第12話 仲間
響き渡る奇声や絶叫。白目を剥き、泡を吹きながら、それでもかごを離そうとしない者たち。自らの命を搾りだしてまで得たいものとは何なのだろう。その先にどんな未来が待つのかなんて、他人には知る由もない。
「マナを注いだバクターから虹色の魔石が出るんだってよ」
往復した回数を数えるのをやめた頃、誰かの冗談みたいな声が聞こえた。
「嘘だろ、良くて青しか見たことねーよ」
「南区にあるホテルの支配人は昔――」
後から合流してきたらしい冒険者たちも、マルスらと同じように魔石を集めていた。彼らは呻き声をあげる方向を見て、「それでも、ああなりたくはない」と、口を揃えた。
(虹色……と、青?)
依頼の終わりは見えてきたが、噂に聞くような色付きの魔石には、まだ出会えていない。
「白以外って、本当にあるの?」
「ははーん、興味出たな?」
ダイがニヤニヤと、もったいぶるようにして「あるよ」と答えた。それも色によっては大金が手に入るらしい。もし、引き当てられたら……。
そんな考えに思わず喉を鳴らす――イテッ。
服の上から脇腹がつままれていた。
「良いように考えちゃダメ」
ロロが釘を刺すように、マルスを現実へと引き戻す。どこか含みのある言い方だった。
「マルスも真面目ちゃんだからハマりやすいかもな」
「『もう一回……』って言い始めた時はどうしようかと思ったわ」
(それって、つまり)
誰のことかなんて言うまでもなかった。
ロロは渋々とでもいうように――けれど、どこか誤魔化すような口調で実体験を語った。捕食菌にも満腹はあり、一回や二回くらいでは大したことはない。でも、搾取され続ければ、そうもいかなくなるだろうと。要するに泥沼だ。
「駄々こねて暴れたのは忘れねーぞ」
「それは言わない約束」
やはり、恐ろしくない魔物なんていない。マルスは捕食菌の認識を改めた。
それぞれが二十個ずつ持つための、最後の一個。
――カランという馴染んだ音が響く。
「「終わったー!」」
お互いの手を掴み合ったり、背中を叩き合う。
(一緒にやれてよかった)
出会って半日しか経っていないのに、不思議としっくりきていた。これが同年代の仲間というものだろうか。
頭の中の靄が晴れるように、見上げた空は爽快だった。
「数を確認させていただきます」
確認作業は妙に緊張する時間だった。
マルスの革袋を確認し終えた職員は一人ずつ確かめていく。
「はい。では、次の方」
残るは最後尾のダイ。彼が親指を立てたのを見て、ようやく肩の力が抜けた。
「支度して帰ろ~」
そう言って、アイカは肩の凝りをほぐすように背伸びをした。陽はまだ高かったが、道のりを考えれば早く帰るに越したことはない。マルスたちは手早く身支度を整え、帰路を辿った。
「帰ったら『グイッ』と一杯やりてーぜ」
シシドがコップで飲むような仕草をしてみせる。
「なに、ベテランっぽいこと言ってんの。そんなお金どこにあるのよ」
「ちょっとくらいよくね~」
「切り詰めすぎもダメ」
いつになく押され気味のアイカが、助けを求めるような目を向けてきた。みなの懐事情を知らなければ、自身も全く余裕はない。だが、あの固いパンを食べる〝わけ〟が、ふと気になった。
「何か目的が?」
アイカは待ってましたとばかりに「それはね」と答えようとして、言葉をピタッと止めた。
「それを答えるのはダイでしょ」
「えっ、俺??」
ダイが口をぽかんと開ける。わざとらしくアイカを二度見すると、観念したように――けれど、どこか強い意志を滲ませて答えた。
「……装備を揃えるためだよ。魔物なんかに負けたくないからな」
言葉の端々に、何かを噛みしめるような響きがあった。だからこそ、ダイの『負けたくない』という思いが痛いほどわかる。マルスもそう
「なんで、ダイは頑張れるの?」
震えるような声になっていたかもしれない。本当なら初めての捕食菌より、慣れた
「そんなの当然だろ、生きてるもんが頑張らないでどうすんだよ」
そう笑って言えるダイが眩しかった。現実を受け入れて進める力。個性豊かな仲間がまとまっているのは、彼がいるからだとマルスは思った。この中の、真のリーダーはきっとダイだ。
「ああ! 俺らで
そんなシシドの決め顔に、誰かの溜息が混じる。
「なら、話は決まりね」
アイカが締めくくるようにして、軽く両手を打ち鳴らす。――その時だった。
「ひゃっ」
マルスは直感を信じて、アイカを蹴り飛ばした。最初は獣だと思った、でも違う。あれは、人だ。彼女が居た場所には背中を丸めた男が悔しそうに立っていた。
「ああ……俺は失敗ばかりだ。なあ? 冒険者は仲間だろ?」
意味がわからない言葉を並べ立て、目の焦点はどこにも合っていない。何をするかわからない怖さがあった。みなが固まる中、ダイが叫んだ。
「シシド!!」
ダイとシシドがそのまま男に飛び掛かり、地面へと叩きつける。倒れ込む音が鈍く響き、土煙が舞う。
「ダイ、シシド!」
マルスは声を張り上げ、その場で身構える。
ダイが横になりながら親指をこちらへ突き立てた。
襲ってきた男は二人によって身動き一つできずに、白目を向きながら泡を吹いていた。
「いたた……急に蹴るのひどくない?」
「ごめん。足しか出なかった」
そんなやりとりを挟み、男を見下ろす。薄汚れた服に、眉をひそめるほどの異臭。ロロが遠巻きから観察する。
「――山ですれ違った参加者、の一人」
「なんでこんなところにいるんだ?」
みなの目線が男に集まった、その時。
再び、茂みを揺らす音が聞こえた。
(誰かくる!?)
鉄と革の胸当てに、堂々とした佇まい――まさに、冒険者とは
「ああ、君たちか」
「ディーンさん? どうしてここに?」
ダイの言葉は穏やかだったが、誰もがディーンの剣から目を逸らせずにいた。それは、ディーンが抜き身の長剣を晒していたからだけではない。
――彼の剣は、血に濡れていた。
「驚かせてしまってすまない」
剣をひと振りすると、こびりついた赤が葉陰に散った。彼はそれを鞘へと収める。そして、哀れむような目で気絶した男を見やった。
「俺の任務はバクターの依頼に紛れた盗賊を探すことでね。監督官はついでだったんだ」
その言葉を鵜呑みにする者はいない。マルスは隠しもせずに短剣の柄を握っていた。彼の腕の動き一つに緊張が走る。
ディーンが剣の代わりに引き抜いたものは――依頼書だった。
「文字が読める人はいるかい?」
じっくり目を通す時間はなかったが、『盗賊』という二文字だけは、確かに読めた。マルスは記載通りであることを皆に伝えた。
(嘘ではないけど……)
未だ半信半疑だ。
その心を見透かしたように、彼の目が厳しくなる。「ひぅ……」とロロが堪えきれずに漏らした声が聞こえた。……ほんの数秒が重い。『これ以上、邪魔することは許さない』、そんな凄みが込められているように感じた。
「行くわよ」
「賢明な判断だ」
アイカが少しムスッとした表情でディーンの横を通り過ぎた。その後をダイがそそくさと歩き、ロロを抱えたシシドが大股で追う。マルスも横たわる男を尻目に、その場を後にした。
道中、後ろ髪を引かれるような思いだった。
「まあ、あれが銅級様。しゃーなしだな」
重苦しい雰囲気の中で、軽口を叩いたのはダイだ。
その一言を皮切りに、それぞれの思いの丈が語られていく。
「私のこと見向きもしてくれなかった! なんで?!」
「拳で語れば早かっただろ」
「少し漏れた……」
アイカはさておき、納得のいかない雰囲気が滲み出ていた。マルスもスッキリはしていない。ディーンに男を引き渡したことは正しかった。
けれど、本当に良かったんだろうか。
(ちゃんと説明してくれればな)
奇人を捕まえたら、実は盗賊だった。たったそれだけのことなのに、妙に心がざわついた。
その気配を察したように、ダイが言った。
「あれ以上、俺はかかわりたくないね……」
巻き込まれるのは御免だと、彼の意志は明白だった。マルスはダイのそんな姿勢を消極的に感じてしまう。でも、その考えはすぐに愚かだったと気づかされた。
「俺たちは仲間なんだ。どうでもいいことに首突っ込んで犬死には、絶対、許さない」
ダイがマルスの目を真っすぐに捉えた。
それは、この場にいる――〝全員〟に向けた言葉だった。
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地面には黒い染みが飛び散り、男たちは事切れていた。彼らの手の先には錆びのついた剣が落ちている。
(今日は四人か)
冒険者崩れは年々増えていた。誰のせいかと言われたら本人のせいなのは間違いない。ただ、最近のこの町の在り方に同情せざるを得ない部分もあった。
木々の隙間から差し込む陽の光を受け、銀髪が煌めく。
ディーンの目に映る一人の少女。
横からの視線に気づき、彼女は疑問符を浮かべるように顔を上げた。
「どうしたの?」
心配そうにそう呟く。
精巧な造り物みたいな容姿を持つ――
「ノアは何かを探しているのかい」
「せっかくの戦利品でしょ?」
どこか話が噛み合わない。でも言わんとすることはわかる。
(新人の頃はなんでも拾っていたな……)
気にしなくなったのはいつ頃からだろう。酒や女性に困らなくなってからだろうか。同じ銅級の冒険者として見習うべき姿勢なのかもしれない。
「まあ……そうかもしれないね」
ノアは頷くと、屍漁りを再開する。彼らが貴重品を持っているとは思えないが、彼女は極々小さな魔石すら逃さず回収していく。
(その姿すら美しい。でも、なぜか胸はときめかない)
異邦人に執着したり魅せられたりしてはいけない。これは冒険者の共通認識だ。妖精を捕まえようとしたら、罰が当たってしまうものだから。
「さっき逃げた者の場所を教えてくれると助かる。先に行きたい」
「〝盗賊〟は、あっち」
あくまでも彼女は似た依頼を持つ同行者。ディーンは余計な考えは捨て、彼女の指し示す方向へと足を急がせた。
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