平成BOYS&GIRLS

@SAITOPASS

―初夏― 第1話

 2025年夏。蝉の声、入道雲、照りつける日差し。僕は友達に話しかけた。友達は微動だにせず、僕の目の前にいる。


「あの時…僕はなんて言えば良かった?」


 ―半年前―

 僕は加藤 成也(かとう せいや)。33 歳の社会人。子供の頃は勉強も運動も平均より少し下だった。


 全然出来ないわけじゃなかったんだ。人並みには出来たんだ。友達も多くはないがいたし恋愛も経験した。


 高2の夏に転校してから大学に進んだが中退。その後色んな仕事をしたが続かなかった。自分の能力の無さ、人間関係… 

 

 気付いたら20代が終わり、今30代3年目だ。20代の頃より物事に動じなくなった。仕事で失敗したらその日は上手くいかず心がズーンと沈んでいた。

 

 今は失敗してもすぐ切り替えられる…

いや、正直そこまで悪いと思わなくなったんだ。

 

 社会に出て色んな人を見てきたが真面目な人ほど鬱になったり仕事を辞めていった。逆に失敗しましたけど何か?くらいの態度の人の方が長く続けている。 

 

 だから僕は失敗しても気にしない。ミスを繰り返さないように対策はする。大人だからさ。


 

「…このまま何もしないまま年取ってくのかな」

 

 僕は仕事帰りの道を車で走りながらいつも考えている。昔はゲーム、アニメ、マンガ、映画、音楽…色んな娯楽を楽しんでいたけど今は何も観ない聴かない続かない。物事に動じなくなったのはつまり無関心になった事でもあるんだ。 


 何もしないで1日が終わる日もある。スマホ見てこれじゃダメだと思いつつ結局見続けて気づけば夜。そしてまた自己嫌悪。これを何年も繰り返してる。

 

 あっ…唯一僕が好きな事があった。走る事だ。好きな音楽を聞きながら走る。走っている時だけは何も考えなくていい。そして走った後は気持ちいい。もしこれが出来なくなったら僕は本当に何も無い人間になると思う。


 そんな事を毎日考えながら帰っていたある日、僕の人生が変わった。その日は土砂降りの雨だった。

 

 僕は先週高校の同窓会があり数年ぶりに地元に帰省していた。皆立派に中年になっていた。

 

 高校卒業後ずっと同じ会社で勤務して嫁と子供を食わせるために一生懸命働いているカズヒサ君、地元に残り親の後を継いで働いている豆腐屋のヤマオク、海外で結婚し夢だった服のデザイナーとして活躍しているコハルちゃん。

 

 久しぶりに会った皆と駄弁って、酒飲んで、昔話に花が咲いた。その反面今の自分と皆を見比べて焦燥感とやるせなさを感じたんだ…


 2000年代の終わりの高校時代。もうあの頃には戻れない。僕はこれからも昔は楽しかったとキラキラした思い出に浸りながら年だけ重ねていくんだな…と帰りの新幹線で昔聞いてた音楽を聞いて、窓の向こうの雪景色を見ていた。


 そんな事を思い出しながらいつものように死んだ目で運転していた瞬間、僕は目の前が真っ暗になった。


――――――――――――――――――

 

「成也!成也…目を覚まして!」


 誰かが僕の名前を叫んでいる。その声は僕が実家にいる時毎日聞いていた声だ。


「母さん…?」


 口に出したつもりだったが声がでなかった。体が動かない。体が焼けるように痛い。目を覚ますと視界には知らない天井と目を真っ赤にした母さんと看護師がいた。


「成也!?私が分かるかい?」


「ここは病院です。成也さんは交通事故に遭ってここに運ばれてきたんですよ」


 看護師の言葉を聞いても意識が朦朧として直ぐに状況を理解出来なかった。ぼやけた視界で天井を見ることしか出来なかった。


 とにかく体が熱い…痛い…声が出せない。今はこの状況を時間が解決してくれることを願う事しか出来なかった。


「成也さん」


 低く落ち着いた声がした。

 白衣の男が視界に入る。母さんはその横で、必死に涙を堪えていた。


「今は無理に話さなくて大丈夫です。聞くだけでいいですよ」


 そう言われても、頭の中は熱で溶けたみたいにぼんやりしていた。

 全身が鉛の塊みたいに重い。息をするだけで胸が痛む。


「事故で強く身体を打っています。しばらく安静が必要です」


 安静。

 その言葉だけが引っかかった。


 ――走れるかな。


 そんな、場違いな考えが浮かんで、自分でも可笑しかった。


 母さんが何か言っていた。

 「よかった」「生きてて」「本当に…」

 言葉は耳に入ってくるのに、意味が頭に落ちてこない。


 気付いた時には、また意識が途切れていた。


――――――――――――――――――


 次に目を覚ました時、外はもう暗かった。

 カーテンの隙間から、街の明かりがぼんやりと滲んで見える。


 喉が焼けるように痛かった。

 唾を飲み込もうとして、むせた。


「水、持ってきますね」


 看護師が慣れた動きでコップを口元に運ぶ。

 ほんの一口飲んだだけで、ひどく疲れた。


 母さんはベッドの横に座っていた。

 昼間よりも少し落ち着いた顔をしていたけれど、目の奥は赤いままだった。


「……成也」


 呼ばれて、わずかに目を動かす。


「無理して話さなくていいからね」


 その言葉が、逆に胸に刺さった。

 “話せない”ことを、はっきり突きつけられた気がした。


 母さんは僕の手を握った。

 その温度は分かった。

 でも、それより下がどうなっているのか、どうしても確かめたくなった。


 ゆっくり、意識を下に向ける。


 ……何もない。


 痛みも、しびれも、違和感すらない。

 まるで、そこから下が存在しないみたいだった。


 息が浅くなる。


「先生……」


 かすれた声が、ようやく出た。

 自分でも驚くほど弱い声だった。


「足……」


 言葉の続きが出てこなかった。


 医師は一瞬だけ母さんの方を見てから、静かに答えた。


「詳しいことは、状態がもう少し安定してから説明します」


 それで十分だった。

 はっきり言われなくても、分かってしまった。


---


 数日後。

 一般病棟に移された。


 天井は低く、窓があった。

 外は、信じられないほど普通の夏だった。


 主治医は淡々と、事実だけを並べた。


「脊髄を損傷しています」

「現時点で、下半身の運動機能の回復は期待できません」

「今後は車椅子での生活を前提に――」


 母さんが小さく嗚咽を漏らした。

 僕は、それを遠くで聞いているような気分だった。


 頭の中で、ひとつの言葉だけが何度も反響していた。


 ――走れない。


 あの時間。

 音楽を聴きながら、何も考えずに走る時間。

 それだけで、自分を保っていた。


 それが、もう出来ない。


 全部、終わった。


 仕事も、未来も、何かになれる可能性も。

 ただ年を取っていくだけの人生に、最後の支えすら無くなった。


 母さんが泣きながら何か言っていた。

 「生きていれば」「これから」「一緒に」


 どれも、現実感のない言葉だった。


 夜。

 病室は静かだった。


 窓の外で、救急車のサイレンが遠ざかっていく。


 僕は天井を見つめながら思った。


 ――あの時、目を覚まさなければよかった。


 この体で、この先を生きる理由が、どうしても見つからなかった。


 「成也さん」


 夜勤の看護師が、静かに声をかける。


 その声を聞きながら、僕は心の中で決めていた。


 ――ここで終わらせよう。


 もう、十分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

平成BOYS&GIRLS @SAITOPASS

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ