第11話 捕食菌の沼

 姿を見ればすぐにわかる。


 道中、マルスは北門前にいた何人かの冒険者たちとすれ違った。

 彼らは何の為に来て、どこへ向かうのだろう。わからない。けれど、わかってしまってはいけない気がした。

 

 マルスにとって川辺までは、そう遠くない距離だった。


 数十個のかごが積まれ、焚き火で熱された大きな鉄鍋が湯気を立てている。鉄鍋は三か所に配置され、ギルド職員が火の番をしていた。


(山菜狩りでもして、みんなで料理をするの?)

 

 マルスたちが足を止めると、集団の前に立つディーンがこちらを見た。

 

(な!?)


 他の冒険者たちがその視線を追随するようにして、一斉に振り向く。

 瞳を血走らせるほど見開き、ある者は涎さえ垂らす。彼らはディーンの一挙手一投足に注意を光らせ、今か今かと何かを待ち侘びている。マルスはぎょっとして、体が強張った。


「今日もやばいね、あの人たち」


 ロロの抑揚のない呟きが耳に届く。


 取って喰われるような視線は行き場を求めて彷徨い、すぐに元の対象ディーンへと戻った。

 檻に入れられた熊が、極上の獲物を前にして〝お預け〟をくらっている。そんな原始的な欲求であり、人の狂気の一端をマルスは垣間見た。


「今日の依頼達成は魔石二十個分。健闘を祈る!」


 その鍵を開ける合図を、ディーンが煽るように叫ぶ。


 ウォオオオオオ!!


 呼応する雄叫びが響き渡り、群れは動き出す。押し合いへし合いに、重なる怒号。かごを掻っ攫った人たちが我も我もと川へ雪崩れ込む。


 ――捕食菌討伐の幕が開く。


 「僕らも早く行かなきゃ!」


 だが、マルスの答えのない焦燥に、追従する者は誰もいない。ダイが首を横に振り、あの集団を人差し指で示す。


「あそこに混ざりたいか?」

「……嫌」

「ちょっと生理的に無理よ」


 混ざりたいわけがない。けれど、血眼になってを探しているのを見て、行かなきゃいけない気がしただけだ。


「まあ見てろって」


 シシドが腕を組みながら川辺を見守る。――川辺から戻った人々が、水の滴るかごを手に、丸石の転がる河岸で腰を下ろしていく。


 皆、無言でかごに素手を突っ込み、恍惚の表情を浮かべ始めた。


 アアアアァァ……


 魂まで蕩けたような声で虚空を仰ぐ。


(……なにこれ)


「これって、みんなおかしくない?」

「正しい……頭おかしい」


 捕食菌討伐とはなんなのか。謎は深まるばかりだ。傍らでディーンが小さくため息をつき、木陰へと移動していくのが見えた。


「好き放題やりやがって」


 シシドが崩れ落ちたかごを拾いながら愚痴る。五人分を手に持つと、ぶっきらぼうに配っていく。


「ありがとう、シシド」


 受け取りが最後になったのはロロ。

 彼女はローブを丸めて畳み、器用に腰へと括りつける。身軽になったその姿に、隠れていた輪郭がふっと現れる。


(やっぱり女の子か)


 だからどうした、というわけではない。声や、ローブの上からでは判断できなかったし、あえて性別を聞く必要もなかった。


「……?」


 視線に気づいたロロと目が合う。

 彼女は照れ屋だと聞いた。少し配慮に欠けていたかもしれない。


「ほらよっ、ロロ」

「んっ」


 謝ろうとした時、――シシドが視線に割って入り、ロロに最後のかごを手渡した。

 

(気にしすぎか?)


 その後も彼女が気にした素振りはなかったから、わざわざ掘り返すこともしなかった。


「気持ちいいね~!」


 アイカたちと一緒に川へ足を入れる。流れは穏やかで、山歩きの後の水が心地いい。


「あれっ!? マルス、手袋持ってないの?」


 膝丈ほどの深さで、アイカが足を止めた。

 ダイやシシドの表情も固まっていた。マルスは慌てて腰の革袋から、ケロピーの皮手袋を取り出した。


「これのことだよね?」

「もう! 驚かさないでよ……」 


 ため息をついた彼女は、冗談にならないとでも言うように口にする。


捕食菌バクターに直接触れると、マナを奪われておかしくなっちゃうんだよ。マルスもさっきの見たでしょ?」


 あの人たちは手袋もせず、直に触っていた。人は魔素マナが減ると気持ちが安定しなくなる――ほんの少し魔術を齧った時の知識が、いま繋がる。


「文字通りに『捕食菌』ってそういうことね」

「マルス、文字読めるの!?」


 今度はロロが驚きを見せた。彼女の見たこともない眩い眼差しがマルスを照らす。その勢いに押され、マルスは空に文字を描く仕草を交えて答えた。


「『捕』まえる、『食』べるって書いて、『捕食』……。でも『菌』って、目には見えにくい小さな生き物、ってことなのかな。捕食菌バクターって」

「半透明だし、形なんてない……だから『菌』」

「なるほど」


 知識を交換するのが妙に楽しい。ロロとの距離が、縮まっていくのがわかる。


 ――そこで大きな欠伸が割り込んだ。

 シシドが急かすように遮り、ダイも同調する。


「バクターはバクターだろ? 早くやろうぜ」

「まあ冒険者には関係ないね」

「脳『菌』どもめ……」


 恨み節とは別に、ロロは「でもダイが正しい――」と、少し悲しそうに零す。


「冒険者なら冒険者の言葉で話した方がいい。 意味を求めるよりも、記号として反応できる方が理に適っている」

「『一瞬の判断の差が生死を分ける』だね」

「そう」


 父からの受け売りの言葉。その考えはマルスも腑に落ちるものがあった。学者文字は頭の中だけに留めておこうと思った。


「筋肉があればそれでいいんだよ」


 シシドの自虐が冗談に聞こえないほど、捕食菌退治は筋肉任せの重労働だった。


 一同は、川の流れに不自然な淀みや滞留がある場所を探していく。マルスがなんとなく気になった箇所をすくいあげると、かごから水が切れて、謎の粘液だけが残った。


「いつ見ても気持ち悪いわね」

「もしかして、これ?」

「そうよ」


 そのぬめりの中から短い触手が伸び、状況を探るように左右へ揺れる。これが、捕食菌バクターだった。


「僕は耳みたいで可愛いと思うよ」


 アイカに白い目で見られつつ、手袋越しに触れてみた。すると触手は指を確かめるように絡ませてきた。

 

(少し弾力がある?)

 

 指先に力を入れると、わずかに掴んだ感触があった。やはり、ただの水ではない。そう思っていると、触手はするりと指から抜け落ち、捕食菌は興味を失ったように粘液へと戻っていった。


 マルスたちは川から上がると、熱された鉄鍋の上にその粘液を注いだ。肉を焼いたときのような音を立てながら、粘液はあっという間に湯気となって消えていく。


 カラン――鉄鍋に石を転がしたような音が鳴る。


「おっ、当たりじゃん」

 笑い混じりに、ダイにぽんと肩を叩かれる。


 大きな木のスプーンで熱々のそれを取り出し、息を吹きかけて冷ましていく。決して、食べるためじゃない。

 丁寧につまみ上げた先にあったのは、小粒の白い魔石だった。


 冒険者たちは、魔石が出れば『当たり』、何も出ないことを『外れ』と呼んでいるらしい。そして、外れは度々あった。


(魔石ってこんな簡単に手に入るものなの?)


 呆気に取られてしまう。マルスにとって、魔石は命の取り合いで手にすることができるものだった。


「全員でって遠いぜ」

「ほらほら筋肉が売りなんでしょ! 頑張ろう!」

「やるっきゃないしな~」

「おー……ガンバレ」


 誰も不思議とは思っていない。今そんな疑問を投げかけるのは、水を差すようで気が引けた。

 なにより、仲間として数えられているのが嬉しかった。

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