第2話
「ありがとう。それで、なに?」
星野さんは学業祈願のお守りを広い、ポケットに突っ込む。
「え……、あ、えっと……」
僕は告白のあと、どうするのか全然考えていなかった。頭の中は大混雑。大量の感情が交通事故を起こし、大爆発が起こると黒い煙ではなく真っ白な煙が広がり何も考えられない。
「私と付き合いたいの? それとも中学生最後の思い出作り? ただ、エッチしたいだけ? 罰ゲーム?」
「ば、罰ゲームじゃない。僕は本当に星野さんが好きです!」
またしても沈黙の時間が流れた。
「香奈、なにしてる。さっさと行くぞ」
背後から野太い声が聞こえ、振り返るとガタイのいい男の人が立っていた。高校生? いや、大学生くらいに見える。星野さんの親にしては若すぎるし、きょうだいにしては顔が似ていない。僕が黙っていたせいで、話しかけるタイミングを与えてしまったようだった。
「わかってる」
星野さんは自転車を押しながら僕の前を通る。同じくらいの背丈。僕の前に来ると、手を差し出してくる。僕が手を乗せると「犬じゃないんだから」と突っ込まれた。
「第二ボタン。残っているなら、貰ってあげる」
第二ボタンに繋がっているプラスチックの留め金を外し、金メッキが施された品を彼女の小さな手の上に置いた。
第二ボタンは好きな人にあげる、又は貰いに行くのが定番。おそらく、僕のことが好きではない彼女が欲しがるような品ではないと思う。じゃあ、僕のことが好きってこと? 何の接点もなかったのにそんな訳あるか? いや、ないな。
「なんで、僕のボタンなんて……」
「んー、中学最後の記念かな? 曲がりなりにも、告白されたのは初めてだし」
星野さんはボタンをお菓子のゴミでも扱うように雑にポケットに推し込み、何事もなかったように歩き出す。
僕は彼女に何か言おうとした。でも言葉にならなかった。ガタイのいい男性の横を歩く彼女の背中を見ながら、ひとつだけ思う。
――もしかして、僕の恋、終わっちゃった?
ぽつんと一人残った自転車小屋で、三年間片思いしていた女の子に振られた。不思議と涙が出てこない。多分、九九パーセント振られるってわかっていたからだと思う。
「い、言えてよかったよ。うん、言えずに終わるより、ずっといい」
ひとりごちりながら、教室に戻る。その際、陽翔くんと遭遇したけれど何も話さずにすれ違った。告白して振られたことなど、話す必要もない。話して何か変わるわけでもないのだから。
第二ボタンが外れている上着を脱ぎ、白いカッターシャツ姿で家族と合流。まるで、何事もなかったように先ほどの続きが流れ出した。
よく喋る父と弟、制服の第二ボタンが外れているのをすぐに気づいた母親は「どこかで落としたの?」と聞いてきた。天然だ。
父と弟に気づかれれば今日ずっと弄られてしまうので、そういうことにしておいた。僕の第二ボタンはたまたま出会った好きな女子の手の平に落っこちてしまったのだ。
粟野中学校から木崎通りにあるファミリーレストラン『ココス』に入り、ちょっと豪華な昼食を得る。
大好きな三種のチーズが入った包み込み焼きハンバーグを食べてもなぜか味気ない。味が濃いデミグラスソースが大量に掛かっているのに……。
ドリンクバーでコーラやファンタ、メロンソーダなど、振られた影響かやけ飲みするも、炭酸で胃の中がパンパンになるだけで心はちっとも満たされた気がしない。
むしろ、二度と彼女に会えなくなってしまうと思うと空しさすら感じる。
地球にいる女の人は何億人もいるのだから、男は恋多き生き物なのだから、運命の人と呼べるような相手じゃなかっただけなのだからと、言い訳のような考えが頭の中を巡る。
食事を終え、車の中に戻る。
「さて、携帯電話でも買いに行くか」
「いいなー、俺にも買って~」
「直はあと、四年したら買ってやる」
隣の席で弟が手足を振り回し「長いぃ~」と赤子のようにだだをこねていた。
「四年なんて、あっと言う間だよ……」
僕は車の窓から長年過ごしてきた敦賀の街を見つめた。よく晴れた日、窓から差し込む光が眩しい。ずっとほしかった携帯電話の話題が出ても、気持ちが乗らない。もっと早く持っていれば、星野さんと連絡先を交換できたかもしれなかった。
――ふ、振られたのにいつまでくよくよしているんだ。気持ちを切り替えないと。もう、僕はもうすぐ高校生なんだ。あと三年もしたら成人しちゃうんだぞ。
頬を叩き、女々しい自分にサヨナラするべく、星野さんのことは考えない。彼女が他の学校で別の男子と恋仲になってしまう状況など気にしない。そもそも、彼女はすでに付き合っていて僕のことを子供っぽいなと見ていたのだろうか。
考えれば考えるほど、ドツボに嵌ってしまう。早く高校生になって、しまいたい。
あと、一ヶ月も憂鬱な気持ちでいなければならないと思うと、気がめいってしまう。
ドコモショップでアップルの携帯電話を購入。
僕が通うことになっている敦賀高校はリュックに指定がないため、多くの教科書類が入る品を選ぶ必要がある。あまりおしゃれ過ぎても浮いてしまう。カッコ悪すぎても恥ずかしい。こんなことなら指定してくれればいいのにと思わざるを得ない。
リュックを背負っている僕を見た父が「小学生が初めてランドセルを背負った時みたいだな」といった。あからさまに、僕の子供っぽさを弄ってきている。
高校の制服や体操服、体操服鞄、内履き(スリッパ)、体育館シューズ、外シューズなど、生活に必要な品を敦賀高校で行われる軽い学力試験の日に料金を払って受け取る。
この日に集まった者は、同じ高校に通う者たち。福井県内にある中学から受験をこなして入ってくる者たちの集まりなので、粟野中学校の者だけがいるわけではない。
僕はずっと緊張して川の石にくっ付いている小さなタニシみたいになっていた。
こんな時でも、星野さんを不意に探してしまう。もう、中学を卒業してから二週間近く経っているのに。毎日のように布団の上で藻掻き、もっと他の言い方があったのではないかと思ってしまう。
お風呂の中や、勉強中、運動している最中にも、告白の瞬間を思い返しては、心臓を握られたように胸が苦しくなる。
どうやら僕はまだ、星野さんが好きらしい。
――あのままじゃ、僕が告白したのは中学の思い出作りだったと伝わっていてもおかしくない。そんなつもりは一切なかったことをどうにか謝れないだろうか。
友達が多い方ではなかったのと、携帯電話を持っていなかった影響で個人の連絡先をほとんど知らない。最近携帯電話を手に入れた僕が持っている連絡先は陽翔くんと両親の三つだけ。
今、陽翔くんは入学前で忙しい。迷惑はかけたくない。僕一人でどうにかしないと。
高校生になったら星野さんがどこに行ったのか同じ中学の者に聞いてみよう。少なくとも、僕は彼女に告白した。始めて告白されたと言っていたし、きっと覚えていてくれるはずだ。
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