法 ちゃぶ台がえし】!」
地面がめくりあがり、徹とリアベルの間に厚い壁がそびえたつ。
「残念だ」
リアベルは、戦いの終わりを残念がりながら、目の前の厚い壁を豆腐のように切り飛ばした。そして、その先を見て動きが止まる。理解できなかった。そこには、武器である棒を地面に突き刺し、中腰で待ち構える徹がいた。
「これは少し溜めがいるんだ」
リアベルを見る徹の目はまっすぐと、勝利を見据えていた。すぐに剣を誠へと振り下ろす。
「【脳筋闘法 韋駄天キック】」
徹は足をリアベルに向けて突き出した。即座にリアベルは剣を持ち替えて足を受け止めた。
「うおぉぉぉぉおおおお!」
気合の入った徹の声がその場に響き渡る。
「フフフ本当に最期まで面白い!」
リアベルは、徹にそう告げる。膂力はほぼ互角にまでなっていた。しかし、楽しくて終わりたくなかったリアベルと楽しくても勝利を欲した徹。その気持ちの差がここで勝敗を分けた。
「おりゃあ!」
掛け声とともに最後の力を振り絞った徹が、剣ごとリアベルを吹き飛ばす。リアベルは、演習場の端まで飛ばされた。壁に衝突し土煙が上がる。兵士たちが不安そうに見守っていると、土煙の中から、リアベルが現れる。安堵と共に、彼らはリアベルの腕を見てすぐに駆け寄った。握っている剣は無残にも真っ二つに折れていた。しかしそれよりもひどかったのは、リアベルの腕だった。ボロボロになった腕は、ブランと垂れ下がり、明らかに折れていた。しかし握っている剣を放さなかったのは、剣士としての意地だろう。駆け寄る兵士に笑顔を向けながら、机上に振る舞う。徹の前まで歩くと、頭を下げた。
「非常に残念だが……降参だ。ありがとう徹殿」
「こちらこそ、ありがとうリアベルさん」
できない握手の代わりに、リアベルに肩を貸す。リアベルが視線を落とすと、徹の足が見えた。折れては
いないが、筋肉が断裂したのだろう。歪に膨らみ赤黒くなっていた。
「これで、呪いを受けてるとは末恐ろしいな」
「リアベルさんも、次はもっと派手になってくれてもいいですよ?」
リアベルの顔に驚きが浮かぶ。彼は、あの魔法がどういうものか分かっていないはずだ。
それなのに、直感したのだ、さらに上があると。
「本当に末恐ろしい」
リアベルのつぶやきは、寄ってきた兵士たちの騒がしさに消えてしまった。
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