星願いのアサンブル 死者からの遺言書 リメイク
冬夜ミア(ふるやミアさん)
星の核になる者たちへ
琴乃巻小晴の憂鬱
琴乃巻小晴
時渡る空、星の見えない街道をひた向きに走り抜く一人の女性がいた。彼女の名は琴乃巻小晴。いつも元気で晴れやかな心を持つ人間に育ってほしいと、父方の祖母がつけてくれた素敵な名前だ。
――彼女が産まれたのは一九九八年十二月二十一日の未明、人より自然に棲む野生動物のほうが多いであろう田舎町で、農業を営む夫婦のもとで生を受けた。と、和多志の記録媒体には記載されている。備考には――上に五歳離れた兄がいて、彼女が産まれた翌年には妹が誕生したことで、三人兄妹の長女と成ったと綴られている。
和多志は他世界を渡り、その世界で生きている存在を観測し、特定の宇宙空間にそれを報告する役割を持つ存在。いつからこの世界で観測作業を行い始めたかはもう忘れてしまったが、前述した内容からして、少なくとも二十年以上は経過している模様だ。
つまり、和多志はその時間分、付きっ切りで彼女を観測していることにもなる。
今までいろんな世界を旅してきたが、その中でも彼女こと琴乃巻小晴という人物には妙に心を惹きつけられる。決して、恋愛的な意味ではなく、懐古趣味的な感覚で、どこか懐かしく感慨深いなと想わせるような魅力があるのだ。
何故そこまでの感情にさせてくれるかは判らないが、きっと彼女の生態に影響されたものなのだろう。
小晴の性格を一言で表現するなら、まさに天真爛漫。気立てが良く、自分にとっても都合の悪いことでも素直に口にしてしまい、一度興味を持ったことについてはとことん追求する性格。そのためか、ときどき相手や現実との距離感がバグってしまい、相手の望まない領域まで入り込んで来てしまう厄介な性質を持つ。
けれども、名前の恩恵か、それとも大自然で暮らしてきた人間特有の能天気さからくる加護なのかは定かではないが、ほとんど彼女を嫌がる者はいない。それどころか、皆から意見を求められ、仮に間違っていても発言対象がすり替わり、多くの罪が赦される特異性も持つときた。きっと、前世では多くの徳を積んできたのだろう。
とはいえ、それを可能としている部分には、特筆すべき下地が存在する。
それは『無類の本好き』であることだ。
本好きと聞いて、どうせ、一日に何冊も読むとか、書店に入り浸る程度でしょ。と通常であれば、鼻で笑って軽くその行為をあしらってしまうところだが、彼女の場合は一味も二味も違う。
そのことが理解できるエピソードをいくつか紹介しよう。
小晴が本に興味を持つようになったのは三歳の頃、彼女の父親がイタズラに『ああ、無情』という外国の小説を読み聞かせたことからはじまる。
父親は特別本が好きだったわけではなく、どちらかというと原作から派生したドラマや演劇を見るのが好きな人で、本来は読書なんて進んでやるような人間ではなかった。けれども、娘が読んでとせがんでくることに調子づいてしまってか、彼女が自立して読めるようになるまで、その頼みを聞き入れ続けた。
当時は現在のようにまだインターネットが一般に普及しておらず、ディスクどころか、今では考えられない箱状のビデオテープと呼ばれるもので物語を視聴していた時代だったから、昨今軽視されている本であっても娯楽的ランクは高かった。
そこから彼女は成長し、小学校に上がるころには小説を一冊一人で読み切れるようになっていて、七歳になる頃には、仕込んだはずの父親すら頬を引きつらせる、本好きの兆候を見せつけた。
兄妹たちは子供らしくお菓子やオモチャを買い物カゴに忍ばせている中、小晴は違った。わざわざ他の階にある書店に赴き、未会計のままカゴに入れてくるものだから、思わず母親も正気を疑い、「書店の物は書店で!」と叱責したほどだった。
その程度だったらよくある子供の本好きエピソードになるのだが、これで収まらないのが琴乃巻小晴である。
時は十年後、彼女は次第に良識の一線を越える本好きへと進化していた。いや、正確には習性と言っても差し支えないほどだ。
ある日、都会の古本屋で小晴はいつものように本を立ち読みしていた。いつもと言っても、習慣(習性)で電子書籍を三冊読んだ後の行動だ。デジタルの海の
それだけならまだ良いのだが、その捕食行動が閉店後も続いたとなれば、話は変わってくる。
あまりにも長い時間居座り続けるものだから、さすがの店主も「そろそろ帰りなさい」と優しく声を掛けるが、その度に当人は「イヤ!」と首を振って、その要求を拒否。何度か目の警告に小晴は次第に無視するようになり、店主も痺れを切らしたのか、警備員を呼んで自体の収束を図るまでに至った。それでも、「イヤだ」の一点張り。最終的に小晴の幼馴染によって首根っこを捕まれ、ドナドナされるまでがワンセットになるほどに本好きを拗らせていた。
挙句の果には、ゴミ集積場に縛られている書籍にまで手を出すようになり、定期的にその場で夜を明かし、ゴミ回収に来た清掃員たちさえも困らせる読者家へと成長を遂げていた。
そんな彼女が現在、眼の前の書店を通り過ぎ、瞳には涙を湛え。右手にはコンビニで購入したであろう袋と酒缶たちをガシャガシャと混ぜ揺らしながら、一直線に家路を駆け抜けてゆく。一瞬、誰かが追いかけているのかと周囲を見渡すがそのような影はない。むしろ、逆走している人々ばかりだ。
それに、改めて彼女の表情を観察すると何度も擦ったのか、薄いはずの瞼が赤く腫れ上がり、それでも止めどなく大粒の涙を落としている。それを見て、いま彼女の裡では途轍もない感情の波が襲っていると判断がつき、どうしてそうなっているのか想像もつかなかった。
何せ、あんなグシャグシャな表情で、髪を乱し走る彼女の姿を、和多志は一度も見たことがなかったからだ。
和多志は何故そうなったかを調べるために、彼女、琴乃巻小晴から伝い揺れる白い精神の糸を摑んだ。そうすると綿がゆっくり弾けたような繊維が膨らんで解け、次第に和多志の精神体さえも包み込む大きさとなった。そこから和多志は彼女の精神世界にアクセスし、その精神へと誘われた。
次の更新予定
毎日 21:00 予定は変更される可能性があります
星願いのアサンブル 死者からの遺言書 リメイク 冬夜ミア(ふるやミアさん) @396neia
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。星願いのアサンブル 死者からの遺言書 リメイクの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます