意気地なしっ!

埴輪

意気地なしっ!

 僕がそう言った時、師匠は──


 ※※※


 レイジは目を開く。


 日は傾き始めていた。


 ──ギシギシと、奇妙な音がする。


 目を向けると、「テツマル」がいた。


 丸っこい金属の塊に、手足が生えた存在。


 レイジは鞄から油差しを取り出し、テツマルの関節に注入する。


 ギシギシがなくなると、テツマルは歩き去っていく。


 レイジは水筒のお茶を飲み干すと、立ち上がって伸びをした。


 荷物をまとめて鞄を担ぎ、転送装置に向かう。


 光の中に入ると、一瞬で薄暗い洞窟の中へ。

 

 外に出て、夕日に目を細める。


「おかえり~」


 レイジに声をかけたのは、椅子に深く腰掛けた、エルフの女性。

 

 テーブルには空になった酒瓶がいくつも並んでいる。


「面白いものは見つかったかい? この敏腕鑑定士のルルンさんが──」


 レイジはダンジョンで収穫した、酔い覚ましの薬草を差し出す。


「お酒はほどほどに」


「わかってるって」と、ルルンはもう一杯ぐびりとやる。


 ツンととがった耳が赤いのは、夕日のせいか、酔いのせいか。


 レイジは肩をすくめると、踵を返して町に向かう。


 ※※※


「はい、ぴったり依頼通りです! お疲れさまでした!」


 ギルドで納品を終え、レイジは報酬を受け取った。


 貨幣を必要分だけ革袋に取り分け、残りは預金機の投入口に放り込む。


 宿屋に戻ると、女将のマーサが「お帰り、レイジ」と出迎える。

 

「ただいま。今月分、渡しておきますね」


「ああ、もうそんな時期かい。月日が経つのは早いもんだね」


 レイジはマーサに革袋を手渡し、二階の自室へ向かう。


 ベッドの上には、きちんと畳まれた部屋着と普段着が置かれている。


 床に荷物を下ろし、ショートソードにガントレット、胸当て、レガースを外す。   


 布やスプレーで一通りの手入れを終えると、レイジは風呂場へ向かった。


 貸し切り状態の浴場で疲れを癒し、一階の食堂で早めの夕食を済ます。


 食後のコーヒーを飲み終え、自室に戻ろうとするレイジをマーサが呼び止める。


「これ、貰いものなんだけど、良かったらやっておくれ」


 マーサが差し出したのは、金の装飾が豪華な酒瓶だった。


「いいんですか? やたらと高そうだけど……」


「いいのいいの! もう二十年以上だもの、実の息子みたいなもんだからね! まぁ、払うものは払って貰ってるけどさ!」


 マーサは豪快に笑うと、「サービスだよ」と、ナッツの入った小皿も差し出す。

 

 レイジは酒瓶と小皿を受け取り自室に戻り、机に置いたグラスに酒を注いだ。


 軽く口をつけると、ピリッとした刺激に続いて、じんわりと甘い香りが広がる。


 これは、ストレートだとすぐ酔いが回りそうだ……レイジはテーブルに置かれた水差しを手に取ると、本棚から本を一冊抜き出し、机に引き返す。


 レイジが椅子に座って広げた本の内容は、無名の冒険者がダンジョンで秘宝……アーティファクトを見つけ、世界を救う旅に出るという冒険小説だった。


 ナッツをつまみに水割りを飲みつつ、創作の冒険を楽しむ。


 徐々に酔いが回り、ページをめくる手も、活字を追う視線も緩やかになっていく。


 レイジは本を本棚に戻すと、洗面所に向かって歯を磨く。


 スリッパを脱いでベッドに入ると、見慣れた天井を見上げる。


 ──幸せだな、と思う。


 三十六歳。 


 十三歳の時、冒険者に憧れて孤児院を飛び出し、ダンジョンブームに沸くこの町に辿り着いたまでは良かったが、ギルドに門前払いされ、行き場をなくしていたところを、ベテラン冒険者の師匠に救われてから、早二十年以上。


 代り映えこそしないが、充実はしている。


 これ以上望むのは、贅沢というものだろう。


 ──でも。


 レイジは寝返りを打ち、本棚に顔を向ける。


 アーティファクト。

 

 明日こそ、見つかるだろうか。


 いや、明日がダメでも、その次がある。


 そうやって、当たり前の冒険は続いていくのだ。


 ※※※


「おじさま~! ご機嫌うるわしゅ~!」


 ノックもそこそこに扉を開け放ったのは、町長の一人娘エレノアだった。


 その時、レイジは着替え中で、エレノアは唇を尖らせる。


「あら、まだお着換え中? 私は準備万端ですというのに!」 


 エレノアはその場でくるりと一回転する。


 いつものフリル付きのドレスではなく、動きやすそうなパンツスタイルである。


 豊かな金髪も三つ編みに束ねられ、ブンっとスイングして空を切る。


「準備って、何の?」


「まさか、お忘れなの! 今日はおじさまのお宝探しに同行させてくれるというお約束でしたでしょうに!」


「……あ~、今日だったか、ごめん」


「私、楽しみで楽しみで、昨晩は八時間しか眠れませんでしたわ!」


「すぐに準備するから、下で待っててくれるかい?」


「あら、遠慮ならずお着換えなさってくださいな? さあ! さあ!」


 グイグイ迫るエレノアを部屋の外に押し返し、レイジは身支度を整える。


 二人揃って一階に降りると、マーサがバスケットを持って待っていた。


「ほら、お弁当を作ったから、ダンジョンで食べな」


「おばさまったら、ピクニックに行くんじゃありませんことよ?」


「今となっては、似たようなもんさ。レイジ、お嬢様のこと頼んだよ」


「わかってます。危ないことはしませんよ」


「もう、そこは俺が命に代えても守りますと、言うところですわよ?」


 マーサに見送られ、宿屋を出たレイジとエレノアは、ダンジョンに向かった。


「おや、エレノワール嬢じゃないか。今日はデートかい?」


 もう酒を飲んでいるルルンに声を掛けられ、エレノアは首を横に振った。


「そんなじゃありませんわ! 冒険ですわよ! ぼ・う・け・ん!」


「へぇ、あの病弱だったお嬢ちゃんがねぇ……時は流れるもんだ」


「あなたは昔から変わらないわね。いつもお酒ばっかり」

 

 ルルンはにやりと笑うと、また一口グラスに口をつける。


「今日こそは、見つかるといいねぇ」


「見つかりますわ! 私がいるんですもの!」


 胸を張るエレノアに、「吉報を待っているよ」とルルンは頷きを返す。

 

 ダンジョンに入ってからしばらく、エレノアはレイジの腕を掴んで身を寄せた。


「……け、結構暗いんですのね。ランタンを点けたらどうかしら?」


「もうすぐだから……ほら、着いた」


 レイジの言葉を待っていたかのように、転送装置が青白く光を放ち始めた。


 躊躇うことなく光に向かうレイジを、エレノアは引き止める。


「あ、あれに入るんですの?」


「大丈夫だよ。ただの転送装置だから」


 レイジに諭され、エレノアは意を決したように、だが、目を閉じたまま、レイジと共に光の中に入っていった。


 すっと風が吹き抜け、エレノアは目を開いた。


「うわぁ……」


 エレノアは周囲をきょろきょろと見渡した。


 そこは先ほどまでの薄暗いダンジョンではなく、開けた草原が広がっていた。


「ここが第一階層。通称『草原』だよ」


「……捻りのないお名前。どうしてお空が見えるの? 魔法の力かしら?」


「そういうダンジョンもあるみたいだけど、ここは転送……違う場所へ移動しているんだって、ルルンが前に話してたよ」


「……これは、期待が高まりますわね! ねぇ、おじさま? 今日の目的地はどこになりますの?」


「えーっと、そうだな……」


 レイジは鞄から地図を取り出して広げる。


 年季が入り、茶色くなった地図には、細かい書き込みがびっしりと刻まれている。


「あら? このあたりだけ何も書かれてませんわね?」


 地図を覗き込んでいたエレノアが、地図の空白地帯を指さす。


「その辺りは危険だからって、師匠が──」


「ビビッと来ましたわ! ここにしましょう! さぁ、出発ですわよ!」

 

 レイジは言葉を飲み込み、溜息をついた。


 危険とは言ってみたものの、そんなものがあるとは思えなかったからだ。


 この二十年、実際にモンスターと戦ったのは、最初の数年ぐらい。


 危険なモンスターは、ダンジョンブーム時にあらかた狩り尽くされていた。


 地図とコンパスを頼りに、草原を歩くこと数時間、辿り着いたのは遺跡だった。


 元々は立派な建造物だったことを忍ばせる、巨大な石柱が立ち並んでいるが、天井の所々には崩落が見られ、日差しが光のカーテンとなって差し込んでいる。


「いかにも何かありそうですわね! さぁ、お宝さん、出てらっしゃい!」

  

 石畳の上を軽やかに進むエレノアの後ろ姿に、レイジは笑みをこぼした。


 レイジがエレノアと出会ったのは十年ほど前。


 当時6歳の少女だったエレノアは病弱で、ずっとベッドの上で横になって過ごしているような状態だった。


 特効薬とされる薬草はダンジョンの草原にしか生えておらず、ダンジョンブームが終焉を迎えた後、地元に残っていた冒険者はレイジぐらいだったので、必然的にその依頼を受注することになったのである。


 レイジは毎日薬草を届けるだけでなく、エレノアが元気な時は冒険のお話をするということが、いつしかお決まりになっていた。


 そしてすっかり元気になったエレノアは、当然のように本物の冒険を望み、レイジと一緒にダンジョンに行くと言い出したのである。


 レイジは本物の冒険をすることで、エレノアが失望してしまうのではないかと不安に思っていたが、要らぬ心配だったと胸を撫で下ろす。


 ……そういえば、僕も初めて師匠とダンジョンに来た時は、今のエレノアみたいに何もかもが新鮮で、事あるごとに大騒ぎしていたっけ。


「あ、あれは何ですの!」


 エレノアが指さす先には、丸っこい金属の塊に手足が生えた存在がいた。


「テツマル、ここにもいるのか」


「てつまる?」


「僕がそう呼んでるだけだけどね。なんか、鉄で丸っこいから」


「……危険はありませんの?」


「大丈夫。テツマルが出てくるのは、いつもコレが目当てだから」


 レイジが鞄から油差しを取り出すと、テツマルはギシギシと音を立てながら、レイジの足元に近づいてくる。


 レイジは片膝をついて腰を落とし、テツマルの関節に油を差してやる。


 ギシギシがなくなり、テツマルはテコテコと歩き去っていく。


「……おじさま、手慣れてますわね」


「いつものことだから……って、あっちにもいるな」


「お、おじさま! 私にもやらせて頂けないかしら!」


 新たなテツマルが、ギシギシと音を立てながら近づいてくる。


 エレノアはレイジから油差しを受け取ると、腰を屈めて手を伸ばし、テツマルの関節に先端を当てる。


 プチュッ。


 ギシギシがなくなり、テツマルはテコテコと歩き去っていく。


「やった! うまくできましたわ! ……あら、あちらにも!」


 瓦礫の影からひょっこりと顔を出しているテツマルに、エレノアは手招きする。


「あなたも調子悪いの? さ、遠慮せずにいらっしゃ……いっ!?」


 あちらからも、こちらからも……瓦礫の影から数十体のテツマルが姿を現し、ギシギシ、ギシギシと音を立てながらエレノアを取り囲むように近づいてくる。


 ショートソードに手をかけるレイジを制し、エレノアは油差しを天に掲げた。


「……これはやりがいがありますわね。徹底的にいきますわよ! ほら、皆さん、一列に並んでくださいな! お一人ずつ、順番ですわよ!」


 エレノアの号令に従い、テツマルはギシギシと一列に並んでいく。


 ……これは、時間がかかりそうだなと、レイジは適当な瓦礫の前で腰を下ろし、背中を預ける。


 レイジの予想通り、エレノアの油差しは日が傾くまで続いた。


「ふぅ、なんとか油も足りて良かったですわ!」


 一仕事終えたエレノアは満足そうに頷く。


 すると、一度は姿を消したテツマル達がエレノアの周りに再集結していた。


「あら? 皆さんまだ調子が悪いところがありますの? もう油が──」


 テコテコテコ……テツマル達が足元に取り付き、エレノアはバランスを崩して尻餅

をついたが、それを他のテツマル達が受け止め、そのままテコテコと歩き出した。


「きゃ~っ! おじさま~!」


「エレノアっ!?」


 レイジは弾かれたように立ち上がり、去り行くテツマル達を追いかける。


「おい、嘘だろっ!?」


 ──テツマル達が向かう先には、見上げるばかりの巨大な壁面。 

 

「いや~っ! ぶつかりますわ~っ!」


「エレノア―っ!」


 ──次の瞬間、テツマル達とエレノアは壁の向こうへと消えていた。


 レイジは壁の前で立ち止まると、息を切らせながら、壁に手を伸ばす。


 何の抵抗もなく、手の先が壁の中に吸い込まれていく。


「……転送、装置か」


 レイジは意を決して、壁の先へと走り抜けていく。 

 

 壁の先は遺跡とは打って変わり、深い森の中だった。

 

 道なりに走ると森が開け、エレノアがぺたんと座り込んでいた。


 テツマル達の姿はどこにも見えない。


 レイジはエレノアに駆け寄り、「大丈夫か?」と声をかける。


「ああ、おじさままで……私たちに、死んでしまったのかしら? そうなると、ここは天国? 随分、薄暗いですわね。まるで、森の中にいるような──」


「大丈夫、生きてるよ。あの壁は転送装置だったんだ」


「……あ、ああ、そういうことですの、はぁ、良かった……」

 

 安堵の溜息をついたレイジは、目前に明かりのついた建造物を見つけ、息を呑む。


「あら? あれは何かしら? お洒落な喫茶店のような……」


 エレノアは立ち上がると、建造物に向かって歩き出す。


「ちょ、ちょっと待って!」


 レイジは周囲に目を配りながら、エレノアの後に続く。


「やっぱり、喫茶店ですわ! 看板が出てますし! ああ、助かりましたわ、私、もう喉がカラカラで……」


 レイジが制止する間もなく、エレノアは喫茶店の扉を開いた。


 カラン、とベルが鳴る。


 店内は明るいもののしんと静まり返っていた。


 そして、テーブル席には人影が一つ。


 メイド服を着た、黒髪の女性。


「あら、メイドさんだわ。少し、お話いいかしら?」


 エレノアの呼びかけにも、黒髪の女性は微動だにしない。


「寝てらっしゃるのかしら? ……ひゃあっ!」


 黒髪の女性を間近で覗き込んだエレノアが、弾かれたようにレイジに駆け寄る。


「どうした!?」


「あ、あの方……人間じゃ、なかった」


 レイジはエレノアを庇いながら女性に歩み寄り、まじまじと見つめる。


 美しい顔立ちだが、首筋には歯車が覗いていた。


「この方、一体……あっ! まさか、この方がお宝──」


「帰ろう」


 レイジは踵を返し、喫茶店から出ていく。


「ど、どういうことですの? あ、まずは報告ですわよね! ルルンにも──」


「誰にも話さないで」


「そんな……」


「お願いだから」


「……わかりましたわ」


 エレノアは機械仕掛けの女性を振り返りながらも、レイジの後を追った。

 

 ※※※


 部屋に戻ったレイジは、グラスになみなみと酒を注ぎ、それを一気に飲み干した。


 食道が焼けるように熱くなり、急激に体が熱くなっていく。


 レイジは激しくむせながら本棚に向い、一冊の本を取り出した。


 それは、アーティファクトに関する法令がまとめられたガイドブックだった。


 アーティファクト。


 それは、全ての冒険者の憧れ。

 

 武器、魔法、生き物、その形態は様々だが、世界を変える力を持つということだけは同じだった。


 そして、手にした者の人生も。


 それだけに、その取扱いは厳重であるべきだった。

 

 その所有が許されるのは、選ばれし、資格を持つものだけ。


 しかし、アーティファクトはもちろん、新たなダンジョンの発見はこの五十年報告がなく、枯渇したというのが冒険者ギルドの正式見解だった。


 ──それなのに。


 ※※※


 レイジが師匠と出会った時、師匠の齢は80を超えていた。


 16歳から冒険者として活躍していた師匠でも見つけることが叶わなかったアーティファクトは、まさに秘宝だとレイジは思った。


 それでも、手に入れることはできるはず……そう、信じていた。


 自身を孤児院に預けた、冒険者の両親がそうだったように。


 ──だが。


 レイジが16歳になり、冒険者の資格を手にすると同時期に、師匠は倒れた。


 そして今際の際になって、師匠はレイジに秘密を打ち明けた。


 師匠はアーティファクトを見つけていた。


 だが、その権利を放棄していたのである。


 怖かったんだと、師匠はレイジに語った。


 自分には今ある幸せが分相応、それ以上を得る資格なんてなかったのだと。


 何を馬鹿なと、レイジは思った。


 見つからないならまだいい。


 だが、見つかったのに手放さなければならないなんて、資格とやらを持ちあわせていなければ、絶対に手に入らないではないか。


 ──意気地なし。


 なんと酷いことを言ってしまったものだと、レイジは身をもって痛感していた。


 それを見つけたと理解した時、身を打ち震わせたのは喜びではなく、絶望だった。


 一瞬で分かってしまったのだ、自分が資格を持たないものであることを。


 ……見つからなければ良かった。


 見つからなければ、こんな惨めな思いをすることはなかった。


 夢が夢のままなら、夢を見続けることができたのに。


 ※※※


「おじさまっ! 起きてくださいましっ! 大変ですわよっ!」

 

 激しく肩を前後に揺らされ、レイジはぼんやりと目を覚ます。


「……エレノア?」


「町に妙な方々いらっしゃったんですの! 調査団とかなんとか……」


 ドクンと、レイジの心臓が強く跳ねた。

 

 どうして……だが、今となっては好都合かもしれない。


 レイジは立ち上がり、扉へ向かう。


「おじさま?」


「話してくる。全てを」


「そ、そうですわね! あのお宝は、おじさまのものだって──」


「僕は所有権を放棄する」


「えっ……」


「あれは、僕みたいな凡人が手にしていいものじゃない」


「それじゃ、何ために探してたんですの?」


「見つかるはずなんてないと思ってたんだよ。見つかってほしくなかった」


「そんなの、あんまりですわ!」


「じゃあ、どうすればいいって言うんだよ! アーティファクトの個人所有は国際法で禁じられていて、違反したら極刑──」


「意気地なしっ!」


 エレノアの拳が鳩尾に突き刺さり、レイジはぐっと息を詰まらせる。


 そこはダメだって……レイジの抗議は、エレノアの頬を伝う涙に打ち消された。


「僕みたいな凡人がなんですって! 夢を掴むのに資格なんていりませんわ! これまでずっと頑張ってきて、ようやく掴んだ夢をそんなことで手放さないといけないなんて、そんなの、余りにあんまりですわ!」


 ──あの時。


 僕のあの言葉を聞いた師匠の表情は……笑顔だった。

 

 師匠は、ずっとその言葉を待っていたのかもしれない。


 そして、僕も。


「……君の言うとおりだ」


「おじさま! じゃあ……」


 エレノアの泣き顔が、ぱっと笑顔で輝く。


「手遅れかもしれないけど、やれることはやってみるさ」


「その意気ですわよ! 調査団とやらの足止めは、私にお任せくださいませ!」


「足止めって、何する気?」


 エレノアはペロッと舌を出し、グッと親指を立ててウィンク。


 走り去っていく後ろ姿に、レイジは一抹の不安を抱く。


 レイジは気を取り直すと、ダンジョンへ向かって走る。


「お? レイジ、今日は一人で──」 


「ルルン! 一緒に来て!」


 レイジはルルンを抱き上げると、ダンジョンの中へ。


「見つけたんだ! アーティファクトを! だから、鑑定をお願い!」


「ええ!? ちょ、まって、今、揺らしたらダメだって! ウップ……」


※※※


 ……オロロロオォォン。


※※※


「……うん、これは間違いないね。おめでとう」


 ──喫茶店。


 機械仕掛けの女性をルーペで覗いていたルルンが、レイジを振り返る。


「これから、どうすれば?」


「ん~、まずは起動させるのが先決だね」


「方法は?」


「眠り姫を目覚めさせるのは王子のキスというのが、古来からのお約束だよ」


「……マジですか?」


「マジもマジ、大マジよ。ほら、さっさとブチュ―っといきなさい!」


「そうはいきませんよ」


 レイジが振り返ると、店内には物々しい出で立ちの男達が並んでいた。


 中央に立つ、上質なローブをまとった優男が口を開く。


「……報告を聞いたときは、まさかと思いましたがね。鑑定士のお墨付きとはありがたい。さあ、それを引き渡して頂きましょうか」


 調査団……はっとして、レイジは口を開く。


「エレノアはどうした!」


「……もしかして、あの元気なお嬢さんですか? お茶に誘われたのですが、先に飲んだら眠ってしまいましてね。よほど、お疲れだったのでしょうか?」


 何をやってるんだ……レイジは頭を抱える。


「第一発見者はギルドへの通報が義務ですが……それはこの際、不問としましょう。ですが、これ以上抵抗するなら容赦はしませんよ?」


 ローブ姿の優男が手を上げると、控えていた調査団が一斉に剣を抜き放つ。


 レイジも腰のショートソードを抜き、構える。


「……対人戦の経験は?」


 ルルンに問われ、レイジは首を横に振る。


「なら、お姉さんに任せなさい」


 ルルンはレイジの手からショートソードを抜き取り、一歩前に出る。


「彼に手を貸すなら、あなたも同罪ですよ?」


 ローブ姿の優男も剣を抜き、ルルンに向かう。


「……どの口が言ってんだか」


 その一撃を受け止めた瞬間、ルルンが叫んだ。


「あっ、ダメだこれ! 体が忘れちゃってる! 急いで!」


「急いでって……」

 

 レイジは機械仕掛けの女性の前に立ち、腰を屈めて視線の高さを合わせる。


 正面から見据えると、その美しさに見惚れてしまう。


 これが機械でできているとは、とても信じられ──


「うわー! もうダメ! マジもう無理!」


 激しい剣劇の音に紛れて、剣を構えた調査団が近づく足音が聞こえる。


 だけど、こんな綺麗な女性にキスする資格なんて──


「意気地なし」

 

 すっと機械仕掛けの女性が立ち上がり、レイジの唇を奪った。

  

 レイジは尻餅をつき、機械仕掛けの女性を見上げる。


 機械仕掛けの女性は調査団を深紅の瞳で見据え、口を開く。


「マスター」


 美しく、澄んだ旋律。


「あの目障りなクズ共を、ブチ殺せばよいですか?」


 だが、とんでもなく口汚かった。


「こ、殺しちゃダメだって」


 チッと舌打ちし、機械仕掛けの女性は手を振りかざす。

 

 すると、手の中に光の縄が出現し、彼女の手さばきに合わせてまるで生きているかのようにうごめき、調査団をあれよあれよという間に拘束する。


「ば、馬鹿な!」


「隙ありぃ」

 

 ルルンはローブ姿の優男の手を蹴り上げ剣を飛ばし、身を屈めて足を払うと、その鼻先にショートソードの切っ先を突き付けた。


「チェックメイト。さぁ、洗いざらい吐いてもらうわよ~? アーティファクトの情報をどうやって手に入れたのかとか、それを上に報告しなかった理由とか、ね」


「ど、どうしてそれを……」


 ルルンはにやりと笑い、「さて、あちらは……」と顔を向けると、床に尻餅をついたままのレイジに、機械仕掛けの女性が手を差し伸べているところだった。


「ディアボリカと申します。以後、お見知りおきを」


「ああ、よろしく」


 レイジが掴んだその機械仕掛けの手は、意外なほど柔らかく、温かかった。


 ※※※

 

 ──ローブ姿の優男を含む、調査団の面々は、後日、正式にギルドから派遣された調査団によって、本部まで連行されていった。


「アーティファクトの横領は、極刑なのにねぇ~。あ、死刑は廃止されたんだっけ? まぁ、いずれにしても終わりだよね、本当、馬鹿なことしたもんだよ」


 ルルンはギルドのソファに腰を沈め、酒ではなくコーヒーを口にする。


 その向かいで、レイジはテーブルにうずたかく積まれた書類一枚一枚に目を通し、その都度サインをするという行為を、延々と繰り返していた。


「……書類って、こんなに書かなかきゃいけないの?」


「これでも少ない方だって。自我がない奴だと、所有権周りでもっと面倒だから」


「マスター、このうざったい小娘、殺していいですか?」


 レイジが顔を向けると、ソファに腰かけたディアボリカを、エレノアはじろじろと観察しては、「ほ~」とか、「ふむふむ」とか、「興味深いですわ……」とか、色々な感想をブツブツと口にしていた。


「ダメだよ」


 チッと舌打ち……この反応にも、この数日でだいぶ慣れてきたレイジであった。


「でもさ、これから大変だよ~? 何しろ、危険度SSS級だからねぇ」


「……は?」


 きょとんとするとレイジに、ルルンは小首を傾げる。


「あれ、言ってなかったっけ? この子さ、旧時代の戦略兵器なんだよ」


「戦略……兵器?」


「平たく言えば、世界を征服するために作られたってこと」


「あら、あなたメイドさんじゃなかったんですのね?」


「舐めるな、小娘。私がその気になれば、こんな町の一つや二つ──」


「そうだ! おじさま、世界を征服したら、私に半分くださらない?」


「あ、いいな、私にも頂戴! お酒が美味しい国だけでいいからさ!」


 レイジはめまいを覚えて、頭を一振りする。


 これから僕の人生がどこに向かうかはわからない。


 だけど、まずは師匠のお墓にこのことを報告しようと思うのだった。

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