第2話 「かわいい。かわいい! 君は本当にかわいい!」



***


**第2話:矛盾するベクトル**


俺は彼女の肩を掴み、必死に言葉を紡ぎ続けていた。


「かわいい。かわいい! 君は本当にかわいい!」


まるで呪文のように。いや、これは自己暗示の強化だ。

油断すると、脳内の『反対変換スイッチ』が誤作動を起こし、元の姿(らしいもの)が見えてしまうかもしれない。

だから俺は、念には念を入れて「かわいい」と上書き保存し続けているのだ。


その様子を冷ややかな目で見つめる男が一人。友人の佐藤だ。

彼は呆れ顔で、とんでもない正論を呟いた。


「……おい。ちょっと待てよ」


佐藤は顎に手を当て、俺の『超能力(ちょうのうりき)』の矛盾について思考を巡らせる。


(あいつの能力が、『思いついたことの反対になる』現象だとしたら……だ)


佐藤の脳内で論理的な計算が行われる。


(「かわいい」と念じて「かわいい」と思えている現状がおかしい。本来なら、「かわいい」の反対で「ブサイク」に見えるはずじゃねーのか?)


もし本当に反対になる能力なら、

**『うわっ、ブサイク!』と念じる → 反対になって『超絶かわいい!』に見える**

というのが正しい活用法のはずだ。


(あいつ、なんで正面から「かわいい」って連呼してんだ? 能力の設定どこいった?)


佐藤の視線の先で、俺はまだ「かわいいー!」と叫びながら、彼女(一般的にはブス)に頬ずりしている。


(……そうか。ブサイクと言えばいいのに、あえて言わないのか、それとも気づいていないのか)


佐藤は深い深いため息をつき、結論を出した。


(バカだな? アイツ!)


もはや能力云々の話ではない。

ただの「美的感覚が壊れた男」がそこにいるだけだ。


ギャラリーの一人が、ぽつりと呟く。

「すげぇな……ある意味、愛だよなアレ」


佐藤は遠い目をしながら同意した。

「ああ。愛は盲目なんだよ! ……そうだな」


俺たちの周りには、感動的なのか絶望的なのかわからない、奇妙な一体感が生まれていた。


(つづく)


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