顔も知らない友人。
けれど、リアルの友人よりも長い時間を過ごすかもしれない相手。
顔はおろか、どこに住んでいるかも、本名も何も知らない。
それでも、人となりは伝わる。
不思議な関係だと思う。でも今の電子の時代では、それが普通になってきているとも思う。
曖昧で、けれど確かにそこにあったもの。
貴方はそこにいたのだと、覚えている人たちがいる。
人を傷つけるのが人ならば、人を救うのもまた人なのだと。
そう言っているような気がした。
私にも、顔も知らない友人たちがいる。知らないまま、何年もずっと離れず寄り添い合っている。
新しい形、新しい繋がり。
それは時として、どんな絆よりも深く強いものに変わる。
当然のように明日は来ない。次も会える保証なんてない。
懸命に生きた彼らの輝きが、とても眩しい物語でした。
刺さる人は多いと思います。
まだの方は、ぜひ読んでみてください。
ある男が死んだ。
病死だったそうだ。
病室にずっと居た彼。
でも、ある日の葬式で彼の元には戦友たちが集結していた。
名前も顔も素性も知らない。そんな彼らが集まる。
死んだ男、「孝明(コウメイ)」はどんな人だったのか?
家族よりもその人柄を知っている彼らによる独白。
ただの「ネッ友」というわけにもいかないようです。
彼らは、友達以上の存在でした。おそらく。
ただのネットの知り合いだったら、わざわざ葬式に駆けつけていただろうか?僕はそう思いません。
ここからも、彼がどれだけ人望があったのかを読み取れます。
戦友たちがそれぞれ、コウメイについて心の中で話しているシーン、それらがまるでパズルのように彼の人柄を形作っていきます。
戦友という存在である以上、別れはきます。
いつ戦死するかわかりません。しかし、バーチャルの世界だからこそ、その価値観は薄かったのかもしれない。
「コウメイ、俺は生きているお前に会いたかったよ」
と仲間の一人が吐き捨てているのも、突然の別れに対する喪失感が大きかったのかもしれません。
現代ではよくある葬儀のお話ながら、ただの葬儀話では済まない重厚な味わいがより本作独特の色をだしています。
短編の中で注目している作品です。
できればネクスト賞受賞して、続きを読ませてほしいですね……!
決して顔も名前も知らない、でもその人柄は家族よりも知ってる。
むしろ、限られた情報しかわからないネットという関係性だからこそ、人柄が一番輝いていた――。
亡くなってしまった「戦友」の人柄の良さ、人徳の高さが感じられます。
ただの「ネッ友」であれば、ここまで彼の下に「戦友たち」が集うこともなかったでしょう。
家族ですら知らない、かけがえのない友人たち。
その一見すると奇妙に見える関係性は、もう現代ではそう不思議なつながりではない時代に来ています。
そういう意味では改めて思うと、この葬儀の知らせをメンバーに通達した妹さんがGJ過ぎる。
そして、「キンちゃん」の存在です。
彼の登場、そして彼の素性が語られた時、思わず涙し、亡くなった「戦友」がどれほど偉大であったかが改めて強く感じられました。
これは、彼らにとって大事な「戦友」が、リアルに死んだ話。
新しい時代の、新しい形の、もはやそう珍しいものでもないかもしれない、葬儀のお話です。
画面の向こうにいるあなたの友人は、あなたのために泣いてくれるでしょうか。
そんな彼らの事を思いながら、本作をお読みください。