【短編】『聖女の檻、魔女の庭』双子の聖女は痛みを分かち合えない ~あたしが自害すれば、妹が法悦に震える~
malka
第1話 『聖女の遊びは、血と蜜の味がする』
「痛い? かわいそう。……もっと? もっとする?」
蝋燭の揺らめきに鈍く輝く銀のナイフが、純白のドレスを貫き、私の太ももに突き立つ。
ぞぶり。
ドレスに穴が開き、皮膚が裂け、肉が断たれる感触。 けれど、清純な真っ白のドレスに赤い染みなんて広がらない。
代わりに、目の前の少女――私の愛しい半身、ヴィオラが背をのけぞらせ、あたしを呼ぶ。
「っ、ぁ……! ロザリア、あぁ……!」
彼女を包む漆黒のドレスの左脚が、重く湿り気を帯びる。
ぬらりとした赤が、幾筋も、幾筋も、透けるように白い足先へと流れ落ちる。
頤(おとがい)をのけぞらせ、ほっそりとした指先でたくし上げられる裾。
こらえきれず倒れ込んだベッドシーツに、振り乱したペールパープルの長い、長い、髪がぶちまけられる。
あらわになった太もも、傷一つない、陶器のような白い肌。
それなのに、太ももからは、ぽた、ぽた。
だく、だく。とめどなく流れだす、赤い染み。
それを見るだけで、私の脳髄の奥が痺れるように熱くなる、あたし。
「ごめんね、ヴィオラ。痛かったわよね? 怖かったわよね?」
涙をいっぱいに溜めたアメジストの瞳が、濡れたまま私を見つめ返してくる。
私の太ももに突き立ったままの、過剰な装飾が施された銀の短剣の柄尻をそっと、指で撫でる。
その様子を夢幻の境をさまよう瞳で、見つめるヴィオラ。
期待するようにさらに、熱を帯び潤む、ヴィオラの瞳……!
「あはぁ……」
ごぎり。
私に突き立てたままの銀の短剣を、抉る。ねじる。
途端、弓なりに背をそらし、ほっそりとした身体をぴんと張り、私を求める声がヴィオラの喉をかき鳴らす。
「ロザリア。もっと……もっとぉ! 貴女を、感じさせ……てぇ……! ――かひゅっ」
法悦の涙を流してロザリアが果てた。意識が飛んだ。
艶やかに血だまりに沈む下肢を投げ出したまま。
私は足に突き立つ短剣……純銀のこの短剣は確か、悪魔祓いを名乗る男の物だったかしら?
この世に私とヴィオラ以外の人間なんていらないのに……まして男なんて、不潔な。
イラっとして、銀の短剣を乱暴に抜き取って投げ捨てた。
いっそ何者にも侵されないよう、外の森をもっと凶悪に……いえ、ダメね。それじゃあ飢えてしまうわ。
拷問椅子から立ち、左脚だけ引き攣れた(ひきつれた)みたいな違和感のある脚を引きずって、ベッドに上がる。
甘いよだれを垂らして夢の世界に旅立った、私とうりふたつの、華奢な少女。
ヴィオラの、傷口もなく血を流す太ももにそっと舌を這わせる。
ぴちゃ、ぴちゃ。
鉄錆の味。芳醇な香りが口いっぱいに広がる。蕩けそうな。私のための痛みの味。
内もも、恥ずかし気に主張する膝頭のへこみ、脛の薄い皮、穢れを知らない真っ白なふくらはぎから、足先へ。
名残惜しいけれど、可愛く切りそろえられたつま先に満ちる赤い雫をはむっと、口に含んで。
「ん……」
体の奥底から湧き上がる、熱い熱。
甘美なその感覚と共に、太ももの違和感が消える。
真紅に染まっていたシーツもまた、穢れ無き純白を取り戻す。
これが、私たち双子にかけられた『聖女の呪い』そして、『魔女の祝福』。
私が傷つけば傷はそのままに、その痛みと血の喪失だけを、双子の妹ヴィオラが請け負う。
ヴィオラが傷つけば、その傷は彼女の望む者へも、等しく刻まれる。
私が傷つけば、その痛みはヴィオラを悦楽の果てへと誘う……ヴィオラの被虐の業。
ヴィオラが痛みを感じれば、私の脳が快楽に蕩ける……私の嗜虐の業。
ヴィオラの流す血を私が取り込めば。私とヴィオラの全ては元通り。
二人で一つの、『呪われた双子の聖女』、あるいは、『祝福された双子の魔女』。
「ぅ……ううん」
ヴィオラが熱っぽい吐息を吐き出し、私の首に腕を絡めてくる。
体臭と混ざり合った、甘ったるい香油の匂いが充満する、天蓋付きのベッド。
石造りの塔。拷問器具とドレスに満たされた、窓一つないこの天を衝く退廃の象徴だけが、私たちの世界の全て。
お部屋の隅の黒い棺に添えたお花だけが、私たち以外の、生きた彩り。
退屈で、幸福で、どこまでも閉じた地獄。
でも、足りない。
下の護りの気配が消えた。
そろそろ……かな。
私達の空腹を満たす……あぁ、聞こえてきた。
ガシャガシャ、ガンゴン。
喧しい(やかましい)、醜い音。
ここまで匂ってくる、獣臭いにおい。
自信と自負に満ちた、反吐が出そうな……。
――ズドォォォン!!
※※※ ※※※ 作者後書き ※※※ ※※※
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
本作は3話で完結します。
続きが気になる方、是非、作品フォローをいただけますと幸いです。
12月中に合計8作品の短編百合物語を投稿いたします。
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お勧め百合長編作品、同時執筆/投稿! 是非ご覧ください
【創造の魔女は美少女人形と同調する ~こっそり安楽椅子冒険者をしていたら聖女に推挙されてしまいました~】
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タイトル:宝石継ぎのレティシア ~聖女の遺言と、宝石花のゆりかご~
https://kakuyomu.jp/works/822139841183902481
『レティを泣かせないこと。愛してると言いなさい』
たった一つの言葉を、どうか、忘れないで。
世界を救った代償に、時間が逆行し、存在を失っていく聖女レナータ。
愛する彼女の最期を共にする、宝石継ぎの魔導人形セレスティア。
2人の最後の旅路をどうか、見守ってあげてください。
次の更新予定
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