深夜の凸凹ラジオ

深山カカオ

第1話

『深夜の凸凹バキューン・すと~んラジオ 第3回』


深夜二時。

夏の終わり特有の湿り気を含んだ空気が、静まり返った住宅街の屋根をゆっくりなでていく。

開け放した窓から入る風はぬるく、遠くで虫がひっそり鳴いていた。


スマホ画面に映る配信ページの時計が、予定時刻へじりじりと近づく。

数字は淡々と進むのに、チャット欄だけが妙に落ち着かない。

>>(今日もすと~ん回)

>>(バキューン待機)

>>(深夜テンションで聴くのが正解)


予定時間を少し過ぎた頃、唐突にオープニング映像が始まった。

画面いっぱいに星粒が弾け、ピンクの軌跡が夜空を切り裂く。


ジングルが流れ、映像がゆっくりとフェードアウト――。

そして、ふたりのVtuberの姿が浮かび上がる。


「ぷるる~んぱいぱいぽ~……みんなの視線を独り占め。

 おっぱい星特別大使のレジィだよ~。

 今夜もあなたのハートをバッキューン♡」


レジィは手で作った指鉄砲を軽く構え、画面越しの視聴者へウインクしながら引き金を弾くような仕草をする。肩まで揺れる髪が、光に合わせてふわり跳ねた。


「あぁ~……天にまします我らの乳を称えよ……

 ヒンヌー天使の白羽しろはねひかね、すと~ん担当

 ……いや、何回でも言うけどすと~ん担当ってなんだよ。

 抗議続行中だよレジィ」


ひかねは眉間にぐっと皺を寄せ、半眼でレジィを見る。

対するレジィは目線をやや上に逸らし、ケタケタと無邪気に笑った。


「え~?ひかねちゃん、“バキューン&すと~ん”って語呂よくない~?」


「語呂の問題じゃない!そもそも“すと~ん”って何!?」

>>(草)

>>(すと~んの意味公式に知りたい)

>>(ひかねちゃん今日もキレ味鋭い)


レジィは楽しげに肩を揺らしながら、片手で自分の胸元を隠すように押さえつつ微妙に誇張して見せる。


「ほら、“すと~ん”って引っかかるものがない感じ?つるん、と清楚で~」


「つるんってなんだよ。あるよ。ちゃんと引っかかるよ」


「ん~。じゃ、岩みたいに硬いって意味じゃない~?ストーンって……」


「おやじギャグか!それあばら骨が硬いって言いたい?!

 ちゃんと柔らかいわ!ちゃんとあるわ!」


「えぇ~どこぉ~?見えないよ~?」


挑発するように前のめりになり、画面に少し寄るレジィ。胸元が意図せず強調され、チャットが一瞬ざわつく。


「……」

「きゃぁあ♪胸叩かないで~♡」


ひかねの無言の拳がレジィの上腕にぽすっ、と入る。


「……」

「いやぁ~ん♡」


「……っ」

「あ、駄目、そんなに強くしないで~♡」

>>(草草草)

>>(草草草)

>>(うらやまw)


ひかねは笑いを堪え、頬をふくらませながらも、レジィから目線を離さずにじとりと睨む。

レジィはひらりと一歩引き、ひかねの手が届かない距離まで下がった。


「もぅ~。じゃあ“ぺったん”にしよっか~?」


「あぁー……言ったね。言っちゃったね。

 それを言ったらもう戦争ハルマゲドンだよ!?」

>>(禁句いったー)

>>(これは戦争)

>>(ひかねちゃんの殺意上昇)


ひかねは椅子から少し前へ身を乗り出し、ゆっくりと距離を詰める。

レジィは口元に手を当てて「やっちゃった~」とばかりに困った笑顔。


「でもね~、“すと~ん”って可愛いんだよ~。バキューンのあとに“すと~ん”って落ち着く音がしてさ~」


「その“落ち着く岩の音”みたいな表現やめなって言ってるの!!」


怒りながらも、ひかねの声にはどこか楽しげな震えが混じっていた。


◆    ◆    ◆


「あははは、さてさて~、そんなひかねちゃんとお送りする第3回。

 今日は何しよっか~?」


「あー、どうしよっか…なんかある?」


「今日で3回目なんだよね~。前回と前々回って何してたっけ~?」


「んー、どうだっけ…ずっと雑談してた気がするな」


ふたりは顎に手を添え、首を傾げながら記憶をたどる。


「……ほら前回さ、“ひかねちゃんは洗濯物を畳むのが壊滅的に下手”って話にならなかった~?」


「ちがうちがう!あれは畳んだ瞬間にTシャツが勝手に丸まっただけだから!」


「あとさ~“もし二人で同棲したら”って妄想トークしたじゃん。

 ひかねちゃん、絶対台所でケンカするタイプ~」


「お前が勝手にスパイス増やすからだろ!味が迷子になるんだよ!」


思い返したエピソードが次々あふれ、ふたりは目を合わせてケタケタと笑う。


「ん~……また雑談でもいいけど、ずっと同じことするのもあれだよねぇ~」


「そうだなー。あとはなんだろう」


レジィが指をトントンと机に叩き、ふと視線を上げる。


「ん~、突発だけど凸待ちしてみる~?」


その瞬間、レジィの瞳にいたずらっぽい光が宿る。

チャットもざわっと波立った。

>>(こんな深夜にw)

>>(ど深夜に突発凸待ちw)

>>(誰か来れるのか!?)


「まじかー。この時間誰か配信してるかなぁ」


ひかねは椅子を引き直し、キーボードへ手を伸ばす。

軽快なタイピング音とクリック音が、深夜の部屋にカチカチと響く。

>>(調べてて草)

>>(検索してて草)

>>(操作音が響いてて草)


「んー……何人かいるな」


「大丈夫だよ~。フブユキ先輩なんて絶対起きてるし~」


「あの人いつ寝てるんだよ……」


「んじゃDiscord書くよ~。“深夜の凸凹ラジオ第3回、凸待ち受付中~♡”っと……」


「よし、来るなら来いって感じで……」 


──その瞬間。


ピコン。


ふたりは同時に顔を上げた。

一拍置いて、視線が交差する。


「あれ?」


「……早くない?」


「まだ書き込んだだけだよ~?送信してないよ?」


「えぇぇ~、何それw」


ひかねが怪訝そうに眉を寄せ、レジィは逆ににへらと笑う。


「このタイミングで来るって、めっちゃ気になるんだけど~♡」

>>(誰だ?)

>>(誰か配信見てたのかな)

>>(タイミング凄すぎて草)


「あははは、とりあえず出なよ」


「う~ん、じゃあ出るよ~?誰だろ~?」


レジィが画面をのぞき込み、息を止めるように固まる。


「……あ~、これマリナ先輩だわ~」



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