二章 東の国の香炉 前編

どんよりした曇り空。彩度を失った町では、人々は斜め下を見つめながら重たい足取りで歩く。靴音だけが濡れた石畳に響いていた。

そんな街の外れにあるドルックの雑貨屋「キステラーデン」もまた例外ではなく、曇り空と同じ色彩で静まり返っている。


窓の向こうの湿った光が店内を鈍く照らしている。客もおらず、商品のチェックも終えたドルックは、店の奥のテーブルで暇を持て余していた。栄養不足で荒れた手元にあるのは町の商工会繋がりで持ち込まれた品物。


高さ十五センチほど、重さはそこそこ。丸型の器を黒い土台が支えている。土台側面に押印あり。

光を当て、資料をめくり観察したところ、どうやら千年ほど前の東の国の細工物、香炉らしい。


一緒に渡された譲渡証明書を眺める。

大家宇禄(ユーリュー)の作品。

先祖代々伝わる飾り壺だったが、金に困って質に入れたまま持ち主が死亡し、質流れになった結果診療所のおっさんが買い取った。

それが「面白そうな気配がするから、お前にやるよ」と俺の元に渡ってきた。


ありがちな来歴ではあるが――あのおっさんの勘はよく当たる。何かはあるんだろう。

とはいえ、今のところ手がかりもない。ひとまずは、その繊細な模様を眺めながら手元で香炉の存在を楽しむことにした。


*


数日後、久しぶりの快晴を連れて、パルファから手紙が届いた。


「東行きの船に載せてもらうことになった。この前みたいに海底を歩いてもいいけど、おしゃべり相手がいないのは寂しいからね。出発まであと二週間、このシュトラントって街に滞在する予定なんだけど――それがちょっと長くてさ。だからお手紙を書きました!」


そのまま声が聞こえるような、パルファらしい文章だった。

続けて、お土産を買うための「条件」か列挙されている。


「①街の滞在理由が「観光」の場合、持ち出しできない製品がある

②街一番の商店は誰でも入れるが高価で品質はそこそこ。地元の店は品質ピンキリで、紹介が無いと利用できない

③魔法付き製品の購入には、魔法封じの鞄が必要

④火の月は水の物、土の月は木の物、金の月は火の物、水の月は土の物、木の月は金の物の輸出量に制限がある


条件をクリアできれば買って帰るよ~。何か思いつくものがあれば、春呼び亭三○五号室のパルファまで返信してね。

大体そっちを二十三日までに発送してもらえればまだ滞在してると思う!」


――東の国。

まさに今手元にある香炉の産地だ。

偶然か、はたまた意図してか。分からないが、パルファにはそういう間の良さがある。

俺が「ちょっと困るな」と思ったときに、何でもない顔をしていつも声が届く場所にいるのだ。


さて、お土産の条件を整理するか。

一つ目の滞在理由は観光だろう。瓶詰めは商売とはいえ、彼女の目的は世界を見て回ることだと公言して憚らないので。

持ち出し制限はおそらく保護すべき生物、技術、薬品の類。なら民芸品は問題ないだろう。


二つ目の紹介制――これは人脈がありそうだな、パルファなら。人が好きで、人に関わって生きている人だ。


三つ目。魔法封じの鞄は、輸送時に魔法がこぼれてしまうことを防ぐための保護梱包だ。パルファにはそもそも魔法の瓶の輸送をしてもらっているので、問題にはならない。


問題は四つ目、最後の条件だ。

東の国の古い暦で、今も補助的に用いられている『五行月名』。

火・土・金・水・木の五つの月を上の年、それを繰り返して下の年、十の月で一年とする。

……返送にかかる日数を加味しても木の月の下旬。ということは、金の物――宝飾品や金工品は輸出量制限でほぼ持ち出しできないだろうな。


あとは条件を満たす物を頼めば良い。

品質の良い魔法付きの民芸品。金属をほぼ使っていない布・紙・木製。

――そういえば張り子のだるまを取り扱っていたことがある。軽く、腐らず、耐久性がある。これから海を渡る人にお土産として頼んても負荷は少ないだろう。

幅を持たせて張り子の民芸品、でいいか。


ああ、あと東の国に行くなら香炉の製作者である『宇禄』についても何か情報を聞いてきてほしい――そう手紙に添えて送ることにした。

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