第27話 風邪のお見舞い


 昨日、半グレグループに拉致された水無月を助け出してからは、色々と大変だった。


 雨に濡れた俺が心配だからと、水無月が家まで付き添ってくれたのはよかったのだけど、とりあえずシャワーで冷えた身体を温めた後で、帰りがいつもより遅くて心配していた麻衣に、そうなった理由を問い詰められて、結局バレてしまい、危険なことに首を突っ込んだことを散々怒られてしまった。

 でも、水無月を助けたことに関しては、「良いことしたね。カッコいいよお兄ぃ」と褒めてくれたけどな。


 そうして翌日を迎えたわけだけど、お約束というかなんというか、俺は見事に風邪を引いて熱を出してしまっていた。


「それじゃあお兄ぃ、私はもう学校に行くけど、大人しく寝てるんだよ。それと水分は小まめに補給しなきゃダメだからね」

「あ〜い」


 俺は気だるげに布団から顔だけ出して麻衣に答えた。


 はぁ······まさかホントに風邪引くなんてな······このチートスペックな怜人の身体も、病気には勝てなかったか·····


 麻衣が出て行った後、部屋に一人となり、ベッドに横になりながらそんなことを考えていると、次第に睡魔が襲ってきて、いつしか俺の意識は眠りの世界へと落ちていた。



 Side:水無月



「えー吾妻君ですが、風邪を引いて熱が出てしまったとのことで、今日は学校をお休みすると先程妹さんから連絡がありました」


 朝のHRで、教壇の前に立った千早希ちゃん先生が、皆に伝えた。


 私が危惧していたように、雨に濡れたまま長時間放っておいたせいで、風邪を引いてしまったらしい。


「それで、今日配布するプリントを吾妻君に持って行って欲しいんだけど、誰か立候補してくれる人はいませんかー?」

「吾妻君とお近づきになれるチャンス! でも家がどこにあるか知らない······」

「お前知ってる?」

「さあ、行ったことないな」


 皆がそんな風に話す中、私は手を挙げて立候補することにした。


 吾妻君には大きな恩があるからね。

 プリントを渡すついでにお見舞いをして、少しでも恩返ししないと。


「先生、私が持って行きます。彼の家なら一度訪れて知ってますから」

「あら、そうなの? それじゃあお願いしようかな」

「はい」


 私は頷いて、千早希ちゃん先生から、吾妻君の分のプリントを受け取った。


 その様子を一樹がジッと見つめていた。


 一樹はあれから何も言ってこない。

 たぶん一連の犯行に、多かれ少なかれ関わってはいるんだろうけど、それは警察の捜査に任せることにした。


 まあ一樹のことはどうでもいい。

 今は吾妻君の容態の方が気がかりだ。

 ただの風邪だと言っても、拗らせれば肺炎に悪化して命に関わることだってあるんだから。


 そんな心配をしながら一日を過ごし、放課後になった。


 私は急いで帰る準備をすると、学校を出て、途中でお見舞いの品を買い、吾妻君の家に向かった。


 吾妻君の家に着き、玄関口でインターホンを鳴らしてしばらく待つと、倦怠感を感じさせる様子で吾妻君が顔を見せた。


「はい······って水無月!?」

「こんにちは、吾妻君。風邪の具合はどう?」

「まだ少しだるさは残ってるけど、さっきまでずっと寝てたおかげで、熱はだいぶ下がったよ」

「そう、それは良かったわ。先生にプリント頼まれて持ってきたの。それと個人的にお見舞いにね」


 とお見舞いの品々が入ったビニール袋を掲げて見せる。


「そうか。わざわざありがとな。とりあえず上がってくれよ」

「ええ、それじゃあお邪魔するわね」


 吾妻君に招き入れられて家の中に入り、二階にあるという彼の自室へと向かう。


「どうぞ、入ってくれ。何もない部屋だけどな」


 促されて、私は吾妻君の部屋に入った。


「へぇ、綺麗に片づいてるわね」


 と室内に視線を巡らせながら言う。


「まあ適当にそこらへんにでも座ってくれ」

「ええ」


 頷いて、中央に置かれた四角いローテーブルの前に敷かれたクッションに座った。


「はい、これ、お見舞い。飲みやすいゼリー飲料とかスポーツドリンク何かを適当に買って来たわ」

「おお、ありがとな。ちょうど喉が渇いてたところだから、早速飲ませてもらうよ」


 と吾妻君は、手渡されたビニール袋の中からスポーツドリンクのペットボトルを取り出すと、蓋を開けてゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み出した。


「ふぅ、美味かった。おかげ人心地ついたよ」


 一気に半分以上飲んで、吾妻君が息をく。


「熱があったせいで発汗して、身体が水分を欲しがっていたのね」

「ああ、朝起きた時は38度以上熱があったからな」

「まだ寝ていた方が良いんじゃない?」

「今は薬が効いて37度ちょっとまで下がったから平気だよ」

「ダメよ。油断してまた熱が上がったらどうするの。ほら早くベッドに横になって」

「わ、分かったよ」


 私は半ば強引に吾妻君をベッドに押しやり寝かせた。


「さっきまで寝てたから、あまり眠たくないんだけどな······」

「それなら私が子守歌でも歌ってあげましょうか」

「それはちょっと恥ずかしいから遠慮させてくれ」

「ふふ、こうしていると、あなたも小さな子供みたいね」


 そう言うと、私は掛け布団の中に両手を入れ、彼の手を包み込むようにして握った。


「え、水無月······?」

「······ありがとう、吾妻君。あなたのおかげで今私はこうして平穏な日常を過ごせているわ。お見舞いくらいでお礼にはならないかもしれないけど、これから少しずつでも返して行くから······」

「言ったろ? 俺は水無月が無事だったらそれで満足なんだよ。水無月は、俺が不良だった頃から話しかけてくれていた大切な友達だからな。その友達を守るためだったら、俺は何度でも命を張ってやるよ」

「うん、ありがとう······でももうあんな無茶はしないで。吾妻君が凄く強いのは知ってるけど、卑怯な手段をとられでもしたら、今度は無事では済まないかもしれないわ」

「ああ、分かった。気をつけておくよ」

「ええ、そうして。それと私のことはこれから下の名前で呼んで。もうそれぐらい親密な関係になれたと思うし」

「ああ、そうだな。それじゃあ俺のことも怜人って呼んでくれ」

「分かったわ、怜人」

「ああ、改めてよろしくな、葵」

「それとこの機会に、連絡先も交換しておきましょう。あなたと夜にレインしたりもしたいし」

「そうだな。俺もそうしたい」


 そうして連絡先を交換した後は、しばらく会話を続け、午後六時になったところで、私は「それじゃあ、お大事に」と吾妻君の家を後にした。



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