第19話 招かれざる挑戦状と、隠れファンの王女様
王都水質管理局の「特別顧問」という肩書きは、想像以上に強力な集客効果を持っていた。
「……レオン様、こちらが我が家の庭園の池に関する相談でして」
「あの、私の屋敷の地下室から奇妙な音が……」
朝の《つぎはぎ亭》は、いつになく香水の匂いで充満していた。
普段なら下町の住人や職人が集まる店内に、今日は絹のドレスや上質なコートを着た貴族の使いが列をなしている。
「はい、順番にお伺いします」
セレスが完璧な営業スマイルで整理券を配っていた。
「優先対応をご希望の方は、こちらの『特別寄付枠』をご利用ください。天界への徳も積めて一石二鳥です」
【女神】『徳の安売りはやめてくれる?』
「安くはありません。特急料金ですから」
セレスは涼しい顔で、女神のツッコミを無視して金貨を受け取っている。
「……なんか、店がすごくなっちゃいましたね」
カウンターの奥で、ユノが目を丸くしてパンをかじっていた。
「昨日の配信、王都中の人が見てたみたいです。再生数が止まりません」
「おかげで寝る暇もない」
俺はため息をつきつつ、依頼書をさばいていく。
店の回転は順調。売上も右肩上がり。
誰もが「Fランク相談所」の実力を認め始めていた。
――バンッ!
そんな穏やかな(そして儲かっている)空気を引き裂くように、店の扉が乱暴に開かれた。
「おいレオン! いるのは分かってるんだぞ!」
入ってきたのは、場違いに煌びやかな鎧を着た男。
勇者アインだ。後ろには、魔法使いや戦士といったパーティメンバーも従えている。
店内の貴族たちが、ぎょっとして道を空ける。
「……何の用だ、勇者様」
俺はペンを置いて顔を上げた。
「見ての通り忙しいんだ。ドブさらいの依頼なら、もう終わったぞ」
「ふん、調子に乗るなよ」
アインは、わざとらしくマントを翻してカウンターに歩み寄った。
「たかが下水道の掃除がうまくいったくらいで、英雄気取りか? 勘違いするなよ。お前らは所詮、Fランクの落ちこぼれ集団だ」
「そうだな。で、用件は?」
「決まってるだろ」
アインは、懐から一枚の羊皮紙を取り出し、カウンターに叩きつけた。
「決闘だ」
店の中がざわついた。
「来週行われる、王家主催の『王都防衛演習』。そこに特別枠を用意させた」
アインはニヤリと笑った。
「そこで俺たち『勇者パーティ』と、お前ら『相談所』で勝負しろ。掃除じゃなくて、魔物討伐の腕でな」
「……断る」
俺は即答した。
「メリットがない。俺たちは相談所だ。魔物を倒すのはお前らの仕事だろ」
「逃げるのか?」
アインが大げさに肩をすくめる。
「まあ、そうだろうな。戦闘になれば、Fランクのお前らが勝てるわけがない。恥をかくだけだもんなあ?」
「安い挑発だな」
「断れば、王都中に言いふらしてやる。『レオンたちは勇者から逃げ回る臆病者だ』とな。そうなれば、せっかく築いた『顧問』の地位も台無しだぞ?」
俺は眉をひそめた。
面倒くさい。こいつは、自分のプライドを守るためなら、平気で営業妨害をしてくる手合いだ。
ユノが、怒った顔で立ち上がろうとする。
だが、それより早く――
「――その勝負、わたくしが預かりますわ!」
鈴を転がすような、凛とした声が響いた。
声の主は、貴族の列に並んでいた、小柄な少女だった。
フードを目深に被っているが、そこから覗く金髪と、仕立ての良いドレスは隠しきれていない。年は十二、三歳くらいか。
「……誰だ、お前」
アインが不機嫌そうに睨む。
「子供の出る幕じゃ……」
「控えなさい、無礼者!」
少女の後ろに控えていた数人の男たちが、一斉にフードを取った。
現れたのは、王家の紋章が入った鎧。近衛騎士だ。
そして少女も、バサリとフードを脱ぎ捨てた。
輝くような金髪。宝石のような青い瞳。幼いながらも、その立ち姿には圧倒的な品格があった。
「王女殿下!?」
店にいた貴族たちが、一斉にその場に平伏した。
アインがぽかんと口を開け、慌てて膝をつく。
第三王女、リリアーナ・フォン・キングダム。
国王の末娘にして、王都で一番の「お転婆」と噂される姫君だ。
「よ、よくぞお越しいただき……しかし、なぜこのようなむさ苦しい店に?」
アインが媚びた声で尋ねる。
リリアーナ王女は、アインを一瞥もしなかった。
そのキラキラした瞳は、真っ直ぐに俺たちのカウンターに向けられている。
「会いたかったですわ! Fランクの皆様!」
王女様が、小走りでカウンターに駆け寄ってきた。
「昨日の配信、見ましたの! あの『泥の巨人』を浄化する魔法! そして何より、誰も見捨てない騎士道精神! わたくし、感動して枕を濡らしましたわ!」
「……はあ」
俺は呆気にとられた。
「リリアーナ様、もしかして……」
ルナがおずおずと尋ねると、王女は頬を染めて頷いた。
「ええ、大ファンですの! ルナ様の配信、いつもお忍びで拝見しておりますわ! カナ様のミミック使いも、フィオ様の過保護なポーションも、全部素敵です!」
王女は、興奮気味に手を組んだ。
「特に、レオン様! あなたの指揮、痺れましたわ。『英雄の仕事ではないが、相談所の仕事だ』……名言です!」
俺の頭に、赤い注釈が浮かぶ。
――第三王女リリアーナ。
――属性:王族、世間知らず、熱烈なファン。
――現状:勇者より俺たちに好意的。
これは、使える。
「……それで、アイン殿」
王女は、くるりとアインに向き直った。
その表情は、打って変わって氷のように冷たい。
「先ほどの話、聞きましたわ。演習での勝負をご所望とか」
「は、はい! 彼らが真に王都を守るに足る実力があるか、私が直々に試験をしてやろうと……」
「よろしい。では、わたくしが立会人となりましょう」
王女は扇子を開いて口元を隠した。
「ただし、単なる殺し合いでは芸がありませんわね。ここは王都。守るべきものがたくさんある場所です」
王女の目が、悪戯っぽく光った。
「舞台は、王家所有の『水晶の洞窟(グラス・ケイブ)』。あそこで、どちらがより『美しく、被害を出さずに』魔物を討伐できるか……それを競っていただきます」
「水晶の洞窟……?」
アインが顔をしかめた。
そこは、国宝級の水晶が林立する、王都でもっとも美しい、そしてもっとも「壊れやすい」ダンジョンだ。
「もちろん、洞窟内の水晶を傷つければ減点です。勇者様なら、当然可能ですわよね? 国を守る英雄なのですから」
「あ、当たり前です! 俺にかかれば、水晶ひとつ傷つけずに魔物を全滅させてみせますよ!」
アインは、引きつった笑顔で大見得を切った。
内心、「聖剣を振り回せない場所なんてクソだ」と思っているのが顔に出ている。
「レオン様も、受けていただけますわね?」
王女が、期待に満ちた目で俺を見る。
「……ルールがある勝負なら、歓迎しますよ」
俺はニヤリと笑った。
単なる殴り合いなら不利だが、「壊してはいけない」という制限がついた瞬間、それは「戦闘」ではなく「運用」の問題になる。
運用の勝負なら、Fランクの独壇場だ。
「決まりですわね!」
王女が高らかに宣言した。
「来週の演習、楽しみにしておりますわ。……あ、それと」
王女は、こっそりとルナに耳打ちした。
「今のやり取り、配信されてました? もしよろしければ、わたくしを『謎の美少女ファン』として紹介していただけると……」
「……バッチリ撮れてます」
ルナが苦笑しながら親指を立てた。
嵐のように現れ、勝手に勝負をまとめて去っていく王女と、顔面蒼白の勇者パーティ。
店に残された俺たちは、顔を見合わせた。
「……レオンさん」
ユノが、少し心配そうに言う。
「水晶の洞窟って、歩くだけでも折れそうな場所ですよ。戦闘なんてできるんですか?」
「普通にやればな」
俺は、店の隅で寝ていたミミック箱を小突いた。
「だが、うちは普通じゃない。……カナ、来週はテツの出番だ」
「ん、テツ?」
カナがパンを頬張りながら顔を上げる。
「うん、テツなら大丈夫だよ。あいつ、硬いものは消化できないから」
「逆だ。硬いものを吐き出してもらう」
俺は、カウンターに広げられた地図――水晶の洞窟の図面に、赤い印をつけた。
「見せてやろうぜ。勇者の聖剣よりも、俺たちの『工夫』の方が、よっぽど国を守れるってことをな」
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