第2話 氷の委員長

「作戦名『曲がり角でドーン』だ」


 翌日の昼休み。俺は屋上で焼きそばパンをかじりながら、厳かに宣言した。


 隣ではユダが今度は『たけのこの里』の箱を空け、一つずつ丁寧に吟味しながら口に運んでいる。


「古典的だな。昭和のラブコメか?」 「馬鹿野郎、古典こそ王道なんだよ。それにこのノートの特性上、『直接的なエロ』は書けない。あくまで『事故』を装う必要がある」


 俺のプランはこうだ。  神崎玲奈は毎日、昼休みに図書室へ行く。その道中、人の少ない渡り廊下を通ることはリサーチ済みだ。


 そこで『神崎玲奈がつまずく』と書き込み、待ち構えていた俺が華麗にキャッチ。その拍子に、不可抗力で身体が密着――あわよくば、柔らかい何かに触れてしまう……という寸法である。


「完璧だ。これで人類も救われるし、俺も役得。Win-Winの関係ってやつだな」 「おまえの思考回路が一番の悪魔だよ。まあいい、お手並み拝見といこうか」


 俺たちは急いで現場へ向かった。  渡り廊下は予想通り、人通りが少ない。俺は物陰に隠れ、ターゲットの登場を待つ。

 数分後。  凛とした足音が響き、長い黒髪をなびかせた少女が現れた。

 神崎玲奈。整いすぎた顔立ちは人形のようで、その瞳は絶対零度の冷気を帯びている。クラスの男子の半分は彼女に憧れ、もう半分は彼女の視線に怯えているという高嶺の花だ。


 ――来た。


 俺は震える手でノートに書き込む。 『神崎玲奈が、何もないところで盛大につまずく』  書き終えた瞬間、世界が歪むような奇妙な感覚が走る。


 玲奈の足が、平らな床にひっかかったように止まった。 「……っ!?」


 普段の冷静な彼女からは想像もできないほど無防備に、身体が前のめりになる。


 今だ!  俺は飛び出した。 「あぶなーーいっ!!」


 大根役者も真っ青な叫び声を上げ、俺は彼女の身体を受け止めるべくスライディング気味に滑り込む。  重力が仕事をし、彼女の身体が俺の腕の中へ――。


 ドサッ!!


 衝撃と共に、俺の手のひらに『極上の感触』が伝わった。


 柔らかく、弾力があり、それでいて重力を無視したような張り。制服のブラウス越しでも分かる、圧倒的な質量。


「……やったか?」


 ユダの声が頭上から聞こえる。


 俺は目を開けた。


 そこには、俺の上に乗り上げるような形で倒れ込んだ玲奈の姿。


 そして俺の両手は、あろうことか彼女の豊かな胸部を、しっかりと、それはもう鷲掴みにする形でホールドしていた。


「…………」

「…………」


 時が止まった。


 人類滅亡の危機なんてどうでもよくなるような、濃密な静寂。


 俺の手の中にある感触は、天国へのパスポートか、それとも地獄への片道切符か。


 玲奈がゆっくりと顔を上げる。


 至近距離で見る彼女の顔は美しかった。だが、その瞳には感情が一切なかった。いや、一周回って『無』だった。


「……あの、神崎さん?」


「……桐生、くん」


 鈴を転がすような、しかし氷点下の声。


「胸、触りたいの?」


 ゾクリ、と背筋が凍った。 氷点下の蔑視の意思を感じる


「ち、ちがっ! あ、危ないと思って助けようと……不可抗力で!」


「不可抗力で、五秒以上も揉んでいる理由は?」


「えっ」


 言われて気づく。俺の手は、無意識のうちにその感触を堪能するように、むにゅ、と動いていたのだ。


 殴られる! 思わず身構えたが委員長の手は上がらなかった。代わりに人気のないところに俺を誘うと「……桐生君なら触ってもいいわよ」と言った。


(ど、どういうこと!?)


 悪魔のユダが現れる。


「言い忘れていたが、そのノートにはフェロモンと同じ効果がある大抵の女はその匂いにイチコロだ」


(最高かよ!)


 その言葉を聞いた俺は遠慮なく委員長の胸をもみしだく、彼女の頬はどこか上気していた。


「はぅ……」


 そのような声を上げると委員長は自分のやっていることの背徳製に気がついたのか、

「きょ、今日はここまでよ」

 と言った。


(……今日はってことは今後もいいってことか)


 俺の胸が高鳴る。劣情が胸を支配する。


 こうして俺と委員長の関係は一歩進んだ。


―――――――――――――


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